第4話

「宮本武蔵の時代からあるような木には見えませんね……」



「この松の木は四代目らしいので、その時代からあるわけやないんです。ただ代々この場所にあるというだけで」



それから穂香は、昂季に促されるままに近くの民家の塀に身を隠す。目当てのうた猫に懐かれている青年とやらは、まだ現れていないらしい。



「今回は、どの歌人のうた猫なんですか?」



昂季に問い掛けながら、穂香は辺りを見渡した。


周囲は閑静な住宅街だが、二手に分かれた道を横切る観光客らしき外国人のカップルが目に入る。この先に、有名な神社か寺院があるのかもしれない。



藤原興風です、と昂季は答える。おそらくうた猫に変化した歌人を見極めるのには、猫が身に着けていた袍の色が決め手になったのだろう。



家宝である百人一首の『幻の歌仙絵』を子供の頃から毎日穴が開くほど眺めて来たという昂季は、歌人の装いを完璧に記憶している。



昂季は続けて、小声で和歌を口にした。



「誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに」



「その和歌はどんな意味……」



穂香が質問を終える前に、静寂を切り裂くようなキキッという自転車のブレーキ音が、一乗寺下り松の方から聴こえてきた。



制服姿の青年が、松の手前でちょうど自転車から降りているところだった。



自転車の籠には、何やらずんぐりとしたシルエットが見える。

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