第9話

一瞬にして、辺りの音が遠のいていく。



風の音も、グラウンドから響く声も、微かに漂う吹奏楽部の練習音も。



全部が思考の渦に飲み込まれ、あとには妙な緊張だけが残った。



息を止め、りょーちゃんに視線を戻す。



あぐらを掻いたままのりょーちゃんは相変わらずの優しい微笑みで、私の機嫌を伺うように首を傾げていた。



りょーちゃんの、こういう見透かすような眼差しは苦手だ。



自然と私は、嘘を吐けなくなる。







「それは……。今は、言いたくないの」



「そっか」






中学生の頃から大人びていたりょーちゃんは、根掘り葉掘り聞くようなことはしない。



俯く私に、りょーちゃんはそれ以上声を掛けては来なかった。



そして話題を変えるように、「でも、良かったよ」と切り出す。



「キョーコが、戻ってきてくれて」



「……どうして?」



「俺さ、今でもバンドやってんだけど。ベースがいないんだ」



「………」



「ギターが俺で、ドラムが夏帆(かほ)っていう子。そしてボーカルが―――」








「おーーーい!」



静かに物語るりょーちゃんの声を、大きな呼び声が遮った。



「おーーい、おーい、おーい!!」



徐々に迫る声の方を見れば、斜面になっている中庭の下方から、芝を蹴上がって来る女子生徒の姿が見えた。



色白でふんわりとしたボブヘアの、お人形のようにかわいい女の子。



けれども、ブンブンと手を振りながら大股でこちらへと歩んでくる所作は、その愛くるしい容姿にはとてもじゃないけど似合わない。



「おーい、亮二~!」



「何だよ、夏帆! 聞こえてるよ」



呆れたように笑うりょーちゃんの声に、その女の子がドラムの夏帆ちゃんなんだなってぼんやりと思った。











―――そして、次の瞬間。



私は、夏帆ちゃんの後ろで足を止めている懐かしいシルエットに気づき、体を硬直させる。

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