第26話
四代目一乗寺下り松は、今日も体中から蝉の声を鳴り響かせていた。
その松の下、石垣の中ほどに造られた石段に、やはり朝日くんはいた。
いつもの制服姿で、相変わらず手にしたスマートフォン以外を見ようとはしない。
近づく人を遮断するような丸まった背中からは、哀愁すら感じる。
太ったうた猫は、今日も鮮やかな藍色の袍を身に着け朝日くんの足もとで腹這いになっていた。
朝日くんの姿が見えるなり、和哉くんは穂香と昂季をその場に残してぐんぐん朝日くんに近づいた。
座り込む朝日くんの前で足を止めると、和哉くんは一度大きく息を吸い込む。そして、「朝日、」と声を掛けた。
民家の塀に隠れながら、穂香は昂季とともにその様子を眺めていた。
「いよいよ、うた猫が消える瞬間が見れますね! まさか、こんなにトントン拍子にいくとは思いませんでした」
手に汗握りながら、穂香が昂季に語り掛ける。
和哉くんの声に、スマートフォンの液晶を行き来していた朝日くんの指先が、ぴたりと止まった。朝日くんは顔を上げ、驚いたように和哉くんを見据える。
「え……? もしかして……、和哉?」
「そうそう、久しぶりやなあ」
目尻を下げて、和哉くんが笑った。
いつも陰のある朝日くんの表情が、見たこともないほどに晴れやかになっていく。
「うわ……、すごい、久しぶり……。 ていうか和哉、こっちに帰って来てたの?」
「何年か前から、またこっちで暮らしとんねん」
言いながら和哉くんは、朝日くんの隣に腰掛けた。
「……ていうかそれ、防具? 剣道、今もやってるの?」
「ああ。今年はもしかしたら、全国大会行けるかもしれへんわ」
「マジで? ……それって、すごいな。子供の頃から、毎日練習してたもんなあ……」
とても、いい雰囲気だ。
ぎこちないながらも終始笑みを浮かべている朝日くんは、和哉くんとの再会を心底喜んでいる。――はずなのに。
「ねえ、昂季さん。うた猫、どうして消えないんですか? 太ってるから、消えるのに時間が掛かるんですかね?」
不安になった穂香は、ぐっとと昂季のシャツの裾を握り締めながら訊いてみた。
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