第29話
――その時だった。
朝日くんの足もとにいた猫が、突如体をくるりと反転させて起き上がった。
ぐぐっとうた猫は伸びをすると大きな欠伸を一つして、こちらに顔を向けた。
うた猫がじっと見つめているのは外壁にこそこそと身を隠している自分たちのようで――穂香は戸惑う。
やがてうた猫は、袴をずるずると引き摺りながら朝日くんの傍を離れ、こちらに近づいて来た。
「え? どういうことですか? あの猫、こっちに来ますよ!」
昂季も、困惑したように眉をひそめている。
のっそりのっそりと歩んで来たうた猫は、二人の前で立ち止まり、小判型の顔をじっとこちらに向けた。
琥珀色の瞳に、目を丸くした穂香の顔が映し出される。
うた猫は「ニャア」と一声鳴くと再び歩き出し、道を折れて八大神社の方向へと進んで行った。
朝日くんは和哉くんとの話に夢中で、傍からうた猫がいなくなったことに気づいていない。穂香の頭は混乱する。
「うた猫が、懐いている人の傍から離れることってあるんですか?」
「なんでやろ。僕達の前で、わざわざ足を止めてから行きましたよね。――もしかしたら、」
昂季は、往来を東へ東へと進むうた猫の後ろ姿を目で追う。
「ついて来いって、意味なんやないやろうか」
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