第6話
今の今まで誰の声にも無頓着だった私が跳ねるように視線を浮かせたのは、その声に覚えがあったからだった。
一度聞いた声は忘れない。ギターのコードと、同じように。
教室の入り口に、肩からバッグを提げた男の子がいた。サラサラの黒髪に、着崩したネクタイの胸もと。切れ長の理知的な瞳が、驚いたように私を見つめている。
「あ、蒲田が来た」
「蒲田、おっせーよ。また夜遅くまで練習してたのか?」
群がる同級生の声には答えずに、彼は吸い寄せられるようにこちらへと歩んでくる。
神妙な空気が伝わったのか、ざわついていた男の子達が一同に静まり返った。
「……え? まさか、キョーコ?」
「りょー、ちゃん……?」
長身の彼に、昔の彼の面影が重なる。
――――――いいベース弾きを見つけたな、奏(カナデ)。
三年前のあの夏、初めて顔を見合わせた時、彼はそう言って中三らしからぬ大人びた笑顔を向けてきた。
黒いギターに、零れる白い歯。彼はあの時から、いつだって爽やかだった。
「え? うそ、マジかよ」
高校三年生になった彼が、信じられないといった表情で私の顔を覗き込む。
「蒲田、知ってんの?」
「知ってるも何も……。マジで、キョーコ?」
「……キョーコだよ」
「髪、すんげえ伸びてない?前はしめじみたいだったのに」
「三年間、ほとんど切らなかったから……」
ていうか、しめじって。せめて、マッシュルームって言って欲しい。
思わず口を尖らせる。するとりょーちゃんは頬をゆるりと緩めてははっ、と短い笑いを漏らした。
「その顔、やっぱりキョーコだ」
そして、そっか、と静かに声を出す。
「帰って来たんだな」
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