第19話

―――……


「…いたっ」


眉をしかめつつ、ヨウは慌ててバラから手を離す。


指先に、じんわりと赤い血が滲んでいた。


目の前にある深紅のバラが、まるで人ごとのように穏やかな風にそよいでいる。


赤い血を見ると、思い出さずにはいられない。


あの日の、赤い血にまみれたリュウのことを―――。





「相変わらず、その服を着ているのか」


すると、背後から声がした。


バラの咲き誇る洋風庭園の真ん中。うずくまり、深紅のバラを愛でていたヨウの背後に影が差す。


見なくてもわかる。


聞いただけで背筋が泡立つような、ぞっとする声を出す人間はこの世に多くはいない。


「せっかく、大金はたいてあんたに似合うドレスを用意してやったのに。わがままなお嬢さんだな」


爽やかな青空に不似合いな、ブラックのスーツを着込んだグエンがヨウの隣に座り込んだ。


不気味な男だ。


現れただけで、穏やかな空気が一気に冷え切った気がした。


青白くも、整った顔がヨウを見て薄ら笑いを浮かべている。









「……マフィアって、暇なの?」


「さあ」


「あなた、こんな小娘のところに毎日来るような立場の人じゃないでしょ?」


「俺だって、出来れば来たくねえよ。でも、あんたは大事な切り札だ」


「……ママから連絡は?」


「ない」







分かり切っていた答えなのに。


ヨウの胸の奥は、いつものようにズキリと痛む。


こんな自らが、ヨウはたまらなく嫌だった。


母親に愛されていないのは分かっている。


それでも、もしかしたらと期待してしまう自分が。


―――消えてしまいたいくらいに、憎い。

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