三十話 出港前日
賑やかで楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。
明日はいよいよフィルセリア共和国に向かう。
そこでこの数日間の修業の成果を見る事になり、皆で館前の庭に集まった。
「僕の出番だね……」
真っ先に名乗りを上げるハミル。
いや、キミは遊んでただけだよね?
俺も一緒に遊んでたから知ってるんだよ?
「リノレもしゅぎょーのせいかー」
続いて嬉しそうに両拳を掲げるリノレ。
いや、してないよね?
リノレも俺達と一緒に遊んでたよね?
そんな気持ちは俺だけなのか……
気付けば普通に試合が始まってしまった。
「ユガケ!」
「はい! ハミュウェル様!」
ハミルの呼び掛けにユガケが答える。
ユガケの体が輝き、ハミルに重なるように消えていった。
するとハミルの体も輝き、ハミルに狐の耳と尻尾が追加され、服装も着物と呼ばれる民俗衣装に置き変わる。
髪型もツインテールから左側のみのサイドテールに変化していた。
「めたもるハミリュン参・上!」
ビシッとポーズを決めるハミル。
こいつはヤバイ。この子はここに居てはいけない。
我々とは身に纏う空気が違い過ぎるのだ。
一刻も早く悪魔退治にでも出さなくては……
その姿を見たリノレは両手をブンブン上下させて喜んでいる様子だ。
こういうのが好きなのだろう。
「《ドーホー》!」
ハミルは掛け声と共に現れた身の丈程もある四角い棒二本を両手に携える。
勢いのままハミルはリノレに向かって駆け、降りかざしたその棒はリノレの拳により二本とも難なく破壊された。
「ならばぁ! 《ユマキ》!」
続けてハミルが帯状の布を出現させ、それをリノレに巻き付け締め上げる。
ハミルが帯を引っ張れば引っ張る程強く締まるようだ。
「えーい!」
その布も両手を広げたリノレに容易く粉砕される。
反撃とばかりに今度はリノレが片手を引く姿勢を取り、薄紅色の炎がその身を包んだ。
実は本当に修行してたのでは? と感じる程の威圧感である。
ハミルも危険を悟ったのか、その体は大きく後方に飛び退いた。
「にゃーー!」
可愛らしく鳴き声を上げ、拳を何も無い空間に突き出すリノレ。
その瞬間、凄まじい風圧がリノレの前方に巻き起こる。
「効かないよぉ! 《シャクニ》!」
ハミルは黒丸と黒い円が描かれた丸い大きな箱のような盾を出し、後ろ向きにうずくまって身を守った。
さながらヤドカリのような格好だ。
リノレの放った風圧が嵐のように吹き荒れ、ハミルの背後にある木々は薙ぎ倒されていく。
風圧に晒されるハミルはその場を動かず、地形だけが変わり続け……
あっという間に森の出口までの直通経路が出来ていた。
相手の攻撃で被害を誘い、自分はちゃっかり無傷で済ます。
めたもるハミリュン……。なんて恐ろしい子だ。
シトリーは『森が……』と悲しそうに呟いている。
そう、この辺りの修復はシトリーがやるのだ。
ここまで見通しが良くなると直すのも大変そうだな……
甚大な被害に唖然とする俺達の元へ、直通経路から白くカッコ良い箱形の乗り物が入り込んで来た。
どこかで見たことあるような四つの車輪を持つ乗り物だ。
乗り物の中からは酷く焦った顔をしたイケメン野郎が出て来た。
「着いた早々殺す気か!」
怒号を上げるのはセリオスである。エトワールも一緒だ。
やることあったんじゃないのかな?
ていうかその乗り物ウチのじゃない?
白かったっけ? いいや黒かったはずだ。
どうりで遠いはずなのに頻繁に遊びに来ると思ったよ……
俺達の生み出した恐怖の乗り物は、いつの間にやらセリオス専用にされていたらしい。
場所を変えて、真・円卓の間にて全員集合。
険しい顔をしたセリオスの案で緊急会議を行う事になったのだ。
「フィルセリアへの渡航許可が降りん。というより、ここしばらく向こうからの船も来ていないようだ」
予想より深刻な状況を告げるセリオス。
神竜の巫女でっち上げで怒ったかレイルハーティア教団。
どうやらアーセルムの船は出せるが、シリル達が乗って来たフィルセリアとアズデウスの国境にある港にしか行けないらしい。
そして本題はここからのようだ。
「エトワールが誘拐されかけた。犯人はゼラムル教団の者。アズデウス領にある支部からの依頼だそうだ。私はこれを滅ぼそうと思う。この宝剣テイルキャリバーにかけて!」
王子とても短絡的である。もはや思慮の欠片も見られない。
エトワールが絡むと途端にバカになる。
どうやら国宝すら持ち出して来たらしい。
セリオスは直接アズデウスの権力者に面会をしに行き、今回の騒動の原因を全ていぶり出して叩き伏せると言い出した。
シリル達はアーセルム国軍として参席させる。
そうすればアズデウス公国も文句は言えないだろうとの事。
事が片付くまでエトワールと離れるのは気が気じゃないらしい。
セリオスは方針を変えて全面協力する事にしたようだ。
「教団を経由せず悪い国に行けるって事はだ……。それってつまり俺達は行かなくても良いという事かな?」
「いや、どちらにせよレイルハーティア教団には顔出さなきゃならねぇからな。そういうことなら二手に別れるか?」
俺のささやかな希望を粉微塵に打ち砕いてくるラグナート。
何がどうあってもフィルセリアには行きたいらしい。
教団に打診なく事を進めるのも問題なのだろう。
セリオスはそんなことすっかり忘れているのだ。
そんなわけで、アズデウス公国に乗り込むのはセリオス、エトワールにハシルカ達。
残りの俺達がフィルセリア共和国にある教団本部に向かう事に決まった。
「話をするのと調査は構わねぇが……。荒事になりそうなら俺達を待つこと。軽はずみな行動は控えろよ」
「ああ、分かっている……。すぐに王直属護衛軍も到着する。戦力の出し惜しみは一切しない。外交の余地など与えんぞ……。まずは念入りに退路を断つ……。くくく……、私を敵に回した事を後悔させてくれる……」
先に動かないようにと指示を出すラグナート。
だがセリオスはとっても様子がおかしい。
邪悪な笑みまで浮かべているし、多分こいつダメだ。
まるで国そのものを相手取るかのような口振りである。
違うぞセリオス。忘れるな? 敵はゼラムル教団とその協力者だからな?
国丸ごとなんて決め付けは良くない。戦争反対。
なんでもアーセルム王直属護衛軍も派遣する手筈らしい。
王直属護衛軍って王守らなくて良いのかなと思ったけど良いのだろう。
民間人が気にする事ではない。でも軍隊はさすがにマズイ気がする。
「軍隊なんか動かしてどうするんだよ……。そんな大人数で何するんだ?」
「全てエトワールの護衛に決まっているだろう?」
仰々しい内容に呆れた俺はわざとらしくその危険性を指摘した。
それを聞いたセリオスはいきなり真顔になったと思いきや、とんでもない用途をぶちこんでくる。
軍隊用意してやる事はそれか? どんな絵面になるのか分からないのだろうか?
とにかく、護衛軍の主な役目はアズデウス国内でのエトワールの護衛。
エトワールの能力は実は本人に大変な負担が掛かるらしい。
なので使用禁止にしているので戦力としては数えないそうだ。
魔神館の戦いの時痛がってたしねぇ。妥当な判断だろう。
実現可能な案だとはとても思えないが、どこかで気付いてくれる事を祈りつつ……
明日の出港に備え、今日は全員揃って魔神館にお泊まりだ。
一先ずは従来の円卓の間に移動してゆっくりする事にした俺達。
エトワールはチノレにもたれかかり、リノレを左手で抱きしめながらワーズを右手で撫でていた。
無表情ではあるが超夢中である。
「わんわん……。にゃん……にゃー」
儚げでおっとり口調のエトワール。
ぼんやり目からは想像出来ないが、どうやら動物や子供が好きなようだ。
セリオスの話では王宮でも犬を飼っているらしい。
エトワールが名付け、大層可愛がっているとのことだ。
「エトワール様。愛犬の御名前はなんというんですか?」
イリスはエトワールが付けたという犬の名前に興味津々だった。
どんな高貴な名前なのかと胸を弾ませているようだ。
「ダイナゴンタロウボウと言いまふ」
無表情なエトワールから淡白に飛び出した犬の名前。
若干噛みやがったが、そのネーミングセンスに俺は脱帽した。
俺を越える逸材がこんな近くに居るとは思わなかったのだ。
「愛称はゴンタです」
エトワールからは抜群のセンスが湯水のように溢れ出している。
おそらくこの子は希代の天才なのだろう。
俺は俄然セリオスとエトワールの仲を応援する事にした。
エトワールが王妃になるのなら、この国の未来は明るい。
「素晴らしいネーミングセンスだろう? 高貴でいて武に溢れ、格調高い」
自信満々に語るセリオスを見て何故かイリスは頭を抱えている。
気になる事があれば言えば良いのにな。
「殿下に続いて……、エトワール様までフレム病に侵されてしまった……。もうこの国は終わりよ……」
イリスさん。それは酷過ぎないか?
口に出しちゃいけない事もあったな。俺は細菌か?
そんな絶望するくらい危険な存在なのかい?
ーーーーーーーーーー
ラグナートは一人、今後の展開に一抹の不安を覚えていた。
世界を席巻していたファシル帝国の属国であったアズデウス。
かつて属国であった国がそうであったように、この国も世界を巻き込むような事をしでかすのではないかと……
ヴァルヴェールを持つ者と初代ルーア、そしてガードランスの同型と思われる者と旅をしたことのあるラグナート。
昔の悲惨な結末を思い起こさせるいくつものカードが揃っている事が……
一層彼の不安を高めていた。
「ラグナート~。修業つけて~」
「ラグナート~。俺にも剣教えて~」
「ラグナートさん遊んで~」
「ラグナート~。なんか話ししろ~」
シリルにカイラ、ハミルにルーアまでもが甘えるような声を出し、ラグナートのマントにしがみついていた。
その四人を引きずってラグナートは廊下を歩いている。
その状態のままでようやく円卓の間まで戻ってきた。
「分かったから一人ずつにしろって~」
何故懐かれているのかは知らないが、悪い気はしていないラグナート。
悲惨な思い出はあったが、もちろんそれだけではない。
この状況は楽しかった日々を思い出し、少しだけ彼の心を軽くしていた。
「そうだ、聞きたかったんだが……。おまえらチーム名どうやって決めたんだ?」
「僕が皆の名前を使っていくつか案を出してね。その中から選んだんだ」
ふと気になったラグナートの問いにハミルが答える。
ハミルはチーム名を決める際、少し揉めたが最終的に集まった順に名前の頭を取ったと語った。
「私だけハミルのオマケみたいだろう? もうハミルカで良いじゃないか……」
「それだと俺は完全に消えるんだが……。第二案のルルルラよりは良いだろ……」
「ガードランス。ハイッテナイ」
「そうですよ! 改名を要求します! わたしも入れてください! ハシルカガユに変えましょう!」
ルーアのいじけたような発言にシリルがツッコミを入れる。
更には円卓の間でまったりしていたガードランス、急に現れたユガケが自分の名前が入ってない事にちゃちゃを入れてきた。
「美味しそうな名前だね!」
「おい! やめろ! これ以上ふざけた名前にすんなよ!」
「ついに食べ物か……。はは、良いんじゃないか……」
「どっちにしろ簡単に変えられないんだってぇ! ワーズもまた拗ねるぞ!」
とても美味しそうな名前にはしゃぐハミルと慌てるカイラ。
嘆息して諦めた面持ちのルーアと収集が付かなくなって嘆くシリル。
噛み合わないようでいて、なんだかんだと明るいパーティー。
騒ぎ出した彼らを眺めつつ、椅子に腰掛けるラグナート。
(チーム名の決め方まで似た感じかよ。そういや、その時もルーアがごねてたって言ってたなぁ……)
ラグナートは遠い昔、仲間達との冒険を思い出していた。
言い合いも多かったが、生まれて初めて戦い以外に充実を覚えた日々。
「ラグナート。ガードランス。モ。カマッテ」
元気に騒ぐ仲間を置いて話を振ってきたガードランス。
ラグナートが一緒に旅をした仲間、ランドグリスによく似ている者。
おそらくは同型機だろうと推測出来た。
「分かったって……。なぁ、ガードランス」
「ナニ。ラグナート」
ラグナートはガードランスを少し悲しげな表情で見つめる。
ガードランスが向ける視線を、真っ直ぐに受け止めながら。
(最後まで信頼してやれなかった。あいつもれっきとした仲間だったのにな……)
ラグナートの心に落ちる影。
自らを敵視するラグナートに自身のマントを預けたランドグリス。
仲間を助け、崩落した遺跡に埋もれていったかつての戦友。
その面影をガードランスに重ねて見ていた。
「あいつら……、守ってやれよ」
「ウン。ガードランス。ミンナ。マモル」
ラグナートの願いに、迷うことなく答えるガードランス。
今度こそ信じようと、ラグナートは心に決める。
(こいつらは何があっても屈したりはしない……。きっと、俺達とは違う結末を迎えてくれる……)
ラグナートは自分の仲間達に似た雰囲気を持つ彼等に、夢を託そうと考えていた。
一人も欠ける事なく、いつまでも揃って笑い合える夢を……
「ところでおまえさん……。なんだってそんなボサボサなんだ?」
虚空に向かって呟くラグナートの足元に、ワーズが震えながら丸まっていた。
撫で回されたかのように全身の毛並みを逆立て駆け込んで来たワーズ。
犯人は十中八九、こちらににじり寄ってくるフレムとエトワールだろう。
ーーーーーーーーーー
夕刻、出港前の最後の修業。
ザガンとカイラ、シトリーとルーア、イリスとガードランス。
更にはラグナートとセリオス、アガレスとシリルなど……
相手を変え、趣向を変えて皆最後の追い込みを掛けていた。
そして中庭にて向かい合う俺とハミル。
ここでも修業が大詰めを迎えているのだ。
「おにーさん! 僕と勝負だよ!」
「良いだろう! どこからでも掛かってこい!」
両手に魔稲ネッコロエーノを装備したハミルが猛る。
俺は穂先はそのままに、茎だけが細身に育つよう改良した魔稲ネッコロエーノを三本束ねた武器を装備して対抗した。
軽量化に成功した上、穂先はモッサモッサである。
「さすがだねおにーさん! その発想はなかったよ」
「ふ、ハミルの天才的な二刀流に触発されてな……」
ハミルと俺は互いの武勇を称賛した。
そしてパシン、ジョリンと互いの穂先をぶつけ合い、互いの武を高め合うように争っていく。
穏やかな笑い声が飛び交い、とっても楽しい。
こんなに和やかなのに、いよいよ明日は出港の日を迎える事になるのだ……
そんな日……。来なくて良いのにな……
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