三十三話 ゼラムル教団の闇
アズデウス公国に渡ったシリル一行は無事、ゼラムル教団支部があるという町に到着していた。
世界でも有数の魔道研究所があり、この国の中枢を担っている町。
重要施設のある場所にしては閑静な町並みである。
だがシリル達にはその穏やかな情景に浸る余裕はなかった。
ワーズによる猛スピードでの移動に、皆心底疲弊していたのだ。
「ワーズ……、おまえ……、俺達を殺す気か……」
「も、申し訳ありませんカイラ様……」
褒めてもらえると考え、尻尾をブンブン振って待っていたワーズだが……
息も絶え絶えなカイラにたしなめられ、しょぼんと項垂れた。
「で、でも凄いよ! こんな早く着くなんて思わなかったな~!」
「わんわん……。偉いですよ?」
ハミルとエトワールが懸命に慰めるも、ワーズの尻尾は垂れ下がったまま。
他の誰でもなく、ワーズはカイラに褒めてもらいたかったのだ。
「ワーズよ。しばらく見ない内に腕を……。いや、足を上げたな……。この私が身の危険を感じたぞ……」
苦し気なセリオスからの称賛とも苦言とも取れる発言。
これにワーズだけでなく、カイラやシリルまでもが目を丸くした。
硬直したワーズが素早く後退りをし、カイラとシリルも後を追う。
三名は輪になって異常事態の話し合いを始めた。
「カカカカカイラ様!? セリオスめが我を褒めております!」
「し、しかもちょっと冗談言ったぞ!? この間からあいつおかしくねぇか!? 怖いんだけど!」
「やっぱりそうだよな!? なんか目が優しげでさ、俺もずっと怖かったんだ!」
ワーズが動揺するのも、カイラやシリルが怯えるのも無理からぬ事である。
常に相手を冷やかに見下ろすセリオスの瞳が突然、邪気のない暖かなものに変わっているのだ。
特にカイラとワーズにとってセリオスは、魔神と侮蔑し命さえ奪おうとした天敵。
虫けら扱いして声すらまともに掛けて来なかったセリオスが、冗談混じりにワーズを称賛するなどありえない事であった。
「さて……、ここを統括してる者は誰だ? まずはその者に面会したい」
「正直気乗りしないが……。ガルド卿しかいないだろうな……。だが私の考えではこいつが一番怪しい」
セリオスは最初の足掛かりとして、この町の代表者への面会を望んだ。
ルーアは事実上の統括者の名を上げ、その者が元凶である可能性が高いと付け加える。
魔導研究所現所長ガルド・ギーロス。
アズデウス魔道研究所前所長が行っていた非道な生物実験による軍事強化。
これ自体はシリル達が解決し、研究も水泡に帰した。
その実験の影響で死亡した前所長の代わりに所長に就任した男。
シリル一行に前所長殺害の罪を着せ、遠ざけているのもこのガルドである。
「ふ……、それなら手間が省けるというもの……」
セリオスは含み笑いを浮かべ、遅れて到着した護衛兵にエトワールを預けた。
それからすぐにセリオス達はガルド・ギーロスの屋敷を訪れる。
ギーロス邸の玄関先で出迎えてくれた美しいメイドに謁見を申し込むセリオス。
すると不思議なくらい簡単に応じてもらえた。
応接間に通され程なく、一見すると紳士的な中年男性と言えるガルドが姿を現す。
「これはこれは……、アーセルム王族の方が自らおいでになるとは……。余程差し迫った問題でしょうか?」
「不躾な訪問に対応して頂き感謝の言葉もありません。ですがこちらも急ぎでしてな……。単刀直入に伺います。この町にぜラムル教団と通じている者が居るという情報がありましてな……」
にこやかに語るガルドにセリオスは事情を説明し、ゼラムル教団と繋がりのある者に心当たりはないかと尋ねた。
その問い掛けにガルドは少し考えた込む仕草を取り、やがてにやけた表情で答える。
「バエル殿。セリオス殿下がお話しがあるそうですが? そちらから何か話す事はありますかね?」
ガルドが声を上げるといつからそこに居たのか。
整った黒いスーツ姿の壮年の男性が部屋の隅に立っていた。
威厳ある風貌のその男はガルドの横に移動すると、セリオスに対して話を始める。
「私はここのゼラムル教団支部、その責任者をしているバエルと申す者。部下が粗相をしたようで……。気付かれずに……、と言っておいたのだがね。まったく役に立たない連中だ」
バエルと名乗るその男はエトワールを拐おうとした事を隠そうともしない。
そして、ゼラムル教団に通じているのはやはりガルドで確定した。
「ガルド卿……、これは我国に対しての宣戦布告になりますぞ?」
セリオスの声に怒りの色が乗る。
誤魔化す訳でも取り繕う訳でもなく、彼らはセリオスを挑発して来た。
この屋敷から帰すつもりもないと言っているようなもの。
フレム達を待つという算段はここで潰えたのだ。
「くくく……、目障りなガキ共を連れて来た上、軍隊まで動かしておいてよくもまぁ……。バエル殿、始末していただけますか? アーセルムのセリオス王子含め、こやつらは何かと邪魔ですので……」
「ああ、任せておけ」
先程までの繕ったような紳士的な笑顔を崩し、卑しい笑みを作るガルドの要請を受けるバエル。
バエルの筋肉は膨れ上がって衣服は裂け、その全身を黒い体毛が覆う。
荒々しい大きな爪が生え、顔は獅子のような形相に変化した。
体も一回り巨大になっている。
「魔神か! しかもこれは……かなりの上位種だぞ!」
警戒を促すルーアの声で、全員が即座に戦闘態勢に移った。
開幕バエルが炎を吐き出し、それをハミルが結界で防ぐ。
荒ぶる炎でテーブルや家具が焼け落ち、部屋中が業火に包まれる。
「ヴァルヴェール!」
「お返しだ!」
吐き出された炎が途切れた隙間を縫い、シリルが水流の槍を、カイラが火球を作り出して空間に配置する。
魔力を込めた二人の術は同時にバエルに向かって放たれた。
バエルに直撃して破裂する二人の術。
正面から受け止め、バエルはなお平然と立っている。
「こんなものか? フィルセリアの勇者達よ」
余裕を見せるバエルはそのまま大きく息を吸い込み咆哮する。
獣の遠吠えにも似た重い重圧。
発せられた音の衝撃波で全員の身体が軋み、部屋の壁にもヒビが入っていく。
「ガードランス。トメル」
ガードランスが左手に銃口を出現させ、バエルに弾幕を浴びせ掛ける。
バエルは咆哮を止め、防御もせずに突進し拳を振るった。
直撃を受けたガードランスは壁を突き破り、屋敷の外まで飛ばされてしまう。
シリルとセリオスが目の前のバエルに左右から切り掛かるも、膨張したバエルの両腕で刃を止められてしまい、反撃で両壁に叩きつけられる。
「く! 物理が駄目なら!」
「遅いわ!」
ルーアは魔術の行使に掛かるが魔導書を開くより早く、バエルの爪がルーアの腕に傷を付けた。
一歩引いたルーアの腕からは少なくない出血。
致命傷ではないが完全に出鼻は挫かれた。
ハミルとワーズとユガケは攻勢に移り飛び掛かるが……
バエルの片手から発生した衝撃波でルーアやカイラもろとも吹き飛ばされる。
「ははは、弱いな。よく今まで生きていたものだ」
「ぐ……、バエル殿……、こちらは人間なのですよ。少しは考えてもらいたいものです……」
バエルは挑発するように軽く笑いながら、シリル達の弱さを指摘する。
吹き飛んだ壁の残骸や、放たれた咆哮の衝撃で負傷したガルドは愚痴を溢しながら瓦礫の中から這い出して来た。
「人間とは脆いな、しかしこれなら援護もいるまい。こやつらは私が食っても問題ないな」
「ええ、それはもちろん……」
バエルの余裕な態度を見てガルドは即座に了承する。
バエルは爪に付いた血を舐めながら、その口元から笑みを溢した。
「うまい……。うまいなぁ……、人間は……。ああ……、どれから頂こうか……」
恍惚とした表情を浮かべるバエルには、もはやセリオスやハシルカの面々が自らの供物にしか見えていない。
その形相はまるで、狩りをする獣のようであった。
「舐めるのも大概にしろよ……」
倒れる仲間達を見回したカイラに、怒りと共に魔力が満ちていく。
カイラは片手をバエルに向ける。その瞬間バエルの周りに暴風が逆巻いた。
「ハミル! 結界だ!」
カイラの指示を聞いたハミルはユガケと共に、外に飛ばされたガードランスも含めて全員に神聖術による結界を張る。
結界の構築と同時に、部屋に巻き起こる暴風は徐々に熱を帯びていく。
「耐えてみろよーー!」
吠えるカイラ。その起こした暴風に炎が灯る。
バエルを軽く飲み込むほど大きな逆巻く火球。
カイラは火球を包んだバエルもろとも前方に解き放った。
大爆発と轟音と共に、バエルを巻き込み屋敷の壁が消し飛ぶ。
強力な結界がなければ、屋敷ごと吹き飛んでいたであろう威力であった。
「やり過ぎだ! 危うく巻き添えで死ぬところだぞ!」
「わりぃわりぃ……。こんな威力出ると思わなかった……」
ルーアの叫びに焦りながらもひょうきんに答えるカイラ。
シトリーとの特訓は、カイラ本人の予想を越える成果をもたらしていたのだ。
「ぐぬ……、なるほど……。魔人炎帝カイラディアか……。勇名を轟かせることはあるな……」
バエルは相当なダメージを負った様子を見せるが今だ健在であった。
屋敷の外に投げ出されたバエルを追い、倒れているガードランスを除くハシルカのメンバーとセリオスがバエルを取り囲む。
「ぐっ……、ガルド! 手を貸せ!」
バエルは獣の顔を醜く歪め、ガルドに助力を要請する。
だが今の攻撃の余波で再び瓦礫の下に埋もれたのか、ガルドからの返事は来なかった。
「おのれ役立たずの人間がぁ!」
憤慨するバエルの周囲にカイラが再び逆巻く火球を形成する。
それはバエルの咆哮を持って即座に内側から破裂させられた。
「油断したな……」
爆風により発生した噴煙の中、セリオスの剣がバエルの右腕を落とす。
全身全霊の一太刀。セリオスの秘技、獅動一閃が駆け抜けたのだ。
「おのれぃ! この程度ぉ!」
バエルは残った左腕でセリオスを弾き飛ばし、落ちた自身の腕に手を掛ける。
瞬間噴煙が晴れ始め、バエルの目の前に立っていたシリルの周囲を水の蛇が舞っていた。
その手にした神剣からは凄まじい魔力が迸ってる。
「全開だ! ヴァルヴェールよ! 俺に力を!」
シリルは青く輝くヴァルヴェールを上段構えから全力で振るい落とす。
膨大な魔力を秘めた水の刃が天から大地に走り、バエルの体を頭から両断した。
「ギャーーーー!!」
断末魔を上げ、瘴気を噴出しながら左右に割れて力尽きるバエル。
バエルの油断と慢心がなければ負けていたかもしれない。
シリル達の心にそれが過る程、それほどの力を持つ魔神だった。
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