第23話

“二階堂”と名前の刺繍された黒い防具袋を肩に掛けた男子高校生を正門前で見かけるなり、穂香は緊張しつつも意を決して話し掛けた。



和哉くんのフルネームは、二階堂和哉。



剣道部に、所属しているらしい。



女子高生から訊いたそれだけの情報で、こんなにも容易く和哉くんが見つかるとは思わなかった。



だが二階堂というありふれてはいない苗字で剣道部に所属している生徒は、この学校には一人しかいないと思う。



「あの……、突然ごめんなさい。和哉くん、ですよね? あなたに頼みがあって」



坊主に近い黒髪の彼は目が細く、細身の体型だが肩が張っていた。稽古後のためか暑さのせいか、額には汗が滲んでいる。



垂れた目もとからは、人の良さが窺えた。



だが警戒心を露わにした表情からは、突如自分を待ち伏せし近づいて来た見ず知らずの人間を快くは思っていない様子が見てとれた。



「そうですけど……。何の用ですか?」



「朝日くんに、会って欲しいんです」



その名前を耳にするなり、和哉くんの顔がみるみる青ざめる。



穂香は和哉くんを正門わきの路地に誘導し、朝日くんと知り合いであること、霊感の話を聞いたこと、そして朝日くんがおそらく和哉くんに会いたがっていることを順々に説明する。



思い詰めたような顔をして、和哉くんはじっと穂香の話を聞いていた。



「お願いです。朝日くんに、会ってあげてください。ちょうど今頃、一乗寺下り松の前にいるはずですから」



部活帰りの高校生たちが、関係性の見えない穂香達三人に不可思議な視線を送りながら通り過ぎていく。



じりじりという蝉の声が、垣根の向こうの校庭から響いたり止んだりしていた。



昂が穂香の背後で、じっと事の成り行きを見守っている気配がする。



冴えない表情で黙り込んでいた和哉くんは、やがて思い切ったように口を開いた。



「俺も、こっちに帰って来た時、ほんまは朝日に連絡したかったんです……。せやけど、どうしても無理やって……」



「無理って、どうしてですか?」



和哉くんは穂香を一瞥してから、バツが悪そうに目線を下げた。



垣根から突き出た樹木の影が、彼の眼下でさらさらと揺れている。



「嘘、やから」



やがて和哉くんは、ぽつりとそう口にした。

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