二十九話  暇なので修行

 勇者ハシルカとの激闘から一夜明け。

 セリオスとイリスは帰ってしまったが、出港まで一週間もあるのでシリル達は魔神館に泊まっている。

 ラグナートも同様にお泊まりだ。

 皆暇なのでさっそくハシルカの修行を開始する事にしよう。


 ワーズはチノレとリノレと一緒に森で修行と言う名の駆けっこをしに行った。

 順路を決めてゴールまでの早さを競うらしい。

 カイラは館前の庭でシトリーから魔力の扱い方を教わっている。



「火を起こす事ばかりに気がいっているようですが、貴方の場合風を操る事の方が合っているようですわ。ですのでまずは大気を掴み、自分の周囲に展開する事から始めましょう」


「なんだよそれ……。めんどくせーな……」



 シトリーの教えに渋々従うカイラ。

 カイラは言われた通りに風を動かす事に意識を集中する。

 するとそよ風がカイラの周囲に流れ出した。



「こ、こうか?」


「違いますわ。こうですの」



 顔色を窺うようなカイラの目配せに少し冷ややかなシトリー。

 カイラの起こしたそよ風にシトリーが追い風を加えた事により、カイラが竜巻に飲まれ巻き上げられる。

 宙を舞い、そのままカイラは為す術なく大地に激突した。



「あ……う……」


「さ、やってみましょう」



 うつ伏せに倒れピクピク痙攣するカイラに、シトリーは笑顔で反復練習を要求する。

 上手くいかなければ追い風を加えられ、空に投げ出された。

 ある程度流れに乗って動かせたら逆風を加えられ相殺。また始めから。

 この苛めとも思える修行が延々と続けられた。


 ルーアはザガンの部屋で術式の組立指導を受けているようだ。

 あえて薄暗くした部屋で、主に雰囲気に重点を置いていた。



「汝はすぐに集中を切らすのが難点だな。魔道士としては致命的だ。どのような時も焦ってはいかん。一つの術に頼るのではなく、先を見据えるように術式を組み立てれば戦略に幅が持て、余裕も自ずと生まれよう」


「はい! 先生!」



 ザガンの授業を聞き、ルーアはふんふんと真剣に勉強している。

 魔術師っぽい部屋の空気に若干興奮しては居るものの、心根はやはり素直なのである。


 俺はというと軽く皆を見て回った後、ガードランスと玄関先の大広間で特訓を行っていた。

 アガレスは寝ていたので、ラグナートから剣を借りて指導に当たっている。

 動き方。走り方。剣の振り方にその他間合い。相手の行動による対処……

 やるべき事は山積みなのだ。



「ガードランス。モウ。タテナイ」



 倒れ込み、即行で弱音を吐くガードランス。

 だが俺はそんな脆弱な態度を認める事は出来なかった。



「立てガードランス! おまえが動けなくなったら仲間がやられると思え!」



 自分の無気力さを棚に上げ、俺は猛烈な檄をガードランスに浴びせ掛ける。

 俺の言葉を受けてガードランスの体がゆっくり起き上がった。



「ヤ……ダ……。ガードランス。ガンバル」



 やれば出来る子ガードランス。

 俺は最低でも自分よりやる気を持たせる為、ガードランスに愛のムチを叩き付けるのだ。

 徐々にやる気を出して来たガードランス。

 その沸き上がる闘志に、あっという間に俺の体力が持たなくなっていった。

 休むのも大事だと懸命に説得し、休憩を取らせて頂ける事になった俺。

 鍛えられてるのは俺なんじゃなかろうか? と疑問がよぎる。

 こうして休憩に向かう途中、中庭に居たラグナートとシリルが目に入った。



「はぁ……はぁ……。動きが……追えない……」


「力に力で対抗するな! 相手の力は技で捌け! 技に対しては知恵で嵌めろ! 今のおまえみたいに、うだうだ考え出した奴は腕力で押し切られちまうぞ!」



 息切れを起こすシリルに指導するラグナート。

 シリルはラグナートに頼んで稽古を付けてもらっているのだろう。

 やはりラグナートが真面目に相手をするとシリルでは手も足も出ない。

 懐かしいな。俺もよくこうやってボコボコにされたもんだ。

 俺とは違いシリルの瞳は決意に溢れている。

 少しでも強くなって置きたいという心意気。

 流石は勇者パーティーのリーダーといったところだろう。



「凄い熱いねぇ……。俺には無理だ……」



 そう呟き、俺は踵を返してガードランスの元に戻る事にした。

 到底俺には真似できない。

 だがせめて、彼らの熱意を挫く事はしたくない。



 ーーーーーーーーーー



 ワオォォォォン! 



 外に獣の遠吠えが響き、夕暮れも差し掛かった頃。

 俺は円卓の間で優雅にコーヒーを飲み寛いでいた。

 実は涼しい顔して筋肉疲労に堪えているだけなのだが……

 そんな俺の元にラグナートが慌てながら駆け込んで来た。



「フレム! すまん! アガレスが……折れた……」



 どうやらラグナートはシリルに稽古を頼まれた際、寝てるアガレスを持って行ったようだ。

 アガレスなら大丈夫だろうと、ヴァルヴェールの全力を受け止めたら折れたらしい。

 アガレスの刀身は中間からポッキリいってしまっている。



「……痛い……。じんじん……する……」


「わりぃアガレス! 本当にすまん!」


「お、俺が悪いんだ! 申し訳ない!」



 アガレスはじんじんするらしい。

 悲痛な声を出すアガレスを床に起き、その前で土下座する二名。

 狼狽えるラグナートとシリルは必死で謝り続けている。



「あー、ちょっと待ってろ」



 俺は鉢植えを持って来てその中に折れたアガレスを差した。

 そして鉢植えの中にニンジンやジャガイモ、タマネギ等を投げ入れる。

 投げ入れられた野菜が煙のように消えたところでアガレスを抜き取った。



「ほら、これで元通り。寝返り打ってる時とかたまに折れるぞ」



 俺の手の内にて、アガレスはツヤッツヤの黒く長い刀身に戻っている。

 慌てる事など何もない。いつもの事なのだ。

 フルメタル状態で寝ると結構やらかす。



「前以上の……力を感じる……」


「気のせいだ」



 重々しく語るアガレスに俺は無情のツッコミをいれた。

 油断していた尻拭いを俺にさせるんじゃない。



「デタラメかよ……」



 ラグナートはポツリと呟き、シリルは絶句する。

 まさかこんなふざけた方法で元に戻るとは考えてもいなかったのだろう。

 ともかく、今日の修行も一段落し、皆それなりに成果があったようだ。

 円卓の間に戻って来たハミルの両手に魔稲ネッコロエーノが見えたが、きっと壮絶な修行だったに違いない。

 一人だけ遊んでたなんてあるはずがないのだ。

 というか、二刀流という発想に俺はハミルの天才性を感じていた。



 ーーーーーーーーーー



 ワオォォォォン! 



 夕飯を終え、円卓の間で皆思い思いの行動を取っている。

 シリル、カイラ、ガードランスは疲れ切ったのか、椅子に座ってだれていた。

 師匠強いとか姐御怖いとかキョウカンオニだとか言い合っている。

 まったく、誰の事だろうな?


 ルーアはザガンの部屋で熱心に修行の続きを行っているようだ。

 時折ファイヤーキャノン! スプラッシュディレイ!

 などの単語がルーアとザガンの声で交互に聞こえるが、多分物凄く重要な座学なのだろう。

 けしてカッコ良い術の名称を考えているとかではないはずだ。


 俺はチノレ、リノレと修行をしようとしたのだが、双方寝てしまったようだ。

 俺とハミルは両手に持った魔稲ネッコロエーノの穂先を、いったい何処に向けたら良いのか分からず佇んでいた。



「おまえら。暇ならちょっと付き合えよ。一緒に飲もうぜ」


「ジュースもありますわよ~」



 部屋の端で晩酌をしているラグナートとシトリーにお呼ばれした俺とハミル。

 正直二人の大人な雰囲気に混ざりたくないと思ったが……

 鉢植えアガレスも居たので付き合う事にした。

 もちろんハミルはジュースである。



「ハミュウェル様~。ねむむですよ~」



 ちょうど飲み始めたところで寝ぼけたユガケがいきなり現れた。

 そういえばこの狐っ子今まで何処にいたんだ?



「寝てて良いよ~。僕はもう少し起きてるから~」



 ハミルはそう言うとユガケはハミルの玉石の中に居ると教えてくれた。

 ユガケはシリルのヴァルヴェールと同様に、魔道具と一体の存在になったのだそうだ。

 ハミルの神聖術の強化にも一役かっている模様。

 ちなみになんと、シリルの神剣であるヴァルヴェールも喋れるらしい。



「そういやユガケが召喚でこうなったとか言ってたけど、召喚ってあれだろ? 悪魔とか呼び出すヤツ? それでなんでこうなるんだ?」


「よく勘違いされるのですが、召喚とは封じてある物の解放を意味します。どこか遠くにある存在を呼べる訳ではないのですわ」



 俺の問いに答えてくれたシトリーによると……

 召喚術とは何処からでも呼び出せる便利な術ではないらしい。

 その場や物に封印されているのを引きずり出すという解釈で良いという。

 その辺りを勘違いした奴が何もないところで召喚術を使うと、術者の精神が変質した物が生まれてしまったり、術者本人が変質したりしてしまう可能性があるらしい。



「ルーアちゃんが精霊を呼び出してやる~って言って魔法陣書いてたんだけどね……。中々上手くいかなくって……。そこにユガケが入ったら急に魔法陣が反応したんだよ」


「媒介も無しに召喚陣を扱うのは危険ですわね……。ザガンが見ているのでもう大丈夫だとは思いますが……。下手をすればルーアちゃん本人が廃人になっていた可能性も……」



 ハミルが事の経緯を説明し、シトリーはその危険性をほのめかす。

 ルーアは何も無い場所で召喚をやろうとして上手くいかず、挙げ句の果てにユガケが入り込んでしまいこうなったらしい。

 勢い任せで危険に飛び込むとは……、恐ろしい小娘だな。



「俺が気になってるものの一つがそれなんだよなぁ。あの娘はそもそも封印術なんて本当に使えるのか? 悪いが半端なく知識が足りてない気がするんだが……」



 ラグナートが気になるというのはルーアが封印術を継承してるという話。

 先の話にあったように、封印解除とはつまり召喚術の事なのだが……

 召喚術と封印術は対をなしてはいる。

 だが召喚術は暗黒魔術寄り、封印術は神聖魔術寄り。

 なので暗黒魔術士のくせに召喚術の知識が欠落してるなら、封印術なんか到底扱えないんじゃないかとの事。

 俺はいつものようにアガレスの鉢植えにワインを流し込みながら聞いていたが……

 ようはルーアにゼラムルの再封印は難しいと言う事なのだろうか?



 ーーーーーーーーーー



 夜もすっかり更け、俺は一人で円卓の間で椅子に座っている。

 そこにルーアがようやくザガン教室から戻って来た。

 良い勉強になったのだろうか?

 そこで俺はふと、気になっていた事を思い出したので聞いてみた。



「そういやおまえら、シトリーの結界内でどうやってここまで来たんだ?」


「ふふん。そのくらい私なら何とでもなる」



 したり顔の小娘。どうやらルーアが結界を破る術を持っていた模様。

 いつもうっかりをやらかす小娘もやる時はやるという事だな。

 何故こんな事を聞いたのかというと……



「じゃ……、ワーズはどうやって帰ってくるんだ?」



 続く俺の言葉に絶句して固まる小娘。

 そう、ワンちゃんことワーズが駆けっこ競争から帰って来ていない。

 何か足らないと思ったらモフみだったのだ。

 夕方からずっと遠くで鳴いてるのはワーズじゃないのか? と思い始めていた。

 むしろ鳴いてるんじゃなくて泣いてるんだろう。


 その後……

 港方面の森の入口で泣いていたワーズは、お泊まりセットを取りに帰っていたらしいイリスに無事保護された。


 円卓の間の隅でご飯も食べずにいじけるワーズ……

 起きて来たチノレとリノレを筆頭に、忘れてた全員で深夜の土下座大会が始まった。

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