第21話
チャールズ・チャップリンのことなら、穂香でも知っている。確か、昔の有名な喜劇役者だ。
だが、彼の映画を見たことは今まで一度もなかった。
テレビの中では、街角で黒い山高帽の男が美しい女の人に一輪の花を渡している最中だった。
トーキー映画のため、優美な音楽が流れ人物の会話は聴こえない。
時々、会話文が英語で差し込まれる。字幕版なので、その下には小さく日本語訳も出た。
声が聴こえない分、人物の些細な表情や動きが鮮明に目に溶け込むようだった。
トーキー映画の不思議な魅力に、穂香はすぐに引き込まれる。
「結婚前にな、主人と初めてデートした時に見た映画やねん。西陣京極ゆうて、昔は芝居小屋やら賑やかな店がずらっと並んでる場所があってな、そこの古い映画館で立ち見で見たんよ。見合い結婚やったからな、あの頃はまだ私、主人のことをあまり好きやなかって。なんで初デートで立ち見やのって、腹立ててたのを覚えてるわ」
遠い昔を思い出すように、絹子が丸眼鏡の奥で目を細める。
「そやけどまあ、いつ頃からやろ。空気みたいに、当たり前の存在になっとったわ。まあ、早くにいなくなってしもうたけどな」
絹子は、今度は幸せそうにも寂しげにも見える笑みを浮かべた。
仏壇の手前に置かれた、今は亡き絹子の夫の遺影が穂香の視界の隅に映る。
穂香はゆっくりと、絹子の隣に腰を降ろした。何だか、絹子の傍に寄り添いたい気分だった。
「それでな、頼みがあるんやけど。私な、もう年やから小さな字がよう見えへんで、代わりに穂香ちゃん読んでくれへんか?」
いいですよ、と穂香は快く答えた。それから字幕が出る度に、大きな声で文字を読み上げていった。
『街の灯』は、盲目の少女と浮浪者の山高帽の男が出会うところから始まる。
浮浪者の男は美しい盲目の娘に心奪われ、献身的につくす。お金持ちだと偽り、あの手この手でお金を工面し、目の手術代として娘に手渡す。
歳月が流れ、浮浪者は目の見えるようになった少女と再会する。
少女は自分に尽してくれた優しい男が本当はお金持ちではなく浮浪者だったことを知り、戸惑いの表情を浮かべる。
そんな、内容だった。
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