第15話
穂香を振り返った朝日くんは、真ん丸に目を見開いている。背中に貼り付いたうた猫がずるずると朝日くんの背中を滑り、すとん、と荷台の上に降り立った。
「もしかして、あの……」
恐る恐る、といったように朝日くんが荷台を指差す。荷台の上に丸くなり、黒の冠頭のうた猫はさっそく寝る準備に入っているようだった。
「コレ……見えてます?」
今度は、穂香が驚く番だった。
「え? もしかして……、それって……」
穂香は一瞬、何かの勘違いかと思った。だがどう見ても、朝日くんはうた猫を指差しているようにしか見えない。
動揺しつつも、穂香は口を開く。
「この、着物を着た猫のことですか……?」
じっと穂香を見つめる朝日くんの無機質な瞳に、微かに喜びの色が浮かんだように思えた。
やがて朝日くんは、ゆっくりと首を縦に降ろした。
うた猫は、穂香と昂季以外の人間には見えない。
その原因は定かではないが、穂香は今まで、自分と昂季意外にうた猫が見える人に一度も出会ったことがない。
だが、昂季に誘われ一乗寺下り松の石段に再び引き返した朝日くんは、今穂香の目の前で膝の上のうた猫を愛しそうに撫でている。
驚くことに、彼にはしっかりとうた猫が見えているようだ。おまけに、触れることも出来る。
「いつ頃から、その猫はあなたに懐いてるの?」
「三ヶ月くらい前です……。だんだん、かわいく思えるようになって来て……。だけど……俺以外に見えるって言う人と、初めて会いました」
終始下を向いたままの青年は、喋り方もおどおどとしていて覇気がない。
他人を、怖がっているような感じがした。きっと、人見知りが激しいのだろう。
「変だなって思わなかったの? だってその猫は、自分以外の人間には見えていないわけだから……」
「初めてじゃ、ないんです……」
言いにくそうに、朝日くんは口を開く。
そしてようやく穂香を一瞥すると、ぎこちなく微笑んだ。
すがるように穂香を見据える黒目がちの瞳は捨てられた仔犬のようで、穂香の母性本能がくすぐられる。
穂香の胸は、予期せずきゅんとなった。
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