二十七話  立ち込める暗雲

 客間に集まる勇者御一行とシトリー。

 俺も興味を引かれて参席させてもらった。

 さっそくシトリーの瘴気が椅子に座るハミルを包みその身体を調べていく。

 それからさして時間も立たずに検査は終わり、瘴気は消え去った。



「取り憑かれてますわ~」



 シトリーの言葉にガードランスを除くシリル一行は口を開けて絶句している。

 どうやら本当にハミルは狐っ子に取り憑かれていたようだ。

 硬直が解け、次々と驚き慌てる様子を見せるシリル達。

 ガードランスだけが冷静に事の成り行きを見守っている。



「ビックリ。ドーシヨウ」



 訂正だ。ガードランスも驚いていた模様。

 身動き一つせずに淡々とした独特な口調。大変分かりにくい。



「お、おまえ違うって散々……」



 シリルは顔を引きつらせながらユガケの頭を掴み問い詰めている。

 大人しそうに見えるが少し過激なところもあるようだ。



「わ、わたしも知らなかったですよ~! ハミュウェル様~! ごめんなさい~」


「だ、大丈夫だよ。ほら、僕元気だし!」



 大泣きのユガケを落ち着かせようと笑顔でなだめているハミル。

 被害を受けているのはハミルだというのに、さては慈愛の化身だな?



「わたし……、旅に出ます。短い間でしたけど……、お世話になりました!」


「何の意味もありませんわよ~」



 唐突にお別れのお辞儀をして去ろうとするユガケ。

 シトリーは間髪入れずにそれは無意味と言い放った。

 ユガケを筆頭に、シリル達はシトリーに視線を移して黙り込む。



「言ってしまえば担保のない使い魔契約をしている状態なので……、遠くに離れてしまった場合死にますわ。こんな形での契約など珍しいですわね……」



 言いよどんだような暗い口調のシトリー。

 シトリーが言うには本来、使い魔契約は魔石などを媒介に行うらしい。

 自身の精神力や生命力を魔力に変換して魔石に込め、その魔石と使い魔を繋げるのそうだ。

 今回は何故か直接ハミルとユガケが繋がっている為、魔力を持たないハミルの精神力、生命力を直接奪って存在している状態らしい。


 これの一番の問題は担保がないという事。

 自活可能な魔力を貯めて置く場所、それがユガケ側にない事を意味するそうだ。

 ワーズと違いユガケの変質は突然変異。

 魔力無しでは生きて居られない状態にあるらしく、ハミルから『常に』生命力を得なければならないとか。

 なのでハミルという供給原から離れすぎると長く生きてはいられない。

 ちなみに今のままではハミルも死んでしまい、供給元を失ったユガケもまた死んでしまうという。


 話を聞きながら、皆すでに下を向き暗くなっている。

 さすがにこの空気は堪えられない。俺は無理を承知で聞いてみた。



「シトリー。ハミルもユガケも助かる方法は? 新たに魔道具挟んで契約のやり直しは出来ないのか?」


「これほどの強い絆で契約が結ばれてますから……。新たな魔道具を長い時間を掛けてハミルちゃんに馴染ませる事から始めませんと。少なくとも数年は掛かるかと……」



 俺の提案に絶望的な答えを出すシトリー。

 皆の空気がさらに重くなる。

 新しい魔道具を数年間掛けて馴染ませるという事は、数年の間この歪な契約が続くという事。

 その間ハミルとユガケは生命の危機に晒され続けるのだ。



「ハミュウェル様。やっぱりわたしは……」


「やだ!」



 ユガケの言葉をハミルは怒鳴るように制止する。

 自らを犠牲にするであろう、その先の言葉は言わせないとばかりに。



「にゃ~ん」



 突然チノレが二足歩行でリノレと共に部屋に入って来た。

 前足で……、いやもう手で良いだろう。

 その手に持った小さな丸い玉をハミルに差し出している。



「おかあさんがね。これと同じ匂いのするハミルおねえちゃんにあげるって」


「え? あ、ありがとう……ございます……」



 リノレの言葉にハミルはお礼を言い、丸い玉を受け取った。

 不思議そうに受け取ったハミルだが、すぐに驚きをあらわにする。



「これ……、大神官の玉石! お父さんの持ってたやつだ! 僕ちっちゃい頃から毎日これにお祈りしてたから間違いないよ!」



 ハミルが受け取ったその玉は以前、大神官がチノレに渡した玉っころだろう。

 お父さんと言う事は……、この子あのマッチョの娘なのか?

 驚くほど全然似てないな……



「名前からして貴重なものなのか?」


「退魔神官が神聖術を行使する際、その効果を高める法具……だったかな? 何故ここにあるんだ? ヴァズァウェル殿はハミルが毎日安全祈願をしてくれると……、肌身離さず大事にしてたはずだが……」



 俺はもしかしてと希望を抱き、ルーアに詳細を訪ね聞く。

 簡単に言えば退魔神官が所持している魔力変換器らしい。

 ハミルと同じ匂いなのは、小さい頃から父親の無事をその石に願っていたからのようだ。

 なんて良い子なんだ……。そんな大事なもん渡したのかよオトン。



「シトリー。これなら……」


「ええ。いけると思いますわ」



 俺の言葉にシトリーが力強い返答をくれた。

 部屋の外で話が聞こえ取りに行ってくれたのか、飽きたから返そうとしたのかは分からないが……

 さすがはチノレ。良い仕事をしてくれる。

 契約のやり直しはザガンにお願いしに行き、快く引き受けてもらえた。

 さっそくザガンの部屋に集まり、契約の儀を執り行ってもらう事にしよう。


 薄暗いザガン部屋に集合した俺達。

 俺はろうそくとか煙の準備を始めたザガンをひっぱたき、本命の準備を急がせた。

 今はボケに付き合っている暇はないのだ。


 そうしてザガンの前に二つの魔法陣が配置される。

 一つはハミルが玉石を腰に装着して入り、もう一つにはユガケが入っていた。

 ザガンが両手をかざすと陣は赤く、荘厳に輝き始める。



「ここに新たなる契約を交わす。降魔顕神……玉火集練……天の理を反し、地の絆を繋げん……」



 部屋中にザガンの唱える呪文が重く響く。おどろおどろしい儀式だ……

 ザガンの集中の邪魔にならないよう大人しくしなければ。

 失敗したら大変だからな。

 俺は真面目な展開にいつになく緊張していた。



「シトリー。契約の呪文って間違えたらどうなるんだ?」



 俺はふと気になったので小声でシトリーに確認を入れてみた。

 なんせ命が掛かっているからな。知っておいて損はないだろう。

 むしろ俺達はここに居てはいけない気がする。



「呪文詠唱は必ずしも必要ではありませんの。術式さえ組上がっていれば大半は精神集中、及び精神誘導の為のものですわ。人間や余りにも複雑な術ならば必要な場合がありますが、ザガンなどは一切必要ありませんわ」



 合わせるように小声で教えてくれるシトリー。

 そんな嬉しそうに耳元で囁かれるとゾクゾクするな。

 それはさておきだ。

 ほうほう……。ザガンに呪文詠唱は必要ない……と。

 急速に俺の中の緊張感が走り去って行った気がする。



「じゃあれ何やってんの?」


「演出ですわね」



 よしわかった。後で殴ろう。

 俺とシトリーがそんな会話をしていると、ハミルとユガケは光に包まれ始め、あっという間に契約の儀が終了した。

 玉石に溜まっていくハミルの魔力を苗床に出来たユガケ。

 これでハミルもユガケも安心安全な関係が続けられるのだそうだ。



「おお~、体が軽いよ!」


「良かった~。ハミュウェル様~!」



 ハミルとユガケは抱きしめ合い、喜びを分かち合っている。

 良かった良かった。若者の重苦しい展開など見ていたくないからな。



「それではさっそく……。《はみるふぃーるどぉ》!」



 ハミルは両手を大の字にかざし、自身の周囲に光の膜のような球体を構築する。

 多分結界のようなものだろう。なんだかとても強そうだ。



「なんだこりゃ!? 今までの結界より遥かに強力じゃねぇか!」



 驚きの声を上げるカイラ。他のメンバーも驚いている様子だ。

 どうやらハミルは完全復活どころか、玉石のおかげでパワーアップしてるらしい。



「ヴァズァウェルですらその魔石を使って神聖魔術を行使していたと言うのに、汝は魔力も無いのに扱っていたのか?」



 ザガンの発した疑問にシリル達がまたも固まった。

 よく停止する若者達である。



「僕まだ見習いだから貰えてなかったんだ。でもルーアちゃんが退魔神官なら使えるだろって……」


「なるほど。だがそもそも、たった今行使して見せた中級神聖魔術は丸腰の人間には行使不可能なはずだが……」



 ハミルによると玉石は見習いには配布されないようだ。

 神聖術は玉石を与えられた神官のみに許された秘伝なのだろう。

 ザガンの見立てでは、今使ったような術は媒介無しでは扱えないほど難易度が高いのだとか。

 そんなん関係無いとばかりにルーアが焚き付け、ハミルが頑張って試してみたら使えたということか?

 ハミルは天才ってヤツなのかな?



「おんや~? 大魔道士さんは知らなかったのかな? そういやユガケがああなったのもルーアの召喚知識が足らなかったせいだよな~」


「いつも勢いはあるけどな、大魔道士ルーア。教団の依頼見て『シトリーは私が倒す』って息巻いといて、惨敗の上助けられたりしてるけど……」



 ニヤニヤとしたカイラ、意地悪く微笑むシリルがここぞとばかりにルーアを追い詰める。

 魔術実験でやらかしたのもこの小娘のようだな。

 チクったであろうワーズは後退りして逃げの態勢に入っていた。



「う……うぇ……。ごめ……、だから……、私はいつも……失敗作……て言われて……ごめ……」



 ローブを握り締め、うつむいて泣き出していたルーア。

 こんなキャラだったのか?

 どちらにせよさらば小僧共。俺は知らないぞ。



「何を泣かせてるのキミ達……」



 いつの間にか様子を見に来ていたイリスが鬼の形相で彼らの背後に立っている。

 俺の予想通りシリルとカイラは即座にシトリー、イリス、ハミルに怒濤のお説教、土下座のコンボを食らった。

 バカめ、最強の存在は竜でも悪魔でもない。

 女性だ。楯突いたら負けなのだ。

 ともあれこちらは一件落着だ。泣き止ませた小娘を落ち着かせたところで……

 もう一つの用事とやらを聞こうじゃないか。



「では、皆の者! 円卓の間に向かうぞ! 我等の栄光の為に!」



 何故か大興奮でテンションのおかしいザガンに連れられ……

 使っていなかった一際広い部屋に皆を通した。

 中央には大きな丸いテーブル。真・円卓の間だ。

 すでにセリオスとラグナートは着席している。


 アガレスを持った俺から右回りにザガン、セリオス、ガードランス、ハミル、シリル。

 左回りにシトリー、ラグナート、リノレ、ルーア、カイラの並びで座り……

 ワーズはカイラの、チノレはリノレ、ユガケはハミルの側にいる。


 総勢十五名のメンバーでの会合にザガンは浮き足立っているようだ。

 十二人を座らせたカッコ良いこの構図をやってみたかったらしい。

 なお、シリルとカイラの間にある席はフルメタルが鎮座していた。

 無論意味はない。無駄な演出である。 



「集まってもらったのは他でもない……。フレムよ……。話すがよい」



 指を組んだザガンが偉そうに話を俺に振ってきた。

 いや知らんがな。場の空気を無責任に作っておいて、最後はこちらに投げるとかやめてもらいたい。



「とりあえず……、その悪い国の悪い事ってのを聞こうか」



 仕方なく俺はとても雑に話をぶん投げた。

 サイは投げた。後は好きにすれば良いのだ。



「うむ、実はな。アズデウス公国がゼラムル教団と繋がっているようなのだ。ゼラムル教団側の情報だが恐らく間違いないだろう」



 ルーアが語ったのは、彼女達がゼラムル教団の人拐い共をとっちめた際に得た情報。

 アズデウス公国はゼラムル教団から人や物資を買い取っているのだそうだ。

 破壊竜ゼラムルを復活させる。そう教団の懐疑主義者達をたぶらかして……



「ゼラムル復活を餌に使われていると私は見ている。新興宗教であるゼラムル教団にとって、世界を塗り替えられる力を持つと言う破壊竜は希望という事なのだろう」


「んなバカな! 新興宗教の奴等はともかく、アズデウス公国はヤツが手に負えない事はわかってるはずだ! そんな記録も残ってねぇのか!」



 ルーアの考察を聞き、いきなりテーブルを叩きラグナートが激昂した。

 そういえば聞いた事がある。

 確か破壊竜ってのは千年くらい前にどこかの国、その国土の半分を焼け野原にしたとかいう化物だったはず……

 俺もこの手のおとぎ話は嫌いじゃないが……

 ラグナートが感情をあらわにしてまで怒る程の脅威。

 そんなのが本当に居るなら震えるくらい恐ろしいぞ。



「ああ、破壊竜復活に大量の生け贄が必要とゼラムル教団を丸め込んだようだが……、実際は軍事力の強化だろうと睨んでいる。破壊竜の封印を解除するには私が必要なのだしな。アーセルムには国内に居るゼラムル教団の動向に注意をしてもらいたいと言う話しだ」



 ルーアもこの一件は嘘で固められた策略だと考えているようだ。

 破壊竜は討伐されたのでなく封印されたのだそう。

 ルーアは万が一封印が解けた時に備え、その封印の術式を継承しているのだとか。



「こちらも懸念していた事だ。すでに国内で捜査は行っている。アズデウスと結託というのは間違いないのか?」


「アズデウス公国は本来、破壊竜や魔神に対向する為に魔道の研究を行っていた。だが近年、生体兵器にも関心を寄せていたのでな。その実験材料調達と考えれば……、信憑性は高い」



 セリオスの問いに深く頷き、確信を持つかのように答えるルーア。

 恐ろしくも残忍な実験が考えられる。

 シリル一行はアズデウスの魔道研究所に乗り込んで真相を確めたいのだが……

 メンバー揃ってアズデウスで大暴れしたらしく、お尋ね者扱いで近づけもしないらしい。

 なので隣国であり、魔道国家を毛嫌いしているレイルハーティア教団に動いてもらおうと考えたのだ。



「という訳で現在はヴァズァウェル殿が解放されない以上、各国への注意喚起くらいしか出来ないのだ」



 八方塞がりと言わんばかりにぼやくルーア。

 それを受け、少し考えた様子を見せたラグナートはいつになく神妙な面持ちで口を開いた。



「分かった。俺が行って話しをしよう。レイルハーティア教団には顔が効く。気になる事もあるしな……」



 全員揃って驚きだ。ラグナートと教団が結び付かない。

 このおっさん、実は凄いやつなのか?



「それでは私は舟を手配しておこう。破壊竜の名が出た以上、国として多少動いたところで問題はなかろう」



 セリオスも手を貸す事にした模様。

 一週間後に港からフィルセリア教団まで、直通で着く船を手配してくれるようだ。

 神竜の巫女でっち上げの責任を少し感じているのだろうか?


 他国への冒険であるが……

 知らない内に話が大きくなってきた。

 これはもう俺は必要ない話だ。

 国の偉い人と勇者達だけでやってもらいたい。



「小難しい話しになってきたな。俺は農作業に戻るから後は好きにやってください」



 そう言って俺はそそくさとその場を退出しようとする。

 だがラグナートが逃がしてくれず、あっさりと捕まってしまった。



「おまえも来るんだよ。いざという時戦力は多い方が良い」


「俺が何の役に立つんだ! ただの一般人だぞ? ていうか戦力って……、向こうで何やる気だよ!」



 ラグナートは多分、俺をダシにしてザガン達に協力させようって腹だろう。

 そんなの直接頼めば良いのだ。か弱い俺を使うんじゃない。



「俺と数分やり合える上に逃げおおせれば十分だっての」


「買い被りだ~! 助けて~!」



 そんな感じで、ラグナートは俺を意地でも連れて行くようだ。

 俺が行くならとザガン、シトリー、アガレス、チノレ、リノレ、ついでにイリスまで行く事になった。

 皆新しい料理やお酒、お祭り、旅行と口々に言い出し、とても呑気である。

 セリオスはさすがに着いて来ない。

 各国への書状とかやることが沢山あるらしいのだ。



「待てよ。世話になったのは感謝するが、お前ら役に立つのか? シリルやルーアがやられたって言ってもな……。俺は認めてないぞ」



 カイラはヘラっと笑い、手の平に小さな火球を作り出して挑発してくる。

 さすがは勇者パーティーの一員。面白い芸を持っているな。

 それを見たシトリーが興味を持ったようで……



「では手合わせを致しましょうか?」



 笑顔のシトリーは嬉々として挑発を受け取った。

 なんだか面倒な事になってきたな。

 どいつもこいつも……。こいつら荒事する気満々じゃないか。

 俺は平穏無事に過ごしたいだけなのに……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る