破壊竜と英雄編

二十六話  トラブルピックアッパー

 セリオスの推進していた犬猫保護計画の一貫として……

 近くの港町に猫と触れ合える施設が出来たらしい。

 一時間毎の料金制でオヤツも出るようだ。

 通称ニャバクラ。今が流行の最先端というやつである。


 セリオス王子様からそこの特別優待券なるものを頂いた。

 なんと滞在するだけなら一日無料のペアチケット!

 シトリーとイリスは先に行って来たらしい。

 何でも俺と行くといつまで立っても帰ろうとしないだろうから、リノレと行くようにイリスに言われた。

 そんな事あるまい? 誰と行っても変わらんよ。

 というわけで……。ニャバクラデビューです!



「わー、みてみておにいちゃん。猫さんいっぱい!」



 リノレは大量の猫に囲まれてはしゃいでいる。

 猫のトッピングが可愛い妹の可愛らしさを引き上げて可愛いものだ。

 可愛いが限界を突破しているではないか……

 それにしても猫は可愛いな……

 シマシマ猫も可愛いが、モサモサ猫も可愛いな。

 このジャガイモみたいな名前の大きな猫も可愛いぞ。


 しかし、さすがはニャバ嬢。近付く、甘える、膝に乗る。

 だが絶対に腹は見せない。接客業のなんたるかを分かっているのだ。

 そう……プロなのだ! 接客のプロ!

 何故かリノレの前に来たら自動的にゴロンとお腹を見せるのは錯覚なのさ!


 追加料金を払えば猫が食い付くオヤツもあげられるようだ。

 知らないヤツはふざけてるのか? と思うだろう。

 何故猫の食費を別途で支払うのか? とな。

 だがそうではない。そうではないのだ。

 美味しいオヤツを与えることでお猫様は大変なついてくれる。

 これは必要経費なのだよ!


 かくして、一時間程があっという間に過ぎてしまった訳なのだが……

 俺はまだまだ居れるぞ。リノレも楽しんでいる。

 勝負はここから……



「さて、リノレ。そろそろ帰ろうか」


「もう帰るの?」



 俺の突然の帰宅宣言に少し悲しそうなリノレ。

 いつでも来れるのだ。初日から長居するもんじゃない。

 お店の窓から顔を半分覗かせ、こちらを見ているチノレが超怖いのだ。

 どうもシトリーとチノレは町の人気者になったようだが、あまり目立つのも宜しくないしな。



「おかあさん迎えに来てくれたの?」


「にゃーん」



 リノレもチノレに気付き、店の入口で会話をしている。

 迎えに来たというか、リノレが居ない事に堪えられなくなったというか……

 とにかくこのままだとチノレが不機嫌になってしまう。

 いや待てよ……? 俺はまだ居ても良いんじゃないか?



「おにいちゃんはまだ少し用事があるから、先におかあさんと帰ってて良いぞ」


「うん、分かった。早く帰って来てね!」



 俺の言葉に素直に従ったリノレはチノレの背に乗り、颯爽さっそうと駆けて行った。

 罪悪感が凄い。だがそれでも俺は、そこからニャバクラに三時間程居座った。

 可愛いが溢れる楽園パラダイスで笑顔を振り撒き……

 そして現在……、巨大迷路に取り残された事に気付く。



「これが……天罰か…………」



 どこだここは! 俺が一人で帰れる訳がないじゃないか!

 困ったぞ……。これは困った。

 結構本気で困りつつ、俺が町中をトボトボ歩いていると……



「ここはどこだろう……」



 四つん這いになり、途方に暮れる少女が大地に場所を聞いていた。

 金髪で長い髪を頭の上の方で左右に縛るツインテール。

 短めながら神官のような白いローブを羽織、スカートはヒラヒラミニ。

 そんな感じのとても可愛らしい、十四歳くらいのお仲間がそこに居たのだ。

 だが迷子仲間は一人じゃない。お供が二人いる。


 パッと見はアガレス白バージョン。

 少し太めで大きな全身鎧の白騎士さんが少女の横で佇み……

 小犬程の大きさの幼女がプカプカ浮いて少女を励ましていた。

 この幼女は着物という珍しい民族衣装を着ており、狐耳と尻尾が生えている。


 どう見ても明らかに怪しい人達だ。

 あれに関わってはいけないと、俺の防衛本能が大音量で警鐘を鳴らしている。

 俺は気付かれない内にそっと視線を外した。



「もしもし、お尋ねしたいのですが」



 どんな速度で近付いたのか、ツインテ少女が速攻で話し掛けて来た。

 うん、キラキラと眩しい笑顔でめっちゃ可愛い。

 でもお供がめっちゃ怪しくて怖い。



「町の外に行くにはどうしたらいいでしょうか~? 仲間がはぐれてしまって……」



 なんてアバウトな聞き方をする少女だ。

 しかも仲間『が』って言ったが、はぐれたのは間違いなくこの子の方だろう。

 紛う事なき同類である。



「いや~、実はこちらも迷子でして~」



 俺は恥ずかしがらずに暴露した。事実は事実。

 誤魔化しても何も解決しない。

 間を置いて双方笑い合い、二人して項垂うなだれた。



「ハミュウェル様~。元気出してください~。こんな怪しい人に頼るのもやめてくださ~い!」



 人形のように小さい狐幼女が俺を酷評する。

 どうやら少女の名はハミュウェルと言うらしい。

 可愛らしい名前だな。

 そして正論だが失礼な狐だ。せめて小声で言いなさい。



「失礼な。俺の心は簡単に折れるんだぞ、ただでさえこの歳で迷子になってへこんでるのに。とりあえずハミョ……ハミェ……」



 言い返そうとする俺の口が仕事をしてくれない。

 俺は共に解決策を出し合おうと言いたいだけなのに、名前を呼ぶ事さえ出来なかった。



「あ、連れが失礼しました。言い辛いですよね? 僕はハミュウェル・レイクザードと言います。ハミルで良いですよ、おにーさん」



 ツインテ少女は少し慌てたように口を挟んでくれ、名前も呼べない失礼な俺をフォローしてくれた。

 眩しい笑顔の僕っ子ハミルちゃん! 優しい! そして可愛い!

 なんて心暖まる対応をする少女なのだろうか。

 俺の周りは攻撃的な奴ばかりだから癒されるわ。



「ごめんね……、ハミルちゃんだな。俺の名前はフレム・アソルテ。怪しい者ではない!」



 俺は名乗りながらふと、一瞬視線を下にやってしまった。

 一瞬だ。太ももなんて気になってないぞ。

 ニーソックスとミニスカの間、眩しい白い柔肌などに目を奪われてなどけしてない。


 その時、突然白騎士さんが俺の肩を力強く掴んだ。

 表情など分かるはずもないが、凄まじい威圧感である。



「シケイ?」



 独特な口調で死刑宣告を言い渡してくる白騎士さん。

 判決早くない!? 罪重くない!?

 目撃から判決までわずか二秒。なんて恐ろしい世界だ。



「ガードランス! 駄目だよそんなすぐ乱暴しちゃ!」



 ハミルにガードランスと呼ばれた白い鎧は、その拳を俺に向って降り下ろそうとしている。

 すぐに乱暴しちゃうチンピラさんなのだろうか?



「いやいや、ここは止まるところでしょう!」



 俺は刑執行までもが早過ぎて一瞬驚いたが……

 振り下ろす拳が尋常じゃないほど遅かったので難なくかわせた。

 だが焦った事もあり、かわした拍子にハミルを押し倒して覆い被さってしまう。



「ごめん……。わざとじゃ……」


「いえ……。そんな……、お構いなく……」



 近距離で見つめ合う俺とハミル。はにかむ二人……

 奇妙な気恥ずかしさが俺達を包んでいる。

 なんだこの状況は……。俺はロリコンじゃないぞ。



「フレム! やっと見付かった!」



 イリスの声が背中越しに聞こえたところで俺は安堵した。

 怖い白騎士から助けられた思いだ……

 俺はとても心配したような口振りで話すイリスの方に視線を移す。



「フレム大丈夫?」



 そこには優しげな口調とは裏腹に、鬼の形相で銃口を向けるイリス様がいた。

 本当に纏う雰囲気と行動がチグハグで困る。



「セリフと行動とお顔が一致してませんが……。これは……事故……だよ?」



 俺は震える声でなんとか弁明した。

 よく見るとイリスの背後に、かつて魔神館に攻めこんで来た青髪の少年シリルの姿が見える。

 シリルは何故か大きく溜め息をつき頭を抱えていた。



 ーーーーーーーーーー



 どうやらハミル達はシリルの仲間であり、魔神館に用があったらしい。

 はるばるフィルセリアから船で港まで来たところではぐれたようだ。

 半泣きの俺はハミル達を伴い、イリスに引きずられながら我が家に帰宅した。

 魔神館にはラグナート、セリオス、ルーアにワーズ、新顔まで居る。

 今日は随分賑やかだな。



「いや~、皆はぐれちゃうからビックリしたよ~」


「だから毎度毎度、はぐれてるのはハミルの方なんだって……」



 無事仲間達と合流したハミルはおどけるように笑っていた。

 もちろんシリルや他の仲間達に囲まれて怒られている。

 白騎士さんと狐っ子は先行したハミルに着いてって巻き添えをくったようだな。



「いや見付けてもらって申し訳ない……。御覧の通りのマヌケさでな」


「ルーアちゃん酷い~」



 溜め息混じりに話すルーアも仲間のようだ。

 ハミルは頬を膨らませているが、この様子だといつもの事らしい。

 ワンちゃんと、さらに見たことない青年も居て結構な大所帯である。



「さて……、改めて用事と言うのは二つある。その前に自己紹介を済ませよう」



 自己紹介を提案してくるルーア。

 そういえばシリルとすら大した会話はしてなかったな。

 お互い言える事であるが、特に向こうはルーアとシリル以外、こちらに怪しさしか感じないだろう。

 特にザガン。主にザガンだ。


 ルーア達のパーティーは七人という大所帯。

 結構有名な勇者御一行らしい。


 シリル・グラスト。

 パーティーのリーダー的な存在である少年。

 神剣は養父から貰ったものだそうで、大昔はレイルハーティア教団が管理していたらしい。

 神剣を振るい魔物退治などで勇名を轟かせてしまったので、教団側は返せとも言えずに困って居るようだ。

 以前は一人で冒険してたがハミルに捕まったのだとか。


 ルーア・ルーグ。

 小娘はアズデウス公国ってとこの魔道士だそうだが……

 道徳に反する実験を数多く行うアズデウス公国に嫌気が差し、反旗をひるがえしているらしい。

 ハミルが無理矢理仲間に入れたようだ。


 カイラディア。

 赤の掛かった黒髪で黒い衣装に黒マントという……

 少しガラの悪そうな、多分二十歳くらいの青年。

 アズデウス公国の貴族生まれらしいが、魔力を持って生まれてしまった事が権力者にバレ、忌み子として追放されたそうだ。

 意図的に作ってない不穏分子は排除という考えの国らしい。

 通称はカイラ。

 わずかな期間敵対もしたらしいが、最終的にハミルが拾って来た。


 ガードランス。

 のんびりと動く全身鎧の巨漢。

 どこぞの遺跡調査をした際に埋もれていた鎧が動き出し……

 そのままハミルが連れ出した。

 予想してはいたが人間ではない模様。

 つまり正体不明の白騎士だ。


 ユガケ。

 とても小さいが人間のようにも見えるフワフワ漂う狐っ子。

 ハミルが最近傷付いた狐を治療して連れていたのだが……

 とある魔術実験に巻き込まれ姿が変質。

 特に気にも止めず連れているようだ。


 ワーズ。

 アズデウスの実験で生まれた魔狼ワンちゃん。

 カイラの実家で飼われていたらしいが、追放されたカイラにくっついてった。

 カイラ共々ハミルに拾われたのだ。


 ハミュウェル・レイクザード。

 レイルハーティア教団に属していた娘。

 その歳にしては優秀な退魔神官見習い。

 だったのだが、教団と対立しているアズデウスの者達や魔物らしき者と仲良くするので破門になったようだ。


 互いの自己紹介を済ませ、ここまでで分かった事はとりあえず……

 ハミルちゃんと関わってはいけないという事だな。

 面倒事を率先して拾いに行く習性があるようだ。


 アズデウス公国が不穏な動きを見せているのを知ったシリル一行。

 それをレイルハーティア教団にチクリに言ったまでは良かったものの……

 全員が教団に嫌われているため信用されず、教団の使いっぱしりをして御機嫌を伺っていた模様。

 だが教団への橋渡しを行っていた大神官、マッチョウェルが投獄されてしまった為、アーセルムを頼って来たという事らしい。



「随分と勝手な言い分だな。他国の争いにこちらを巻き込むのか?」



 これに対し目を細めて反論するセリオス。

 王子殿下の言い分はもっともである。

 このアーセルム王国を戦争に巻き込むと言っているようなものなのだ。



「ちなみに大神官投獄の理由は……。アーセルムの魔神にそそのかされ、神竜の巫女なる者をでっち上げた事……なのだが?」



 ルーアがそう言うと、セリオスがどーしようみたいな顔でこちらを見てきた。

 それはセリオスのせいだ。俺には何も言えない。



「そう警戒するな。頼ると言ってもそんな大事を頼みに来たわけではない。大袈裟に言ったが、ヴァズァウェル殿も謹慎及び行動制限が掛かっているだけだろう」



 固まる場の雰囲気をルーアが軽く笑いながら崩す。

 大神官の安否はさほど気にしなくても良いそうだ。

 要求はアズデウスの情報をこちらに渡し、警戒を強めてもらう事が一つ。

 もう一つは完全に別件だった。

 なんでも最近になってハミルの神聖魔術の効果が弱まってしまったらしい。

 戦術面で不安があるのでその原因追求の為、こちらの知恵を頼ってやって来たとのこと。



「最近だからな、俺はこいつが取り憑いたせいじゃねぇかな~って」



 チンピラ風のカイラが笑いながらユガケの頭を鷲掴みにし、プラプラ揺らしている。

 年長に見えるがこの青年、結構なお調子者ポジションと見た。



「失礼な! わたしはハミュウェル様を守ってるんです! 守護獣なんですぅ!」



 揺らされながら御立腹の狐っ子ユガケ。

 まるでコントを見ているような微笑ましさである。

 とりあえずはハミルの容態を、ウチの看護婦シトリーが見てくれる事になった。

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