第11話

出社前なのか、グレーのスーツに身を包んだ父はいつものように黒髪をオールバッグにしていた。


60歳は超えている筈なのに、見かけは50代前半に見える。


日夜仕事で家を留守にしている父に会うのは本当に久しぶりのことで、妙に緊張してしまった。







「アズサ、おはよう」





いまだかつて一度も笑っているところを見たことのない無表情な顔でじっとわたしを見ると、父はいつものように感情のない声を出した。


おはよう、と答えてから緊張を紛らわすように言葉を探す。


テレビではまだ、例の脱走犯の事件が報道されていた。






「変わった事件ね」


キッチンへと向かいながら口を開く。


「日本での脱獄事件なんて、初めて聞いたわ。セキュリティのレベルが低下したのかしら」


「犯人が、知能犯なんだよ」


淡々と、父は答えた。


「それに―――数件の殺人事件の犯人とか言いながら、その殺人事件についてはどうして一切語らないのかしら? 脱走犯の顔写真もないし、こんなこと報道しても世間を怖がらせるだけでなんの解決の糸口にもならないじゃない」







「さすが、アズサは鋭いところを突くな」


言いながら、父はリモコンでテレビの電源を切った。


途端にリビング内は、静寂に包まれる。


「きっと、報道陣もこの事件の全容が分かっていないんだよ。とにかく脱獄犯が出た、ということくらいしか」


「ふうん」

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