第27話

朝日くんの足もとでは、大柄の藤原興風のうた猫は腹這い姿勢で幸せそうに眠っているままだった。



通りすがりのトンボが、うた猫の鼻をくすぐる。



うた猫はぴくぴくと髭を動かし、くしゅんと小さなくしゃみを一つした。



「消えるのに、体のサイズは関係ないと思います。いや、多少あるのか……? よう分からへんけど、あの猫は消えないみたいですね」



百人一首の歌人が和歌に詠んだ想いが紐解かれた時、うた猫の姿は懐かれた人の傍から消え、昂季が京極荘の自室に大切に保管している歌仙絵集に戻っていくはずだ。



「消えないってことは、つまり……」



「朝日くんは和哉くんを待っていた、というわけではなさそうです」



昂季は、落ち着いた口調で言い切った。



愕然としながら、穂香は話し込む二人の男子高校生に視線を戻した。



数年のブランクが嘘のように、二人の会話は和気あいあいと進んでいる。



うた猫を引き寄せた朝日くんの想いは、“和哉くんに会いたい”というものではなかった。



だがそれ以外の可能性を、穂香は全く想像できない。全ては、一からのやり直し――。



「おデブ猫は、なかなか手ごわいですね……」



しみじみと呟いたところで、一乗寺下り松の方から「朝日。俺な、お前に謝らないかんことがあんねん」という言いにくそうな和哉くんの声が聴こえて来た。



和哉くんは、ついにあのことを告白するらしい。



不思議そうに、朝日くんが首を傾げている。



「俺な……。ほんまは、ずっとお前に嘘吐いてたんや……」



数秒ほど躊躇った後で、和哉くんは意を決したように洗いざらいを朝日くんに告白した。



自分が、本当は“見える”人間ではないこと。朝日くんが羨ましくて、朝日くんと仲良くなりたくて、“見える”振りをしていたこと。



穂香に話してくれた通りのことを、包み隠すことなく和哉くんは朝日くんに打ち明けていく。



「ごめんな。がっかりしたやろ」



話を終えた後、気まずそうに和哉くんは朝日くんに謝った。



朝日くんは黙り込んだまま、地面を見つめている。



和哉くんは、所在なさげにもぞもぞと体を動かしていた。

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