三十二話 封印の剣と金色の竜
山登りと言って良いのかこれは? そう口に出しそうな断崖絶壁。
少なくともラグナートの案内してくれた場所は人の通れる場所ではなかった。
「ここからが一番近い。行くぞ!」
ラグナートは大変真面目な顔をして登山開始を宣言する。
冗談だよね? まさかよじ登るのか? そいつは無理だぜ?
これは俺の知ってる山登りではない。
「いやしかし、山登りとかキツくねぇかな? むしろ時間掛かるのでは?」
「にゃ~ん?」
「おかあさんがユニコプターは? って言ってるよ」
焦りを顔に出さずやんわりと拒否を示す俺にチノレが応え、リノレが通訳を入れてくれる。
なるほどな。とりあえずその命名がチノレなのかリノレなのかが気になるが……
乗り物とはとても良いアイディアだと思う。
「ザガンよ。ユニコプターは個人では使えないのかい?」
乗り心地の問題で俺個人が使ってみたらどうだろうかと考えた。
今回は時間もないだろうからすでに諦めたが、こういった事がある度に死を覚悟するのは嫌なのだ。
「背中の肉が剥がれると思うが良いか?」
「良いわけねぇな」
何故かワクワクしている様子のザガンに向かって俺は即答した。
一秒で却下である。飛ぶどころではない。悶え死んでしまう。
やはりチノレのように背中の皮が柔らかくないといけないようだ。
ローブ姿のチノレの背中で羽音を奏でるユニコプター。
今回は籠がないので、皆してチノレに張り付いて飛ぶ運びとなった。
飛行形態チノレの胴は伸びて面積があり、背中も皮が伸びているので意外と広い。
なので腹回りにリノレ、その左右に俺とイリスが張り付いた。
チノレのお尻側のローブを掴むのはラグナート。
シトリーはラグナートの両肩に掴まった。
ザガンはチノレの手に掴まっている風を装うが、こいつは多分浮いている。
上昇を開始すると言うまでもなく船以上の怖さである。
ローブも結構邪魔で不安は増す一方だ。
「ラグナートよ……、そろそろ教えてくれても良かろう? 天使とは、ウリエルとはなんだ?」
ザガンがこの決死の状況で質問を始めやがった。
飛んでる時間で聞いておきたいのは分かるが、こっちは必死なのだ。
そんな余裕は微塵もないぞ。どう考えてもこの飛行は危険過ぎる。
まずは空気を読んでもらいたい。
「おまえらの言う神の時代に作られた生体兵器だよ。あいつらも……、俺もな」
何故か応じたラグナートから爆弾発言が飛び出した。
先程の奴等だけでなく、ラグナートまでもが天使だと言うのだ。
俺の中の美女天使像が音を立てて崩れ去る……
しかしそんな重要な話、こんな虫みたいに張り付いた格好でするもんじゃない気がするんだが……
「俺は特殊な能力を持った四体の一つとして作られた。名前を付けられた後に起動。その後に封を解かれ、与えられた命令を実行する。はずだったが……、俺は命令を受け付けなかった……。俺は俺を排除しようとした天使共と、俺に命令しようとした神々を名乗る人間共を皆殺しにした」
ラグナートが語るのは遠い昔話。
なんでも神々というのは一部の特権階級、ようは王族とか貴族がそう名乗っていただけのようだ。
生体兵器の最高峰にして、特殊個体として作られた四体の天使。
その内の一体が魔力を無効果する能力と無尽蔵の生命力を秘めている『ウリエル』。
それがラグナートなんだとか。
ラグナートはその能力のせいで魔力指令を受け付けず、反乱と判断した他の天使に命を狙われたらしい。
「四千年くらい生きてるってマジだったのか……。ずっとあんなのに狙われてたのかよ……」
「それ自体は別に良い。良い暇潰しになった。それに当時すでに動いてた奴はあらかた始末したしな。問題は命令を下せる奴が居るって事だ。殺り損ねた神々の子孫が居たにしちゃ……、随分と今更過ぎる……」
俺は以前聞いたラグナートの冗談が事実だった事に驚きを隠せない。
そんな長い間逃げ続けてたのかと考えたが、そうではないようだ。
ラグナートは群がる天使達を全部返り討ちにした模様。
話し振りから察するに楽勝っぽい上、なんなら最近見てなくて寂しかったような雰囲気さえある。
ラグナートが天使兵器に命令出来る人物を全て始末したせいで、封印が解かれていない休眠状態の天使兵器は迂闊に起こせなくなっていたようだ。
「でも……。あの程度セリオス一人でも秒殺だと思うぞ? 別に心配する程の事もない気がするが……」
「さっきのは下級天使だ。上位となりゃ並の魔神クラスを凌駕する。複数体使役されてりゃ……、おまえらでも危ないかもしれねぇぞ?」
俺の意見は楽観し過ぎだと言いたげなラグナート。
先程の天使は人間に毛の生えた程度の能力しかなく、上位天使にもなれば魔神クラスをゆうに葬れる力があると言う。
俺が危ない程度なら大した事ないが、サガン達が手こずるならさすがに厄介だな……
「俺と同等の三体も起動はしているはずだ。戦いたくて探しちゃ居たが見付からねぇ。そもそもどんなんだが分からねぇんだがな……」
ラグナートは同等の存在にも率先して喧嘩を売るつもりらしい。
他の特殊個体三体も起動している。つまりは命令待ちで寝てるということだろう。
最初に封を解かれたラグナートが勢いのまま神の国を滅ぼした事で、その三体の行方は分からないまま……
おそらくは属国のどこかに封印されているのだろうとのこと。
基本的に向かって来るやつを倒していたので、その存在を知ったのも大分後になってからのようだ。
ラグナートはこの三体と戦うため世界中を旅していて、アーセルムにもその件を調べようと滞在していたらしい。
だがどんな奴かも分からないんじゃ調べようがないんじゃないか?
「ふむ、合点がいった。だから汝には瘴気も効かなかったのだな……」
ザガンが納得した辺りで山頂に辿り着いた。
俺は震える足を叩きながらなんとか地面に降り立つも……
しばらくチノレのお腹の皮から手が離れなかった。
山頂は神殿のような建造物があるだけでとても殺風景である。
「シュコーシュコー、シュッシュコー、シュシュ!」
俺の腰で鳴り響くアガレスのイビキが凄い。
余りにうるさいので俺はアガレスを抜いて起こそうとした。
「喋れんじゃないか!」
いきなり苦情を言ってきたアガレス。
そりゃそうか。サイレンサー付けてたら喋れねぇや。
これは盲点だった。ごめんなアガレス。
「ラグナートの話だが……、知らなかったのか?」
不意に疑問符を投げ掛けるアガレス。
ということは知ってたのか?
シトリーもなんかしれっとしてるけどまさか……
「ラグナートは聞けばなんでも答えて下さいますし……」
「話はしょっちゅうしてたしな……」
シトリーとアガレスは申し訳なさそうにしながらも、何を今更みたいな感じを醸し出す。
ずっと気になってたらしいザガンはそっぽを向き、体育座りで落ち込んでしまった。
大丈夫だザガン。一人じゃないよ。俺も知らなかったから。
「それとこの『ラグナート』ってのは昔組んでた奴等のチーム名だ。名無しを貫いてたんだがな……。あいつらがそれを名乗れと押し付けて来やがった……。本来の名を名乗るつもりがなかったからな……。とりあえず預からせてもらってんだよ」
ラグナート。その名が偽名ってのはそういう事だったのか。
ぶっきらぼうに語るわりには嬉しそうな表情をするラグナート。
その名が、昔の仲間がいかに大切な存在だったのかが良く分かる。
「無駄話はここまでだ。とっとと目的を果たすぞ」
お話しはここまでと言ったラグナートに連れられ、俺達は神殿の中に入った。
内部は簡素、ただ広いだけで目立つものは一つだけ。
最奥の台座に刺さる、赤い刀身のカッコ良い剣だ。
なんかこういう特別感溢れる武器はとても興奮するな。
「目的の一つがこれだ。千年前に俺の使っていた剣。封印の剣クリムゾンシアー。こいつと初代ルーア、後はここで暮らしてるドラゴンで破壊竜を封印したんだが……。っと、来たな……。外に出るぞ」
ラグナートが封印の剣を抜き、剣と破壊竜の説明をしてくれていた最中……
突然神殿の外で何かが降り立ったような地鳴りが響いた。
急かすラグナートの指示を受け、俺達は急いで外に出る。
神殿から出たところで神秘的な光景を目の当たりにした。
俺達を待っていた巨大な生物に圧倒されたのだ。
十メートルはあろうかと思えるそれは……
直立する綺麗な金色のトカゲに、大きな羽と二本の可愛らしい角が生えたような生物だった。
「よう、マトイ。久しぶりだな!」
「ラグナートでしたか。久しぶり……ですね。何か御用ですか?」
ラグナートの気さくな挨拶に淡々と静かに答える金トカゲ。
どうもこれが噂のドラゴンという奴らしい。
人の言語も使いこなす超金トカゲだ。
「おっきなトカゲさん!」
「こ、こここ……これが伝説の……ドラゴン……」
「ほへぇ……。ドラゴンってデカイんだなぁ……」
喜ぶリノレ、気圧されるイリス、もちろん俺は大興奮だ。
なんてったって凄く強そうでカッコ良い。その上ちょっと可愛い。
神々しく鎮座するドラゴンにラグナートは事の経緯を説明し始めた。
「破壊竜を復活させようとしてるバカが居るかもしれねぇ。それが虚言であろうと、見過ごす訳にはいかねぇ理由があってな……」
ラグナートがやたら急いでいる理由。
アズデウス公国に向かったシリル達が危険と言うのは、上位天使が存在する可能性ももちろんある。
だが一番の問題は水竜の剣ヴァルヴェール、そしてガードランスの事らしい。
なんとこの二体も天使兵器なんだとか。
ヴァルヴェールは精々能力を無効果されるだけだろうが、ガードランスは最悪の場合操られて殺し合いになるらしい。
おまけに破壊竜復活を以前から本当に狙っていたのなら……
ルーアは封印解除の召喚術を、封印術として教えられている可能性があるとの事。
そうすれば封印を強めるという名目で、破壊竜復活にいつでも協力させられるという予想だ。
「てことでこの剣とおまえさんの力を貸して欲しい。アズデウスまで連れて行ってくれねぇか?」
「なるほど……、分かりました。時間がないのですね」
ラグナートの要請を金トカゲさんはすぐに承諾してくれた。
このマトイという名のドラゴンさんに乗るのか……
うーん。もう乗る前から恐怖しかないけど?
「チノレとリノレはここにいろ。事が済んだらすぐ迎えに来る」
ラグナートの判断に俺もザガン達も賛成である。
今更だが、超戦力になろうと猫とか子供とか戦いに出しちゃいけない。
誰も戦場に叩き出そうとしないところはとても好感が持てるな。
ん? 戦力的な問題で俺も残って良い気がしてきたぞ。
「おっとそうはいかねぇ。おまえにも働いてもらうからな!」
「わたくし達のリーダーですもの。逃がしませんわよ?」
だが逃げの気配を察したラグナートとシトリーに両脇を抱えられ、やっばり俺も行くことになってしまった。
身動きもせず、ただ思っただけなのになんたる悲劇。
次は大空を高速移動ですか……。本当にもう帰りたいです。
とはいえ、渋ってる訳にもいかないな……
俺だって、大事な友達を危険に晒したくはない!
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