二十一話  平和な日々

 静かな場所。

 何もせず、ただ穏やかに眠る……

 それが良いのだ……


 何故おまえ達は俺を連れ回すのだ?

 俺の意思を無視するな。


 アガレス? 俺の名か?

 カッコ良い剣……。強い剣……か……

 うむ、響きは良いな。

 そうか、俺は剣なのか!


 だがそんな生物など切りたくないぞ?

 切ると騒音が凄いのだ。

 赤く汚れるのも気分が良くない。


 俺は動きたくない。眠い。

 どうでも良いのだ。もう放って置いてくれ。



 ここはどこだ?

 寝てる間に持ち込まれたようだな。

 あ、こら! 爪を磨ぐな! 危ないぞ!

 仕方ない……。怪我をしないように刃を丸く調整しよう。


 なんだと? 特に何もしなくて良いのか?

 それは良いが……

 それはそれでつまらんな……


 たまにはカッコ良い剣らしく何か切っても良いぞ。

 この緑毛の付いた白い棒も容易いぞ。

 煮るなら切ってからにするがいい。


 たまには出かけても良いな……

 静かに散歩をしながら寝てみたいものだ……



 ーーーーーーーーーー



 森で迷子になる事から端を発した一連の騒動が終結し……

 一ヶ月余りが経過した。

 晴れて自由の身になった俺はというと……


 何も変わらず今まで通りの生活を送っていた。

 ザガンと共に創作料理を作ったり……

 シトリーと読書に興じたり……

 アガレスと散歩をしたり……

 チノレ、リノレと共にかくれんぼやおままごとなどをして日々を過ごしている。


 例の一件はイリスの話によると、俺が三人の家臣と共に神竜の巫女と神獣の住まう聖地を守っていた事にしてあるらしい。

 代々そういう血筋であった事にしてある。

 最初に攻めて来た者達もすぐに気絶したため証言は曖昧。

 なんとか言いくるめられたそうだ。

 なんと言っても無傷で帰したのが大きい。


 こちとら魔神王フレムの通り名を、暇人のフレムと聞き間違えたのでは?

 などの言い訳を考えていたのに……


 教団の方は巨漢のおっさんに一任したようだが……

 まあ、大丈夫だろう。なんといっても大神官が認めているのだ。

 こちらに敵意がないと分かればおいそれとは攻めて来ないだろう。


 そもそも俺の噂自体が大して広まってなかったらしい。

 フレムと言う青年が何か悪さを企んでいる。

 という噂が最初に問題を起こした港町で面白おかしく上がるくらい。

 町の住民はさほど気にしてなかったのだとか。

 主に騒いでいたのは貴族連中。

 後は教団と王国のお偉方くらいにしか伝わってなかったようで……

 町に繰り出しても特に問題もなかったようなのだが……


 考えてみれば町まで好きに行ったり来たりなど出来ないのだ。

 俺はまず間違いなく迷う。

 ここに来て結構立つが、三十分くらいの距離で行ける港町の雑貨店くらいしか自力で辿り着けない。

 案内無しでは町を彷徨く事さえ出来ないのだ。


 そんなこんなで我が家が一番。

 俺は現在、品種改良を加えた超巨大猫じゃらしの栽培に取り組んでいる。

 通常のサイズでは短過ぎてチノレにジャレられた場合死にかねないのだ。

 そして完成したのが量産型チノレホイホイ、名付けて魔稲まほネッコロエーノ!

 茎は剣の柄ほどの太さ、全長は二メートルを越える。

 穂先はタワシのようで軽い凶器だ。

 それを収穫したところで問題が起きた……



「これは……。失敗かな……」



 中庭でネッコロエーノを引き抜き固まっていた俺。

 そこにリノレが嬉しそうに駆け寄って来た。



「出来たのおにいちゃん!」


「あ、ああ……。完成したよ。これがチノレの新しいオモチャだ……」



 楽しみに完成を待っていた様子のリノレ。

 俺は失敗作だと言い出せず、ネッコロエーノを見せた。

 俺の背丈を越える物品。リノレの倍近い大きさだ。

 取り回しなんて考えていなかったよ……

 そう、なんと重過ぎるのだ! そして当然速く振る事が出来ない。

 両手で持ってユラユラ揺らしたところでチノレが満足するだろうか?

 いや、そんなはずはない! この程度の品では駄目なんだ!



「でもごめんなリノレ。このオモチャ試作品なんだ……。重くて上手く扱えないかも知れないぞ?」


「うん分かった! このシサクヒン、おかあさんに見せに行っても良い?」



 暗に失敗したと言うのが怖く、俺は言葉を濁した。

 リノレは大変眩しい笑顔を下さり、チノレに見せに行くと言う。

 どうも予想以上に上手く伝わらなかったようだ。



「構わないよ。おにいちゃんは少し休憩させてもらおうかな? 次はもっと上手く作るからって……。チノレにも伝えておいてくれ」


「はーい。ありがとうおにいちゃん!」



 俺は仕方なく逃げに徹した。

 リノレは収穫したネッコロエーノを手にし、俺に手を振りながら去っていく。

 己の無力を痛感した俺は一先ず計画を早々に投げ、二階の自室で寛ぐ事にした……

 しかし早急に新しいオモチャを考えねばなるまい。

 部屋の窓から外が見え、そこには楽しそうに遊ぶリノレとチノレ。

 くそ重いネッコロエーノを高速で振るうリノレ。

 めちゃくちゃそれにじゃれているチノレが見えるが……

 きっと夢なのだろう。

 これが現実なら、俺は幼い妹に腕力で大きく劣る事になるのだ。



「フレムよ。夕飯の献立なのだが……。何をしておるのだ?」


「ただ……の! 筋トレ……ですけどぉ? 特に意味……は! ない……ぞっとぉ!」



 部屋のドアを開けて入って来たザガンが不思議そうに俺の腹筋を眺めている。

 本当になんとなく始めた体力作りだ。意味などあるはずはない。

 強いて言えばセリオス対策かな?



「はぁ……、はぁ……。とりあえず後腕立て百回かな?」


「大丈夫か? 目が血走っておるぞ?」



 息切れを起こす俺を心配するようなザガン。

 そりゃ目も血走るだろうさ。

 俺は今思い出した。呑気にダラダラ生活している訳にもいかないのだ。

 陰湿で悪辣で狡猾な王子セリオス。

 奴がもう攻めて来ないとも限らない。

 いつ来ても返り討ちに出来るよう鍛えておかねばならないのだ。

 俺は優しいおにいちゃん。頼れる強いおにいちゃんだ。

 可愛い妹に力負けする白昼夢を見るようじゃ話にならないのさ!



 ーーーーーーーーーー



 ラグナートは魔神館の前でアガレスと睨み合っていた。

 アガレスを携え、大量の瘴気を纏うフルメタルアーマー。

 その足元の大地は亀裂が走り、大気は振動している。

 突如アガレスはその場で剣を垂直に振るった。


 地面を割る豪快な一振りでラグナートの真横を衝撃波が走る。

 大地を裂き、後方の森からもメキメキと木々が薙ぎ倒される音が響く。

 たったの一撃で被害が広範囲に及んでいた。



「やれやれ……、遊びに来たらいきなりこれか……」



 嘆息するラグナートはかつて、アガレスと同名の魔剣と対峙した事があった。

 友人の婚約者の体を乗っ取り、友人を殺した魔剣アガレス。

 その魔剣は残忍かつ狡猾。

 剣が本体と悟られないよう、使っている体に合った喋り方や振る舞いをしていた。

 人の嘆きや苦しみを糧に存在する邪悪な魔神。


 だがその魔剣もラグナートが完全に破壊した。

 ここに居るアガレスは似ても似つかぬ別物なのだ。

 同じような存在ならば破壊する必要があると考えていた。

 しかし、その必要がないと思うほど気を許していたのだ。



「いや~、なんかの間違いだと思いたいが……ね……」



 腰の剣に手を掛け、ラグナートが戦闘態勢に移ろうとしたその時……

 フレムが玄関の扉を開けて現れる。

 今出てきては危険だと感じ、ラグナートはフレムに警戒を促そうとした。



「ラグナート~。アガレスの寝返り危険だから入るならさっさと入って来いよ」


「……はい? 寝返り? これが?」



 気の抜けるようなフレムの言葉に、ラグナートは再度アガレスを視認する。

 よく見るとアガレスはこちらを見てもいなかった。

 時々ドカン、ドカンと地面に亀裂を入れては目の前を剣で払っているだけである。



「フルメタル状態のまま寝るとたまにやらかすんだよ。大丈夫だ。足元と正面しか被害出ないから」



 フレムが言うには、屋敷の中で暴れられると困るので皆で外に追い出したらしい。

 ちなみに修繕作業は後でアガレスが泣く泣くやる事になるので……

 今は本当に放置で良いようだ。



「ははは! ここは本当に飽きねぇな~」



 安堵と共に笑いが込み上げたラグナート。

 かつての怨敵と同じ名の友人を見つめ、ホッと胸を撫で下ろす。

 名前などで決めつけたくなかったのだ。

 彼にとっては肩書きなども含め、名前など大した意味を持たない。

 大切な友人から預かった、ラグナートという名前以外は……

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