第30話

駆け足で追い掛ければ、穂香と昂季はすぐにうた猫に追いついた。



ちょうど、うた猫が八大神社の石段をうんせうんせと昇っている時のことだった。



うた猫はちらりと穂香達を振り返り、再びせっせと石段を昇り始める。



境内に入ったうた猫が当然のように向かったのは、本殿の西側にある社だった。



するり、とうた猫のシルエットが社の中へと消えて行く。



「初代一乗寺下り松の古木があるところですよね?うた猫は、どうしてあんなところに行ったんでしょう?」



「もしかしたら、僕達に何かヒントをくれているのかもしれません」



「ヒント? そんなことってあるんですか?」




ひそひそと言い合いながら二人が社の中に入れば、すぐに床で寝転がっているうた猫が目に入った。



つい今しがたまで歩いていたのに、さっそく気持ち良さげに眠っている。




「あ……、こんにちは」



うた猫の傍に立っていたのは、あの黒髪の女子高生だった。



会うのが数度目だからか、こちらに向けられた笑顔は以前よりも親しげだ。



女子高生が中にいたことに驚きつつ、穂香も「こんにちは」と頭を下げた。



「ここ、よう来はるんですね」



祀られている初代一乗寺下り松と女子高生を交互に見ながら、昂季が言った。



「あ、はい。ここにはいい思い出がありますし、それに……」



“いい思い出”とは、きっと朝日くんと一緒にここに来た時のことだろう。



「この木の神秘的な空気が、すごく好きで。何百年も昔からあってとっくに枯れているのに、まるで魂だけは生きているような、不思議な気配がするんです」



女子高生は、古木に視線を向けた。



整然と佇む長老の木は、もちろん何も答えはしない。



女子高生の勘は、間違いじゃない。



和哉くん曰く、霊感のある朝日くんにはこの木の精霊が見えるらしいからだ。



もちろん穂香には精霊を見ることは出来ないが、社に入るなり感じる凛とした空気には、目に見えないものの存在を意識しないでもなかった。

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