二十三話 神代の伝承
夜も更け、俺は夕飯の後片付けを行っている。
調理場まで最後の食器を下げに行ったところ、ザガンが声を掛けて来た。
「そういえばフレムよ。神竜について聞いてみてはどうだ?」
厨房で皿を洗うザガンの提案を聞き、俺は手の平の上に拳を置いた。
今思い出したのだ。そういえばそうだった。
流れに身を任せていたが気にはなっていたのだ。
とてつもなく今更なのだが……
何故リノレが神竜の巫女なのかだ。
さっそく俺は円卓の間に戻り、食後のコーヒーに舌鼓を打つセリオスに問い掛けた。
「時にセリオスくんや。あのバブエルのおっさんが震えながら言ってた神竜とはなんぞや?」
俺のいきなりな質問にキョトンとしたようなセリオス。
結局夕飯食い終わるまで居座っていたセリオスも、今更聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
「ヴァズァウェルですわー」
「そう、そのボスエルだ」
「ヴァズァウェルおじちゃんだよ。おにいちゃん」
シトリーに諭され俺は言い直すも、リノレまで横から俺をいじめて来る。
俺は助けてと言わんばかりにセリオスを見つめると……
スーっとそっぽを向かれた。
こいつ……まさか……
「ああ……、ヴぃ……レイクザード殿の言っていた神竜の事か……」
意を決したように名を呼ぼうとしたセリオスが舌を噛む。
そしてすぐにファミリーネームで言い直してきた。
おまえも……言えないんだな?
俺の中のセリオス株が一日で急上昇している。
セリオスめ……。俺を別の意味で攻略する気か!
「私も詳しい事は知らないのだがな。都合が良いから利用させてもらったまでだ」
状況は即座に利用すると断言するセリオス。
さすがはイケメン王子。腹黒い。
とりあえずは知ってる範囲で教えてくれるらしい。
伝承に曰く。神話の時代。
神々の王は天の亀裂を覗きて逆心となり、世界に仇なす存在と化す。
対するは自然神レイルハーティア。
その身を投げ出し、神々の王と共に天の亀裂へと消える。
その後、神々の時代が続くも突如残りの神々も姿を消し……
ファシル帝国が世界を席巻する時代となった。
と、ここまでが半ばおとぎ話なくらい大昔であり、歴史上の証拠、文献が残っているのは二千年くらい前までだそうだ。
二千年前にはすでにファシル帝国は無く、属国を名乗る国が戦争を繰り返していたらしい。
しかし千年前の厄災、破壊竜ゼラムルの出現でその国々も崩壊。
ファシルの遺産は世界中に散らばり、神剣や宝具として奉られている。
もしくは魔導器、厄災の卵として恐れられているそうだ。
その中にレイルハーティアの遺産と言われる物があり、教団が保有しているその神器の気配がリノレの発している気配に似ているのだと言う。
だが前回セリオスと共に攻めて来た青髪の少年、シリルの持つ神剣も同じような気配らしいので、この辺りの関連性も気になるところだな。
「そもそもあの少女は何故魔力を持ち、神竜の気を纏っているのだ? こちらの方が知りたいぞ」
「それね……。そうだよね。俺もよく分かんないんだけどさ……」
セリオスの疑問は当然だ。今まで聞かれなかった事が不思議なくらい。
面倒だがこちらだけ黙りという訳にもいかないだろう。
俺も意味不明な点ばかりだが、起こった事をかいつまんで説明してやった。
リノレがここに来た経緯、状態、そして変な目玉を服用した結果……
凄まじく元気になったという事を。
「その目玉がレイルハーティアの遺産ということか? とんでもない事をしているなおまえ達……」
腕を組みながら呆れたような視線を向けるセリオス。
俺に言うな。そんな物が落ちてるのが悪い。
いや、そのお陰でリノレが助かった事もあるので一概に悪いとも言えないな。
「それはそうと、一度ウラニアの町の本格的な調査が必要だな。国境付近であるとはいえ、そこまでの虐待が行われていたなら捨て置けぬ。我が国の恥にもなろう」
セリオスがなんかカッコ良い事を言い出したぞ。
ウラニアって名の町なのか。
どうも視察には何度か行った事はあるが、監査が入るとなるとどこも大人しくするのであまり意味はないそうだ。
まあ、そんなのはどこも同じ。極秘調査が必要なのである。
「というよりも……。今現在ウラニアの町に調査団が派遣されている。一月程前に凶悪な魔物が付近の林に出現し、三名が負傷、一人の少女は食い殺されたらしい。今聞いた話しと照合すると無関係ではあるまい」
その町で事件が起きたらしく、すでに調査が入っていると語るセリオス。
確かにセリオスの言う通り、状況が似通っている。
時期的にも一致するな。
おそらくその魔物ってのはチノレの事で、三名の負傷者はリノレを暴行してた奴等か?
「もう日も暮れてるが行ってみるか? 一時間程で行けるはずだが……」
「そうだな。こっちの問題も片付いたしちょうど良いか」
皿洗いを終えたザガンが話しに割って入って来た。
自身も気になってたから手早く終わらせて来たのだろう。
普段の俺ならザガンのこの提案には絶対賛成しないのだが……
この件については解決しなければならないと思っていたので即座に乗った。
「なに? ここからでもゆうに丸一日は掛かるはずだが……。流石だな、そんな移動手段があるとはな。ならば早いほうが良い」
セリオスも同意して席を立った。
ということでセリオスと俺、アガレスにザガンをチノレが運んでくれる事になった。
もちろんアガレスは俺の腰に装着されている。
出掛けようとする俺達の姿に気付き、不安気にリノレが近付いて来た。
「おにいちゃんとおかあさんとおとうさん……。お出掛けするの? おじいちゃんも? リノレは?」
「すぐ帰ってくるから良い子で待っててくれな? おみやげ買ってくるから」
置いて行かれると思ったのだろうか?
リノレの表情は暗く、とても悲しそうだった。
だがリノレは連れて行けない。絶対にだ。
どんなトラウマが甦るかも分からないからな。
俺は笑顔でリノレの頭を撫でながらお留守番を頼んだ。
「分かった……。良い子にしてるから、すぐ帰って来てね!」
「もちろんだとも!」
寂しさを堪え、送り出してくれたリノレをいとおしく抱き締める俺。
リノレのことはシトリーに任せ、俺達は館を出た。
とりあえず神々しさを微塵も隠せていないセリオス王子には、怪しい黒い全身ローブを着用して頂いてる。
館の玄関前でユニコを装着したチノレ。
その背中からコウモリのような羽が大きく広がりを見せる。
セリオスは感心しながら羽ばたく様子を眺めていた。
「ほう……、これは壮観だな。チノレ殿が神々しくもある」
そんな事を言いながら腕を組んでいる余裕なセリオス。
程なくしてフライングロングチノレ。飛行形態が完成した。
羽ばたきによる爆風が吹き荒れる中、セリオスは飛ばされ姿を消している。
だからどこかにしがみつけと……。言わなかったな。すまん。
ーーーーーーーーーー
チノレの持つ籠の中で、俺とセリオスは一言も話さず……
いや、話せずにウラニアの町に到着した。
俺が弱過ぎるのではなかった事が証明された訳だ。
やはり人間が乗る乗り物ではなかった。
ついた早々二名瀕死なのである。
「すまぬ……、フレムよ……。私は帰りは調査団と共に行こう……」
非常に狡い事を言い出すセリオス。上がった好感度は急下降した。
一先ずザガンとチノレには町の外れに待機してもらい、俺たちは調査団から聞き込みをする事にした。
町と林の間にテントを張って待機している調査団の詰所に赴き、見張りとおぼしき疲れたような兵士を見付ける。
「皆の者、遠征御苦労」
「こ、これは殿下! こちらに来られるとは聞いておりませんでした! 皆! セリオス殿下がいらっしゃったぞ!」
フードを被って隠していた顔をさらけ出し、セリオスが労いの言葉を掛けた。
途端に慌てたようにしゃっきりする兵士。
眠そうに座って待機してた詰所の兵や調査員も一斉に立ちあがり敬礼をする。
いくら疲れていようとも、国のトップに無様は晒せないのであろう。
「構わん、楽にしろ。何しろこちらも極秘で来てるのでな。目立っては意味がない」
優しげにそう言ったセリオスはまず、負傷者三名の身元の確認と共に現状を整理した。
三名は売り子や警備員などの仕事を斡旋している業者のようだ。
その日も孤児院から仕事をしたいという希望者を連れて戻る途中だったそう。
彼等は魔物から命からがら逃げ出したが、少女は置き去りにしてしまった為、死なせてしまったと後悔しているそうだ。
調書を取った調査員も、まず林に連れてくる意味が分からないと感じた模様。
だが余り事件と関係のない突っ込んだ事情は聞けなかったらしい。
「ふむ……、どう思うフレム」
少し考え込む様子を見せたセリオスが俺に話を振る。
聞くまでもないだろう。どうもこうも胡散臭さしかない。
「希望者ってのは嘘だろうな……。リノレは目も見えなかったし自分で歩く事すらまともに出来なかった。正直孤児院の方も怪しい」
「そうだな……。では孤児院も調べるとして、先にその業者の所に行ってみるか」
俺の意見を聞いたセリオスはフードを深く被る。
ここに長居してもお疲れの調査団の人達が可哀想なので……
考察はほどほどに、俺達はさっそく業者の元に向かう事にした。
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