第11話

初代一乗寺下り松の古木は、本殿の西側の社に祀られていた。



木造りの社に足を踏み入れるなり凛とした空気に包まれ、蝉しぐれの喧騒が耳から遠のく。



穂香は、あっと声を上げた。古木の前に、先ほどの女子高生がいたからだ。



「また会いましたね」



笑顔と共に昂季が穏やかな声を出せば、女子高生は気まずそうに小さく頭を下げた。



落ち着かない様子で、耳の後ろのおくれ毛に触れている。そして、古木に視線を移した。



格子の窓からは白い光が差し込み、黄土色に変色した古株の表皮に降り注いでいた。



幹に巻かれた紙垂付きの注連縄が、何百年もの間人の歴史を静かに見つめて来た松の木の神々しさを引き立てている。



「宮本武蔵が、お好きなんですか?」



昂季の声に、女子高生は虚を突かれたようにこちらを見た。



「この木の前で、あの宮本武蔵が伝説の大決闘を繰り広げたんですよね。ファンには、堪らないでしょう?」



「……確かに八大さんにはこの木目当てに宮本武蔵マニアがいっぱい来はりますけど、私はそうじゃなくて、前に朝日くんとこの木を見に来たことがあるから……」



言い終えてから女子高生は、はたと口をつぐんだ。



白い顔に、みるみる赤みが差していく。



おそらく、うっかり朝日くんの名前を口にしてしまったからだろう。



彼女が朝日くんに対して特別な感情を抱いていることが、穂香にはすぐに分かった。



「朝日くんとは、仲がいいんですね」



昂季は彼女の動揺には構わず、会話を続ける。女子高生は顔を赤らめたまま、小さくかぶりを振った。



「別に、仲良くはないです。ただずっと学校が一緒やから、会えば何となく話すくらいで……。一緒にどこかに行ったのも、この木を見に来た時の一度きりで……」



「朝日くんが、心配ですか?」



昂季がそう言えば、「え?」と女子高生は頓狂な声を出した。

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