三十四話  ガーディアン

 戦いが終わってすぐに負傷者の手当てを始めるハミルとユガケ。

 退魔神官の使う神聖術は簡単な治療も行う事も出来た。

 傷口を塞ぎ、痛みの緩和といった自然治癒力の向上である。

 これを他者に施すのは高度な技術を要するところだが、血止め程度ならユガケでさえも扱えるようになっていた。

 応急処置を終え、ルーアはボロボロになった屋敷を見つめて嘆息する。



「危なかったな……。まさかゼラムル教団に魔神が入り込んでいたとは……」


「これで終わりなら余りにも……」



 警戒を解いたルーアとは対照的に、セリオスは引っ掛かりがあるかの如く呟いた。

 思考を巡らせるかのようにうつむくセリオス。

 その時くずれた瓦礫が動き、ガルドが這い出して来た。

 それなりに怪我は負っているが、その表情は不気味な笑顔で満ちている。



「く……、くふふ……。ああ……、痛い……。だがよくやってくれたよ。ありがとう。あの魔神をよく始末してくれた……」


「今更被害者面か? いくらなんでもそれは無理だ。ガルド卿。そなたは共犯者として……」



 狂った笑みを浮かべるガルドはセリオスの言葉を遮って話を続けた。

 身ぶり手振りで興奮を押さえられないと言わんばかりに。



「ゼラムル教団を使って世界中からファシルの遺産を集めた。このアズデウスが! 私が! この世界を席巻するために! ゼラムル教団は自分達が集めた物が、何かも分からず喜んで差し出したよ。物でも人でもな! そんな中、数ヵ月程前にあの魔神が私の前に現れたのだ……」



 ガルドは世界中に点在するゼラムル教団を使い、秘密裏にファシルの遺産を回収させていた。

 狂った政治、狂った世の中をゼラムル様の力で正しく導いて行こうと吹聴し。

 その話しに食い付いた者の中に魔神が居た。

 ゼラムル教団に入り込んで居た強力な魔神。

 その魔神は永い時を生き、ゼラムルの脅威さえ知っていた。

 協力していた目的はゼラムルが暴れ回る混沌とした世界に乗じ、遠慮なく人を食べる事だと言う。



「恐ろしいだろう? 奴は自分の腹を満たす事しか考えてなかった。いつ私に牙を剥くか……。そう考えただけでこの数ヵ月、ろくに眠れもしなかったよ」



 悲観な言葉を並べ連ねるガルドは突然笑みを浮かべた。

 懐から取り出した杖をシリルへと向けながら。



「その機能を停止しろ!」



 ガルドの命令に応えるように杖が鈍い光を放ち、シリルの手の内にある剣……

 すなわちヴァルヴェールから魔力反応が消えていく。



「な! ヴァルヴェール? どういう事だ!?」



 魔道具に関わる者なら魔力の感知くらいは出来るようになる。

 シリルはヴァルヴェールから魔力反応がなくなっていく事に驚きを隠せなかった。



「精霊神器は生体認証があるからな。操る事は出来ないが、機能を封じる事なら出来る。そして……、出てこい!」



 ガルドの言葉に従うように、屋敷から続々とガードランスに似た白銀の鎧騎士が姿を現す。

 およそ二十体程の鎧騎士は、ガルドを守るようにシリル達の前に立ちはだかった。



「ガードランスに似てる……。なんだありゃ?」



 疑問を浮かべるカイラ。誰一人この状況を理解出来る者は居なかった。

 分かるのは警戒を解くのは早過ぎたという確かな事実だけ。



「古代帝国の誇る神の遺産だよ。これに命令を下せる神器をあの魔神が手にいれて来たのだ。遺産の存在に気付かれる前に始末出来て本当に良かった。あの魔神は人の敵意に反応出来るようだったのでな、迂闊にこれらを使う訳にも行かなかった。確実に勝てるとも限らんしな。まして奪われでもしたら地獄絵図だ。しかしこれで何の憂いもなく計画を進められる」



 ガルドは饒舌になりながら自らの野心、計画の開始を宣言する。

 話終えたガルドは、おもむろにカイラ達から少し離れているガードランスを一瞥して口角を上げた。



「ガードランス! 逃げろ!」



 シリルはすぐにガルドの浮かべた笑みの理由に気付き、ガードランスに向けて精一杯叫んだ。

 ガルドの言葉通りなら、あの鎧騎士に似たガードランスも神の遺産の可能性が高い。

 ガードランスに命令を下せるということだ。

 ガードランスが敵に回ったとしても、シリル達が大切な仲間を破壊など出来るはずがない。

 ハシルカの皆は口々にガードランスに避難を促した。



「ガードランス。ヤクニタタナイ?」


「そんなことねぇよ! 万が一にもおまえが操られたら困るんだよ! 俺達はおまえと戦いたくねぇ!」



 ガードランスの後ろ向きな呟きにカイラは怒鳴り声を上げる。

 仲間を置いて逃げる事しか出来ない状況。

 困惑するようなガードランスは言われるがまま、一歩一歩後ろに下がるしかなかった。



(おまえが動けなくなったら仲間がやられると思え!)


(こいつら……守ってやれよ)



 ガードランスの中で、フレムとラグナートの言葉がこだましている。

 うつむき項垂れ、身動きを止めるガードランス。

 ガードランスの退避を待たず、鎧騎士達はシリル達に向けて一斉射撃を開始した。


 銃弾はハミルの結界で防いではいるが、誰も動く事が出来ない。

 射撃が収まり、一体の鎧騎士が急速接近してハミルの首を掴みそのまま地面に叩き付けた。

 気の緩みで結界が弱まった隙を付かれてしまったのだ。



「う……あ…………」



 呻くハミルは押さえ付けられたまま、完全に身動きを封じられた。

 鎧騎士達は再びシリル達に向かい一斉に銃口を向ける。

 ハミルを押さえ付ける鎧騎士が居てもお構い無しとばかりに。



「チョロチョロと目障りだったが私を所長にしてくれた上に、あの魔神をも消してくれた礼だ。同士討ちはやめてやる。そのガラクタはこちらで再利用してやる事にしよう」



 勝ち誇るガルドは杖を振り合図を送る。

 鎧騎士約二十体による一斉射撃が再度始まった。

 けたたましい銃声と共に鳴り響くは耳鳴りのように一定した高い音。

 銃弾の嵐は、シリル達にかする事すらしていない。

 射撃の始まる寸前にシリル達の前に飛び出していたガードランスが、軽快にして華麗な超速の剣技で銃弾を弾き飛ばしていたのだ。



「ネコマシグレ」



 重く確かめるように呟くガードランス。

 確実かつ的確に、人には不可能な速度の剣閃。フレムとの修行の成果。

 それは剣の結界とも言うべき能力をガードランスに与えていた。

 ガードランスは振り向き様、ハミルを拘束していた鎧騎士をも一刀両断で切り伏せる。



「ちっ! 私の慈悲を無駄にしおって! このガラクタが! 同士討ちだ……。そいつらを殺せ!」



 ガルドはガードランスに杖を向け命令を下す。

 その声は宙に消え、何事も起こる事はなかった。



「ヤダ。ガードランス。ミンナ。マモル」



 ガードランスは自らの意思で命令を拒絶する。

 そもそもガードランスには命令を受託する機能が存在しなかった。

 正確には遥か昔、機能停止する寸前で自ら指令受託回路を焼き切っていたのだ。

 蓄積したほぼ全てのデータと引き換えに。

 残っていたのは自らの名とおぼしき一文『ガーディ……ラン……ス』。

 そして自己判断プログラムを優先するという新たなプログラムのみ。

 ボロボロの状態でハミル達に発見され再び起動し、工業都市で修復されたガードランスは、自分を見つけてくれた仲間達と共にあることを決めた。



「壊れているのか!? これだから下級天使は! もういい! ソレごと破壊しろ!」



 ガルドの指示で一斉に動き出す鎧騎士達。

 ガードランスは下部に内臓されたブースターで加速接近、その剣で鎧騎士を両断する。

 銃撃を捌き、至近距離で鎧騎士の腹部を殴りそのまま腹部に大量射撃。

 襲い掛かる鎧騎士はガードランスに次々に破壊されていった。


 本来ならば互角、少し前ならば一体にすら勝てずにガードランスは破壊されていたであろう。

 だがもはや、自己判断で進化をするガードランスを前に、同型機で太刀打ち出来る者はいなかった。



「すげぇ……。見違えたどころの話じゃねぇよ……」


「ガードランスカッコ良い!」



 変貌振りに驚くカイラ、大喜びのハミル、皆が称賛を口にした。

 ガードランスは神剣をも封じた神器にも屈せず、約二十体もの鎧騎士を全て破壊して見せたのだ。

 再起動後、まともに走ることさえ出来なかったガードランス。

 それが今、遥か昔与えられた称号に相応しい姿で佇んでいる。

 悪意から人々を守る『ガーディアン』。

 彼はハシルカを守る守護騎士として、彼等の前に再誕した。

 シリル達にとって未だヴァルヴェールが機能しないのは痛手。

 だが、最強の守護騎士が降臨して一気に優勢になったのは間違いない。



「形勢逆転だな。ガードランスはそんな物には屈しないようだぞ」


「少し勘違いしていないかな? そんな下級天使がこちらの主力だとでも?」



 優位を主張するシリルに、ガルドは余裕の表情を崩しはしなかった。

 いつの間にかガルド邸のメイドや使用人達がシリル達を取り囲んでいる。

 その数は十名ほど。そのメイド達からは一斉に魔力が溢れ出した。



「ははは! 一体が並の魔神になら匹敵する天使兵器だ。ヴァルヴェールが使えない今、果たして対抗出来るかな?」



 ガルドの言葉は負け惜しみではない。

 正直シリル達全員がバエル、鎧騎士戦で消耗していたのだ。

 バエル程ではないにしろ、この数の魔神クラスを相手にするのは無理があると誰もが考えていた。


 続けて突如地鳴りと空振による轟音が響く。

 大地が揺れ、低く重い風鳴りが耳を襲う。

 魔道研究所のある方角から大きな物体が上昇していたのだ。

 それは大空に浮き上がり、まるで巨大な船のよう。

 更にそれはこの戦場に近付いて来ていた。



「なんだあれは!?」



 声を上げるルーアは一層の危機を感じている。

 軍用船の何倍もの大きさの船。それが空を飛ぶなどまともではない。

 ガルドの切り札と見るべきだと考えた。

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