十四話  魔神館強襲

 人間とは面白い生き物だ。

 色々な形態を取っている。


 我もまた、いつしか人間の形を取っていた……

 それは今までで一番多く見た形態だ。


 人間は我をザガンと呼んだ。

 錬金術師ザガンと……


 錬金術とは物質の性質を変える事のようだ……

 人間がいつも行っているあれもそうか?

 樹木を住む小屋に変え、布切れを衣装に変える。


 なるほど……、錬金術とは面白い。

 ならば我も作ろう! その名に恥じぬように。



 何故だ……、人間がやっていたように作ってみたのに……

 何故誰も食らってくれぬのだ……


 むぅ? なんだこの小さき生き物は。

 なに? 汝は我が作りし品を食らってくれるのか?


 そうか……。まだ欲しいのか!

 良いだろう。ならば汝を我が屋敷に招こう!

 いくらでも食らうと良い!



 ーーーーーーーーーー



 アーセルム王国ミューズ地方貴族会議。

 そこに参席しているイリス・メインシュガー。

 彼女は父親に頼み込み、この会議に頻繁に参加して居た。

 目的は魔神フレムの対策案について。その進行状況を探る為である。

 しかし、毎回議題に上がるこの対策案は今も難航している。


 多くの貴族達は自らの保身しか考えていない為だ。

 実質この会議は事が王都にまで広まり、責任を取らされる事がないようにする為の話し合い。

 被害がない現状を良いことに、この案件自体をなかった事にしようとまで言い始めていた。

 ある意味で最良とも言えるが、イリスにとっては難しい問題である。

 討伐軍が組織されるのも困るが、現在フレムは魔神扱い。

 それではいつまでたってもフレムは家に帰れないのだ。

 むしろ彼はもう、そんなことは忘れているかもしれない。


 イリスが頭痛に頭を抱えていると、どうも今回は様子がおかしい。

 この世の終わりのような表情をしている貴族まで存在した。

 いつもは凛としている自分の父親でさえ、ソワソワと落ち着きなく辺りを見回しているのだ。



「お父様? 今日は何やら落ち着かない御様子……。今回の議題に何か問題でもあるのかしら?」


「ああ……、なんでも今日は我が国の第一王子、セリオス殿下が直々にいらして居るとの事なのだ。おまえも無礼のないよう気を付けるのだぞ」



 イリスが父親から聞いたこの緊迫感の原因。

 わざわざこんな地方の会議に、国の第一王子が来ていると言う話しだった。


 アーセルム王国第一王子。セリオス・フォン・アーセルム。

 文武両道に長け、二十代半ばという若さで公務においても素晴らしい成果を上げている青年。

 平和な国と言われるアーセルム王国であるが、隣国との小競合い程度の争いは発生している。

 そこでも王子は自ら出向き会合に出席。

 有事の際には戦場の陣頭指揮まで行う。

 様々な活躍を見せるセリオス王子の国民からの支持は厚い。

 賢王と称された現国王の治世も、セリオス王子在りきとさえ言われる程であった。



(何故王子殿下がこんな所に!? まさかフレムの件が露呈したんじゃ……)



 イリスがそんな考えを巡らせていると会場がにわかにざわつき始めた。

 セリオス王子が会場にやって来たのだ。

 黒髪で眼光鋭く凛々しい顔立ち、表情や所作に至るまで全てに余裕が見て取れる。

 白を基調とした荘厳な衣装を身にまとう王子。

 きらびやかなその装飾すら、彼の威光の前には飾りもなっていない。

 とても二十代そこそこの青年が持つような威厳、貫禄ではなかった。



「楽にしてくれ。今回はこのところ、諸君らの肝を冷やしている魔神の件で来た」



 セリオスの言葉にイリスの背筋が凍り付く。予想が当たってしまったのだ。

 だがイリスの脳裏には疑問が走った。

 殿下はどうしてこの一件を……。どこから話しが漏れたのかと……

 地方貴族達が徹底的に情報規制を敷いていたはずなのだ。

 その疑問は言葉を続けたセリオスにより、すぐに答えを得る。



「レイルハーティア教団から打診があったのだ。三体の強力な魔神がここ、ミューズ地方に現れたとな」



 セリオスの口から出た名称、レイルハーティア教団。

 それは世界最高の悪魔払いと称される退魔神官を有する機関。

 そんなものが何故ここで出てくるのかと、驚きと不安を感じるイリス。

 セリオスは内心焦りで硬直していたイリスに視線を向けた。



「メインシュガーの御息女。キミは確か今回の黒幕と言われる、フレム・アソルテの知己だったな。だが心配することはない。私は彼が魔神共に操られていると考えている。今回の件は我がアーセルムの大切な国民である、彼の救出を行うために陛下の制止を払い、私が独断で動いているのだ」



 セリオスの話しに言葉も出せず立ち上がり、胸に手を添え一礼するイリス。

 その心中に込み上げるのは深刻なまでの焦り。

 フレムは操られてなんかいない。

 自発的に一緒に居ることがバレたら……

 どう転んでもこの国には居られなくなる。



「教団より援軍も来てくれた。来たまえ」



 セリオスの命を受け、後方の扉から三名が会議室に入って来た。

 三名はセリオスの背後に並び立ち、その気配は並々ならぬ風格を携えている。



「大神官……レイクザード殿。水竜の剣士シリル・グラスト殿。そして……、我が国が誇る祝福の聖女エトワール。私を含むこの四名で魔神討伐に赴く……。決行は三日後の明朝。このミューズ地方に影を落とす、悪しき魔神最後の日だ!」



 セリオスの宣言と共に会場に拍手が鳴り響いた。

 一部の貴族達の心境はどうあれ、これで問題は片付くのだ。

 歓迎されないはずがなかった。


 用意された戦力はいずれも大物。

 教団でも五指に入る実力を持つと言われる退魔神官。

 大神官ヴァズァウェル・レイクザード。

 五十代程の威厳ある巨漢、素手で魔神を葬るとされる男。


 少年の方はフィルセリア共和国の依頼で駆け付けた名の知れる冒険者。

 水竜の剣士シリル・グラスト。

 温和そうな、それでいて強い意思を秘めた瞳をした青髪の少年。

 千年前の厄災、破壊竜の討伐に使われたと伝えられる神剣を振るい、魔神退治の実績も持つ者。


 そして数年前、突如アーセルムに現れた常勝の女神。

 聖女エトワール。

 長い銀髪で目を奪われる程美しい少女。

 彼女の居る戦場では傷ひとつ付かずに勝利が約束されると唄われる程、この国では称えられていた。



(まずい……。これはシトリーさん達にとって、軍隊が攻めて来るより余程深刻だ……。早く……、早く知らせないと!)



 鳴り止まぬ拍手が響く中……

 対魔神特化の戦力にイリスの心に不安が募っていく。

 三日などあっという間。

 一刻も早くフレム達を避難させなければならなかった。



 ーーーーーーーーーー



 大慌てで円卓の間に飛び込んで来たイリスが聞かせてくれた緊急事態。

 俺はクッキーや揚げたイモスライスをパクつきながら、真剣に耳を傾けている。

 それにしてもザガンお手製のクッキーは凄い。

 チョコがトッピングされていて、それはそれは美味いのだ。



「……ってことなんだけど!」



 一気に喋って鼻息荒く息切れを起こす貴族の淑女。

 なんでも俺達を討伐するために勇者御一行が攻めて来るらしい。

 なるほど。よし! 潮時だ。逃げよう!



「……待てよ? そもそも何故バレた? レイルハーティア教団って聞いた事あるんだが」


「最初に屋敷に攻め込んで来たヤツがそう言ってなかったか?」



 微かな記憶を辿り、頭を捻る俺にアガレスが答えた。

 よく覚えてるなアガレスよ。

 そういやそんな事言ってた爺さんが居たかもしれない。

 当時は俺も焦っていた記憶があるがもうどうでもいい。

 なんとも懐かしい話だ。



「教団の本部は隣の国のフィルセリアにあるんだから、こっちの事情なんて関係ないじゃない! そりゃ地方貴族なんて無視して行くよ! 何で言わないの!?」



 めちゃくちゃ怒ってるじゃないかイリス……

 すまないな。話し止まってるって聞いた時点で安心して記憶を消したよ。

 イリスの話しでは、レイルハーティア教団の抱える退魔神官というのは魔神殺しのプロなんだそうだ。

 むしろ俺達にとってはアーセルムの兵隊なんかよりよっぽど脅威なんだとか。

 で、ごく自然にこちらに来るために手間取った為……

 襲撃はなんと明日の朝らしい。



「さて……、名残惜しいがお引っ越しだな。皆! 荷物をまとめるんだ。」



 俺は椅子から立ち上り、逃げる準備に入る。

 即断即決が俺の数少ない利点だ。

 そんな危ない奴等は相手に出来ない。

 さらばアーセルム。今日までありがとう。



「決断早過ぎでしょ!? 未練とかないの!」



 怒鳴る貴族令嬢イリスさん。引き続き怒っているようだ。

 未練? もうないよ?

 俺の第二の人生は今ここに始まる。

 愛する家族が居るならば、俺はどこでも暮らしていけるのだ。



「わーい! リノレ旅行初めて~」


「にゃ~~ん」


「お隣のフィルセリアなんていかがです?」


「我は錬金術が振るえるのならば何処でも良いぞ!」


「ゴゴゴゴゴゴゴ」



 お出掛けという事でリノレは大喜び。

 チノレ、シトリーにザガン。皆乗り気のようだ。

 アガレスは寝た。平常運転である。

 ただシトリー、そこはヤバイ奴等の本部らしいんだって……



「つまらなくなるな~。俺はまだ少しアーセルムに用事あるから行けないしな~」



 ラグナートは椅子に寄り掛かり何やらぼやいている。

 長いことこの国に留まっているのは一応何かしらの目的があったようだ。

 いつの間にか当たり前のようにここに居て、なおかつ馴染んでいる。

 用事が済んだらラグナートも来れば良いのだ。



「え? え? じゃ……、じゃ私も行くよ!」



 イリスが錯乱したような事を言い出した。親御さん居るだろおまえ?

 さすがに親元から引き離すのは……。うん、色々不味いな。

 ともかく……、来るなら来い王子様!

 どうせもぬけの殻さ!!


 と意気込んだところで俺は突然妙な違和感に襲われた。

 空気が揺らぐような、そんな微々たる違和感だ。



「わたくしの結界内に何者かが!」


「この屋敷に向かっている! 四体だ!」


「一体、恐ろしい魔力を持った者がいるぞ!」



 だがシトリーとアガレス、ザガンにとってはそうではなかったらしい。

 珍しく真剣に慌てた様子で次々に叫び出したのだ。

 ラグナートも何か感じ取ったのか険しい表情を浮かべている。

 もしかして……、考えたくはないが……。まさか王子一派か!?



「へ? 明日って言ったじゃん! お客さん日付け間違ってるよ!?」



 たった今聞いた情報と違う事に慌てる俺。

 人数も一致してるし多分間違いない。

 どうしようか……。イリスの話しじゃ俺は操られてるって事になっているらしいが……

 今更全部こいつらのせいにして日常に戻るとか考えられない。

 むしろこれが俺の日常だ。

 手放す気もないしザガン達を犠牲にするなんてもっと嫌だ。

 それに俺はリノレを迎え入れる時に決めたんだ。

 こいつらを敵視するなら、人間とだって戦う事を。



「仕方ない……。迎え撃つか……」



 俺達は勇者御一行を返り討ちにする事にした。

 逃げるにしてももはや接触は避けられない。

 どうにかして撃退するしか手段はないのだ。



「お、だったら俺も手伝うぜ! 特にアーセルムに恩義とかねぇしな!」



 ラグナートが嬉々として加勢を名乗り出る。

 この国の騎士団長だったんじゃないのかな? なんか恨みでもあるのか?

 まあ長い付き合いだし、信用に足る人物だとは思うので了承した。

 強いし正直心強い。



「チノレ、リノレ、後はイリスも円卓の間で待機! 最悪の場合は先に逃げる事も考えてくれ!」



 俺の考えで三名を戦線から外した。チノレとリノレは当然として……

 まさか無関係のイリスに協力させる訳にはいかないからな。



「待って! わ……、私も!」



 自らも加勢するとばかりに声を上げるイリス。

 しかしシトリーが軽く微笑んで首を振り、視線を少し下に向けた。

 そこには不思議そうにイリスを見上げているリノレが居る。

 イリスはすぐに不安気な表情を緩め、リノレに精一杯の笑顔を見せた。



「分かりました……。皆さん……。お気をつけて……」



 イリスの言葉を背に受け、円卓の間を後にする俺達。

 俺達五名は玄関先の大広間で勇者達を待ち受ける事にした。

 アガレスを持つ俺が中央、一歩下がって右隣にシトリー、左隣にラグナート、そして背後にザガン!

 なんかやり手っぽい配置だ。こんな時でも俺達は絵面にこだわる。

 緊急事態であっても、けして忘れてはいけないものがあるのだ。

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