三十一話  天使兵器

 埠頭で海を眺めつつ、乗船準備を待つ俺達。

 お出掛けに際していつもの格好ではさすがにいけないという事で……

 皆それぞれ服装をそれっぽく繕っている。


 ザガンは仮面を付けてより仰々しい魔道士ルックに。

 俺もカッコ良い黒いマントを羽織り、アガレスにはカッコ良い鞘を作っておいた。

 なんとイビキ防止のサイレンサー付きだ。

 小さくシュコーシュコーと聞こえるが仕方ない。

 サイレンサーなんてそんなもんだ。むしろ高性能。


 シトリーも髪を左で束ねた変身ハミルのようなサイドテールにし、スリット入り露出増量マント付きと豪勢にイメチェンしてきた。

 チノレは身体をスッポリ覆うローブと、その下にリノレとお揃いのお出掛けポンチョを着ている。

 二人揃ってやたら可愛い。



「あれ? イリス武器変えたの?」


「ふふん。ようやく気付いたの? アガレスさんとザガンさんに作って貰ったのよ。復刻した古代の遺産と憧れの魔道具の融合……。胸が高鳴るでしょ?」



 俺は銃を取り出して眺めるイリスが目に止まった。

 イリスは特別気合いを入れた装いをしてるわけではなかったが、銀色だった銃身が以前と違うものになっている事に気付いたのだ。

 嬉しそうに銃に頬擦りをしているイリス。

 俺の知らぬ間に武装を新調していたとはな……

 イリスが前にシトリーから貰った赤い宝石が際立つ指輪『ブラッドルージュ』。

 これはシトリーがベルフコールに居た時に作った物で、魔力を吸い取る効果の他に通常の魔力変換器の役割もあるそうだ。

 これにより魔力を込められる武器も使えるようになった模様。

 それを活用するため作ったのが、犬を模した装飾魔銃ケールブとイーロス。

 弾丸をより強力に撃ち出せ、魔力消費は激しいが実弾無しでも射撃が可能との事。

 お財布には優しいが俺には厳しそうな機能だな。

 今度はイリスを怒らせないよう、一層気を付けねばならなくなった…… 


 ハシルカ達は基本的に変わらないが、ガードランスがセリオスから白いマントを授かった。

 アーセルムの国旗入ってるし、勇者パーティーの引き抜きをされたと思われそうで怖いのだがな。


 ちなみにこれから乗る船だが……

 大きな軍用船に見えるし兵士大量に乗り込んでるけど……

 本当に戦争しに行くわけじゃないよね?

 基本的には平和な解決を模索するんだよね? そうだよね?


 まあ、それはさておき準備も整い俺達も無事乗船する事が出来た。

 いざ船出! 大海に飛び出す我等!

 少しだけ……、ほんの少しだけだが楽しくなって来たぞ。


 なんて……。そんな事を考えた時もありました……

 なんと出港五分で俺は力尽きたのだ。

 海を見るのすら辛い。陸が恋しい……

 揺れないって言った。セリオス嘘吐き。もう帰りたい……



「うう……。死ぬ……」


「フレム……、ちょっと倒れるの早過ぎでしょ……」



 船内の通路で横になって呻く俺にイリスが溜め息混じりに話し掛けて来る。

 そんなこと言ったって俺の体はデリケート過ぎるのだよ。

 キミ達超人共と一緒にしないでもらいたいものだ。


 船内で走り回る者。海を眺める者。即効で仮面外して厨房に向かう者……

 もはや誰が誰かも分からない。

 俺はかつてない地獄を体験し、早々に意識を手放した。


 それから数時間? 数日? 俺は永遠とも思える修羅場を味わった。

 そしてようやく、ようやくだ……

 陸に降り立ったのだ。もう怖いものなどない。

 大地がこんなにも愛おしいなんて……

 人は大地から離れては生きられない……

 改めてその事を実感したと言っていいだろう。



「このまま行軍してはまずいのではないだろうか?」



 船から降りたセリオスが突如正気に戻った。当たり前だ、皆知ってたよ。

 これからじゃんじゃん来るであろう、数千の兵士がアズデウスに向かったら誰がどう見ても戦争だ。

 国境に駐軍するのだってギリギリアウトじゃないかな?

 このタイミングで気付いてくれて本当に良かった。


 というわけで話し合いの末……

 精鋭兵士数名が目立たぬよう着替え、セリオス達の後からアズデウスに向かう事になった。

 残りの兵士は国境の港で待機だ。すでに百人くらいの兵士が来てるが問題が起きないことを祈りたい。



「では我に乗れ」



 町から出たところで瘴気に包まれたワーズが巨大化する。

 とても大きいワンちゃんだ。背に十人くらいは乗れそうな程である。

 さっそくセリオス、エトワール、ハシルカの計八名がワーズの背に乗り、アズデウスに向けて出発した。


 猛スピードで大地を駆けるワーズ。

 砂ぼこりを上げてあっという間に見えなくなってしまった。

 チノレやリノレとの駆けっこ訓練は素晴らしい成果を納めたようだ。

 背に乗るメンバー達はハミルの結界に守られていたようだが、あれでは大半が失神寸前であろう。


 セリオス達の心配は募るが、ワーズ達を見送った俺達もレイルハーティア教団に向かわなければならない……

 もの凄く揺れる馬車に乗るのだそうだ。

 是非とも俺は置いていって欲しい。



 ーーーーーーーーーー



 ガタンゴトンと揺れる馬車で永遠とも思える以下略……

 帰りが不安で仕方ないが、俺達はなんとか教団本部のある町まで辿り着いた。



「死……ぬ……」


「ほら、もうちっとだから踏ん張れ。こっからは徒歩だからな。今の内に回復しとけ」



 馬車から降りて乗り物酔いの覚めない俺を、労りつつもいたぶってくるラグナート。

 少しも休ませてはくれないようだ。

 閑静な町並みを眺めながら歩く俺達。道行く住民は皆穏やかで優しそう。

 賑わいはあまり見られないが、平和そのものであるのは伝わってくる。


 こちらは一見家族連れの旅行客に見えるだろうが……

 顔を隠す怪しいローブのザガン、恰幅の良すぎる可愛いローブのチノレが居るのに怪しまれている気配は感じない。

 問題なくそのまま教団本部、レイルハーティア教会に到着した。



「おお! これはこれは巫女様! 神獣様! フレム殿やザガン殿まで! 皆様こんな遠い所までよくぞまいられた!」



 教会内に足を運ぶとすぐにハミル父と再会する事が出来た。

 両手両足に鎖で繋がれた鉄球を、盛大にガチャンガチャン言わせながら元気に近づいてくる。

 依然豪快に謹慎中のようだ。



「おお、ヴァズァウェル。投獄されたと聞いて心配して居たぞ。元気そうでなによりだ」


「こちらも心配しておりましたぞ……。私の力及ばず……、皆様にはとんだ御迷惑を……」



 フレンドリーに語り掛けるザガン。

 申し訳なさそうに項垂れるハミル父に今の状況を詳しく教えてもらう事にした。

 なんでもこの教団では大司教がまとめる、いわゆる一般信者が大多数を占めていて、教会の戦力である武闘派集団の退魔神官は発言権が低いらしい。

 ゆえにハミル父は悪魔に騙されているとして、行動を制限されてしまっているのだとか。

 大神官って特に偉いわけではなかったのかな?



「んなこたぁ良い。とりあえずここの頭、法王のとこまで案内してくれ」


「ほ、法王様にですか!? ……何やら差し迫った御様子……。しばしお待ちを、急ぎ取り次ぎますゆえ……」



 いきなり全部シカトで一番偉い人に会わせろとラグナートが言い出した。

 ハミル父は慌て出すが事は急を要する気配を感じ、すぐに応じてくれる。

 と言っても大司教さんを経由しなければならないようだ。


 会わせてもらえた大司教さんは厳しそうなおばーちゃんだったが……

 ラグナートを見るとすぐに神託の間とやらに通してもらえた。

 本当に顔パスとはな……。凄いおっさんだったんだなラグナート……


 神託の間に通されると大司教さんは下がり、奥の祭壇には一際偉そうな爺さんが一人だけ立っていた。

 名を法王ブェリョネィース。

 教会のトップにして、フィルセリア共和国でも一番の権力者でもあるらしい。

 俺はこの教団が嫌いになった。なにせ俺にはその名を発音出来なかったからだ。



「これはこれはラグナート様。遠路遥々よくお越しくださいました」



 そう言った法王の持つ杖から結界のようなものが広がり俺達を包み込んだ。

 朗らかな物腰と表情ではあるが……

 どうもこの爺さんから威圧感のようなものを感じられる。



「む?」


「あら?」


「シュコー」



 何やら反応を示すザガンとシトリー、そしてアガレス。

 圧力が掛かってくるような感覚は気のせいではないようだ。

 動きが制限され、まるで水の中に居るような気持ちの悪さである。



「おい、ガキ。これはどういう挨拶だ? 俺とやり合おうって事で良いのか?」



 ラグナートは法王の術が一切効いてないようで、威圧的に真意を問い質した。

 話も聞かずにいきなり拘束しようとして来たのだ。

 怒って当然である。俺は内心焦っているがな。



「まさか、大戦の英雄たるラグナート様にそのような……。しかし、いくら貴方様でもこの教会に魔神を連れ込むなどと……。そのような暴挙は看過しきれませんぞ」



 法王は口振りこそ穏やかであるが、明らかな怒りを持ってラグナートを嗜めた。

 どうやらここにザガン達を招いた事に御立腹のようだ。

 そういえば教会だったな。考えてみれば当たり前か……

 睨み合う法王とラグナートがとても怖い。



「最近のアズデウスの素行について打診しに来た。今すぐ警戒を解け。こいつらが……、こいつが邪悪に見えるのか? お前なら分かるだろうが!」



 ラグナートは俺を一瞥してから強い口調で法王に語り掛けた。

 そうだった……。神竜の巫女の話が通じてない以上、俺達は悪しき魔神とその親玉だったのだ。

 しっかりすっかり忘れてたぞ。

 ラグナートが俺を連れて来たかったのはこの為か!?

 おまえってやつぁ……、なんて良いおっさんなんだ……



「確かに……。その者は憑かれては居りませぬな。しかしラグナート様。魔神は悪しき者……。その存在とそれを認める者を逃す事は出来ないのですよ」



 法王のお言葉はまあ正論ですね。

 セリオスでさえこの間までこんな感じだったし。

 かといって殺られる訳にも殺らせる訳にも行きません。

 俺はピリつく空気に警戒しながらアガレスの柄頭に手を掛けた。



「それとアズデウス公国ならば問題ありません。彼の国は天使様の加護を受けた。その力であの忌まわしい破壊竜ゼラムルを滅ぼそうとしてくれている。レイルハーティア教団はこれに全力で協力するつもりです」



 まるでおとぎ話のような事を語り出す法王。

 天使の加護? 何を言い出すんだこの爺さんは?

 寝てるのか? それともボケたのか?

 どうも胡散臭い展開になってきたぞ。



「おいおい寝ぼけんなガキが。その言い分じゃヤツを復活させるって言ってるように聞こえるぞ!」



 ラグナートは俺と同意見のようだが、少し過剰に見える程威圧的だ。

 法王はしばし沈黙した後、覚悟を決めたかのように言葉を紡ぐ。



「そう……言っているのですよ。破壊竜が存在している以上安息はありません。滅ぼせるなら滅ぼすべきでしょう。アズデウス公国が召喚した天使様がこの教会にも加護を与えて下さっております。彼の方々は本物です。必ずや破壊竜を滅ぼしてくれましょうぞ……」



 そう言って頭を下げながら祭壇から離れる法王。

 そして祭壇の左右にある扉から、四名の神々しい雰囲気を放つ人影が現れる。

 美しい金髪の美男三名に美女一名。これが天使ってことか?

 確かに四名揃って人と言うには不思議な気配。

 生気が感じられず、むしろ不気味であるとさえ感じた。



「おい……、ふざけんなよ……。天使だと!? なんでこんなもんが……、いやそんな事より……、何故こいつらを従えられている!?」



 ラグナートの表情は歪み、あからさまに狼狽えている。

 ここまで動揺したラグナートは今まで見た事がない。

 まるでこの天使達を知っているのかのようだ。



「何を仰います。方々はゼラムルを滅ぼすために天界より降臨されたのではないですか。御使いたるアズデウス公国のガルド卿。その言葉によりこの教会を守護してくれているのです」


「命令を与えられる奴が居るのか!? バカか! こんなのじゃヤツは倒せねぇよ! 騙されやがって!」



 粛々と話す法王に対し、ラグナートの憤りは目に見えて明らか。

 頭が固い法王を愚かとでも言わんばかりの勢いである。

 その時、天使の一体がラグナートを見据え口を開いた。



「第二マスター権より優先。反逆者ウリエルの処理を開始します」



 美男天使が不思議な言葉を口にした途端……

 天使四名全員から魔力が吹き出し、敵意を持って戦闘態勢に移った。



「天使様? 何を……」



 突然の事態に着いていけてない様子の法王。

 その疑問に答えを得ぬまま、険しい表情のラグナートが口火を切る。



「くそ! こいつらを破壊するぞ!」



 ラグナートの一声で戦いが始まった。

 ようやく空気な俺達にも出番がやって来た訳だ。

 法王の術による圧力は掛かっているが……、動けない程じゃない!


 不利な戦いになると思った瞬間、突如銃声がとどろいた。

 それと同時に法王が手放した杖が床を滑り離れていく。

 イリスが法王の杖を弾丸で弾き飛ばしたようだ。

 それにより、俺達を拘束していた結界は消え去った。



「でかしたイリス! チノレとリノレはこの部屋から出てろ!」



 俺はチノレとリノレに神託の間から離れるよう告げて臨戦態勢に入る。

 破壊というラグナートの言い回しが気になるが……

 向かってくるなら俺だって容赦はしない。



「倒して良いんだな?」


「ああ! 気にするな。こいつらは意思無き人形だ! 遠慮なく壊せ!」



 人の姿に少し躊躇する俺にラグナートは即座に返答する。

 同時に四体の天使がラグナートに攻撃を仕掛けて来た。

 一体は剣で、残りの天使は魔術を行使しようとしている模様。


 イリスが二丁拳銃を構え、魔力の弾丸で三体の天使が打ち出した氷や炎、光の矢のような魔術を一つ残らず相殺して行く。

 実弾を込める事によりその効果も上がるが、攻性魔力のみを打ち出す事でこういった芸当が出来るようだ。


 その隙を逃さず、俺とラグナート、ザガン、シトリーの四名が駆ける。

 ラグナートは切り掛かって来た天使を容易く両断し、シトリーは自身の周囲から出現させた樹木の触手で天使を滅多刺し。

 ザガンは手の平をかざし、天使の周囲を囲んだ水泡を圧縮してミンチにする。

 俺はアガレスを振るい、容赦なく天使の首を跳ねた。

 瞬きする間もなく、四体の天使は呆気なく瞬殺する事が出来たのだ。



「こいつら弱いぞ?」



 俺の口から正直な意見が溢れた。こんなんで破壊竜倒せちゃうのか?

 そんな訳ないよね。戦力にしてはいくらなんでもお粗末過ぎる。

 しかし人形のわりに赤い血を流し、切り裂いた断面もやたらグロい。

 イリスも顔を反らす程の惨状だ。見た目はどう見ても人間なんだがな……

 そう思いつつも、俺の心は不思議なくらい何の動揺も示さない。

 何の感慨もない自分に少しばかり疑問を持ってしまうくらいに……



「ラグナート様……、どういう事です? 何故天使様は貴方様を?」


「ガキと話してる時間が惜しい。お前は騙されたんだよ!」



 酷く狼狽したような法王にラグナートは吐き捨てるように言い放つ。

 そのままラグナートは踵を返して足早に神託の間を後にする。

 俺達は事態の把握が出来ぬまま、部屋の出口に居たチノレとリノレと共に急いでその後を追いかけた。



「天使に命令を出す術があるなら……、アズデウスに向かった連中が危険だ! すぐに向かうぞ! 時間が惜しい。まずは裏手にある山に登る!」



 ラグナートはすぐにアズデウスに向かうと提案してくる。

 時間がないので教会付近の山に登ると、意味不明な事を言い出すラグナート。

 せめて事情の説明が欲しかった俺達だが、『いいから行くぞ』の一声でしぶしぶ裏山に向かう事となった。

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