二十二話 王子の星
アーセルム王国では最近、動物の保護施設や病院の数を増やす事に力を入れているらしい。
野良犬や野良猫を保護し、適切な環境で生活させる。
里親になってくれる人にも厳しい審査があるのだという。
猫や犬の触れ合い広場的なお店も建設予定なんだとか。
その推進を行っているのがセリオス王子。
彼の弁によると、彼等も大切な我が国の国民。
無下には出来ないと素晴らしい事を言っているらしい。
そんなセリオス王子が珍しいことにウチに来ている。
だがどうも様子がおかしい。というのも……
円卓の間で優雅にこちらの用意した紅茶を飲み、ザガンの用意した茶菓子を美味しそうに食べているのだ。
「ほほぅ……。そのような伝承は私も知らぬ。アガレス殿は博識なのだな」
「ははははっ。俺も最近聞いた事だがな」
セリオスはアガレスと楽しそうにお喋りまでしているではないか。
この間の警戒心はどこに行ったのだ?
まさか新手の罠だろうか? だとしたら油断ならない奴だ。
ここまで己を殺してフレンドリーに接して来るとは考えてなかった。
「これはこれはセリオス王子。このような場にいらしてくださるとは。今日はどのような御用向きで?」
俺は嫌みったらしく挨拶をしてやった。
いきなり爽やかモードを見せられても不信感しかないのだ。
油断してはいけない。気を許した瞬間俺は殺られる。
「うん? フレムか。そのような言い方をするものではないな。私とおまえの仲ではないか。以前のように接してくれ」
気持ち悪い……。どうしたと言うのだセリオスは。
やはり敵意が感じられない。吹き出す悪意はまるっと消えている。
なんなら神々しささえ感じられるようだ。
警戒している俺が馬鹿みたいじゃないか?
犬猫の愛らしさに目覚めて人が変わったのか?
そもそも俺とおまえはどのような仲だっけ?
「いやいや、仮にも自分の住まう国の王になられる御方。そんな失礼な態度は出来ませんよ~?」
「その半端な態度の方が無礼だと、メインシュガーに言われた事はないか? 気にせずとも良い。むしろ気持ち悪い」
俺の全力の礼儀に対し、気持ち悪いとまで言うかセリオスめ。
そういうのは心にしまって欲しい。
押したら割れる俺の繊細な心を舐めてはいけない。
「では難しいですがこれから善処します」
「うむ、早めに直せよ」
俺は王子殿下に軽く一礼した。
まあ無礼だと言うのなら仕方ない。
努力はしよう。そう思い会話を続けた。
「で、おまえ何しに来たの?」
「適応力高過ぎか!?」
良いツッコミだ。俺の中でセリオスの好感度が上がってしまった。
これが作戦なら大分効果的だな。俺の警戒はすでに九割方削られている。
セリオスは、まあ良いと前置きして俺と二人で話したいと言ってきた。
余程重要な案件なのだろう。
面倒なので凄く断りたかったが……
うっかり承諾してしまったので、仕方なく部屋の端にある小さなテーブルに二人で移動した。
「実はな、婚礼の儀を執り行いたいと思っている。私と……エトワールのだ」
なん……だと……
はにかんだように呟くセリオスに俺はポカンとしてしまった。
おぞましき魔神とか言ってなかったかこいつ?
デレるの早すぎだろ。どいつもこいつも……
照れる様子のセリオスからはマジもんの雰囲気を感じる。
心変わりはこれが原因か? 凄いなエトワール……
王様になるヤツなんだから色々あるだろうけども……
良いのか? 良いんだろうな。
「つまりあれか……。結婚式に参列しろという話しか?」
俺だって祝い事に招かれるなら悪い気はしない。
名誉な話しではあるな……
こちらとこれから良い関係を築こうとしているなら分からない話しではない。
「それもあるのだが……。私も国をまとめる立場にある者……。いくら聖女ともてはやされていようとも、エトワールには身元がない。側室ならともかく、側近等が波風を立てるのは容易に想像がつく」
少し照れ臭そうに話していたセリオスの表情が急に曇る。
どういう事だ? 俺には何を言いたいのかよく分からないぞ?
「じゃー側室で良いじゃん」
俺が軽く答えるとセリオスは驚いたような表情を見せた。
そして急に席を立ったセリオスが剣を抜き、怒りをあらわにする。
「エトワールを……側室だと? ふざけるなよ……。側室などいらぬ! 私は! エトワールさえ居れば良いのだ!」
どなた様だこいつは……。俺の知ってるセリオスくんじゃないぞ。
完全にエトワール中毒になっているではないか。
その激しい怒りから、以前攻めて来た時以上の力を感じる。
今のセリオスはかなり手強いぞ。色んな意味で。
「えー、じゃどういう事だよ? 俺に何か出来る事あるのか?」
とにかくまったくもって意味が分からない。
俺に協力出来る事などないはずだ。
国を思う心は信用しているので、悪い事をさせようという奴ではないはずだし……
「そこで、だ! まずおまえに爵位を前倒しで与える! そしてエトワールをおまえの妹として迎えるのだ! 影ながらアーセルムの為に神竜の巫女を支えてきた者。そして私の親友であるおまえの妹をめとる……。なんの不思議もあるまい!」
王子は悪い事させようとお考えだった。
いつから親友になったのだろう?
というか本当に爵位くれる気あったんだ……
エサで釣って油断したところをバッサリやる気だと思ってた。
「無理がないかなぁ? 他の側近、臣下にはいないのか?」
「あんなろくでもないウジ虫共の領域にエトワールを入れる事など考えられん!」
俺の提案を勢いのまま即座に却下するセリオス。
おい。大丈夫かこの国。
側近がウジ虫とは予想外だったな。
大切な国民とは何なのかが問われる瞬間である。
「俺の権力も無駄に上がってしまわないかい? それはそれで色々反発やら問題が起きそうだが……」
俺の言葉を聞いたセリオスは少し考え込む様子を見せ、やがて困った表情で目を泳がせた。
こんな表情豊かな奴だっけか?
「思い……至らなかった……」
頭を抱えて狼狽したようなセリオス。
セリオスくんって実はバカなのかな?
ちょっとエトワール拗らせ過ぎじゃないかな?
「なんとでもなる! 私は一刻も早く……」
「がっつく殿方は嫌われますわよ~」
顔を上げ興奮気味に語るセリオスくん。
そこにシトリーが通り抜け様にアドバイスしてきた。
それを聞くやいなやゆっくりと着席し、優雅に紅茶を口にしたセリオスくん。
「まあ、そう急ぐ事もあるまい。常に側に居ることだしな。この件は保留にしておこう。とりあえずは考えておいてくれ。」
セリオスくんは速攻で前言を撤回してきた。
こいつはこれ以上俺の好感度を上げてどうするのだろう?
そもそもエトワールの方はどう思っているのだろうか。
結婚を決めておいて保留というのもなんだろう。
「結婚申し込んだんだよな?」
「うむ。妃になって欲しいと頼んだ」
俺の質問に薄く笑みを浮かべ、ウキウキと答えるセリオスくん。
なんだかとても嫌な予感がする。
「返事は? エトワール何て言ってたの?」
エトワールの返答を尋ねた瞬間、ウキウキだったセリオスの表情は凍り付いた。
表情がみるみる青ざめていき、ついには下を向いてまたも頭を押さえ出してしまう。
おい、まさか本当に俺の予感が当たっているのか?
「返事を……聞いていなかった…………」
暗い雰囲気を纏いながら項垂れるセリオス。
本当に今日はコロコロと顔色を変える奴だ。
結婚式以前の問題だったな……
浮かれて先走りの片想い。彼とこの国の明日はどっちだ。
「とりあえず……、ウチに流してる食品やら鉱物やら止めてみたら? ぽっと出の怪しい集団に援助紛いの事続けるのもマズイだろう?」
「い、いや、それは譲れぬ! こちらの責として当然の事を……」
俺は魔神館に持ち込まれる趣向品などの流れを停止するよう提案した。
セリオスは前回攻め込んだ詫びの品だと食い下がってくる。
しかし、イリス経由で結構な量が運び込まれたがもう十分過ぎるのだ。
「良いよそんなの。突っ掛かって来なけりゃどうでもいい。元から俺はそんなの望んでいないし。国からセリオスへの心証が悪くなるだろ? エトワールとの縁談を進めたいなら、こっちはもう決着で良いんじゃないか?」
「フ、フレム……。おまえそこまで私の事を……」
上手くやってるのだろうが、それでも国益をこちらに割くのは如何なものかと思い……
俺は正式に和解を宣言した。
セリオスの奴はそれを大分大袈裟に解釈したようだ。
熱っぽい瞳がなんか怖い……
俺とセリオスの水面下での争いはいつの間にか終結していた。
それで良いよ。セリオスの愉快な変貌を信用してやる。
エトワールと幸せになるが良いのさ。
まずは口説き落とすところからだがな……
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