十三話  おべんきょー魔術編

 円卓の間の床で横になり、俺はうたた寝をしていた。

 側でラグナートが椅子に座り、隣の椅子に置かれたアガレスに物語を聞かせている。



「……こうして戦利品として持ち帰られた漆黒の魔剣は……。勇者の婚約者の身体を乗っ取り、勇者を刺し殺しましたとさ……」


「なんという残虐な魔剣なのだ! 許せぬな!」



 中々物騒な物語だ。憤るアガレスは当然と言えた。

 しかし鉢植えに刺さる剣に物語を聞かせるおっさんって……

 傍目には寂しくてボケてしまった可哀想な人に見えるぞ。



「シトリーさん! やはりカップリングは男と男が至高だと思います!」


「好き嫌いが過ぎますわイリスちゃん。女の子同士もそれはそれは萌えますのよ?」



 イリスはイリスでシトリーと楽しそうに語り合っていた。

 どちらかと言えばイリスは男同士派、シトリーは女同士派なのだそうだ。

 俺は見てるだけならどっちも楽しめる。

 自分が巻き込まれなければなんでも面白いのだ。



「あれ? おにいちゃん寝てる……。起こしちゃダメだよね……。し~、だね」



 トコトコと円卓の間にやって来たリノレは俺をお散歩に誘おうとしたのだろう。

 だが俺が寝てる事に気付き、しょぼんとした口振りで小声になった。

 ごめんなリノレ。ごめんな……。本当にごめんな!

 寝ているのには訳があるんだ……。今回ばかりは許してくれ!

 心の中で全力懺悔する俺を、リノレはゆっくりとした足取りで通り越した模様。

 寝てる俺を起こさぬよう配慮するリノレ。その可愛い気遣いが胸に痛い。



「おかあさん。リノレお散歩行きたい」


「にゃ~~ん」



 リノレは丸まっては居たが起きているチノレにおねだりを始めた。

 了承したのであろうチノレは起き上がり、リノレと共に部屋を後にする。

 共に森の散歩に出掛けたようだ。

 昨日も森の動物達や虫を見付けてははしゃいでいたリノレ。

 クモさんにアリさん。トカゲさんにウサギさんに森のヒグマさん。

 目を輝かせながら沢山のお友だちを増やしていた。


 特にヒグマさんなんかはリノレととても仲良しで、リノレの前ではお腹を見せて寝転がるほどだ。

 可愛い妹と仲良くしてくれたので俺がお礼を言おうと近付くと……

 立ち上がり手を掲げて吠えるヒグマさん。

 とても恐ろしい顔で、俺には情け容赦なく襲い掛かって来る。

 そんな感じでいつも追い駆けっこが始まるのだ。

 まったく楽しいったらありゃしない。


 リノレは様々な新しいものを見付け、その目に焼き付けたいのだろう。

 元々病弱だったリノレは今となっては信じられないほど元気ハツラツだ。

 俺も付き添いたいが残念ながら今回は着いていけない……


 何事もなく涼しい顔をして寝ているこの俺が……

 実は連日のお散歩の影響で筋肉痛を引き起こし……

 ろくに動けない事に気付かれてはいけないのだ。

 俺はお兄ちゃん。頼れるお兄ちゃんだ。

 妹の体力に着いていけないなんてあってはならない。


 俺は一刻も早く筋肉痛を治すため、本気で一寝入りする事にした。

 床に無造作で横になっている俺の真ん前。

 唇と唇が触れ合う程の距離に見えるザガンなど幻なのだ。



「フレムよ」


「こえーよ! 分かったよ!」



 無言で添い寝を仕掛けて来ていたザガンが唐突に俺の名を呼ぶ。

 驚きなんか通り越して恐怖が過ぎるぞ。

 俺の眼前に寝そべるザガンを無視し続けるのは無理があった。



「クッキー作りはどうしたんだよ。イリスに習ったんだろ?」


「小麦粉が足らんのだ……。これ程までに用途に富んでいるなら……、もっと小麦を量産しておくべきであったわ……」



 数日調理場に籠っていたのに急に菓子作りを中断したのはそのせいか。

 ザガンは小麦の可能性に気付き、今まで麦類を蔑ろにしていた事を後悔しているようだ。

 そうだザガンよ。打ちひしがれるが良い。

 小麦は万能、大麦は最強。俺の麦への思いを今こそ思い知るのだ。

 ともかく、暗に暇だから話しに付き合えという事だろう。



「う~ん。寝てたんだがな……。じゃあそうだな……。こないだ見た精霊魔術について教えてくれないか? 魔力があれば色々出来る不思議な力なんだろ? 俺にも使えないかな?」



 俺は嘆くザガンに同情し、少しだけ相手をしてやる事にする。

 以前会ったモフモフわんちゃんのお供をしていた小娘を思い出し、小娘の使っていた魔術とか言うものを教えてもらう事にしたのだ。


 という事で俺は薄暗く、ロウソクの灯が数本灯るザガンの部屋で話しを聞く事になった。

 雰囲気は出さなくて良いんだよ。

 何故いつも怖い装いを作り出そうとするのだ?

 鏡を見ろザガン。そんなもの必要ないことを自覚してくれ。



「まず……、汝に魔力はない!」


「おやすみなさい。お昼寝の時間です」



 ザガンの一言を聞いてその場で横になる俺。

 楽しいお散歩活動に復帰するため、早く体調を整えなければならないのだ。

 ヒグマさんとの追い駆けっこは死力を尽くすからな。

 俺の諦めの早さと決意の固さに恐れをなしたのか、ザガンは慌てて話しを続けた。



「ま、待つのだ! 使える方法はあるのだ! 術式の描かれた魔道具と魔力のこもった魔道具が必要だがな。例えばこの間のルーアとかいう魔道士だ。あの娘は魔術の術式が描かれた魔道具を持ち、自身の精神力を魔力に変換する指輪を持っておった」



 ザガンさんよ。だから話が難しいんだって。そして長い。

 良いのよ別に。無理なものは無理で執着する気は元からないからな。

 でも聞き取れた情報にあった魔道具というのはちょっと気になる。



「その精神力を変換する魔道具ってのがあれば、俺にも使えるって事か?」


「うむ。馴染ませるのに時間は掛かるがな。それさえ終えれば後の用途は多彩だ」



 俺は起き上がって改めて話しに耳を傾ける。

 まず大前提で必要なのは魔力を溜める為の道具という事だ。

 ザガンに詳しく聞いていくと、そもそも人間という種、それ自体に魔力を生み出す機能がないそうである。


 うん、ではザガンの話しを俺なりにまとめてみよう。

 精霊魔術を使うには、使いたい魔術が入った魔道具と自分の精神力や生命力を魔力に変換する魔道具の二つが必要らしい。


 なぜそんなややこしいのかと言うと……

 火や風をどう出して、どんな形でどう動くのか……

 それだけでも情報量が半端ではないとのこと。

 そんなものを人間の能力で扱える訳がなく、それをあらかじめ制御する術式を持った魔道具が必要になる。

 それに自分の精神力等から変換した魔力を注ぎ込み扱うらしい。

 他者の魔力は基本的に使えないようだ。



「あれ? でも大樹の魔神を相手にした時さ、俺炎出したよね? 白いの。自分から出来た魔力じゃないなら使えなくない? あれっておまえらがなんかやったの?」


「知らん。むしろ使ったこともそうだが……。何故汝はあの炎に焼かれなかったのだ?」



 俺はいきなり矛盾した状況を思い出したのだが……

 ザガンもあの一件はさっぱり分からないらしく質問を返されてしまった。

 挙げ句にかなり怖いことを言っている。

 下手したら俺は丸焼けだったってことかな?



「分からないの!? ほら、ああいうのって術者には効果出ないとか……、そんなんじゃないの?」


「そんな訳ないだろう。あれが炎ならキッチリ術者も燃えるわい」



 俺は自分の使った魔術は自分には無効なのだろうと勝手に考えていたが……

 ザガンの返答に冷や汗が吹き出した。

 危なかった……。とっさの事だから気にしなかったけど……

 意味不明の現象で命拾いしたようだ……

 分からないのものは仕方ないので放置しよう。

 考え込むのはお肌に良くない。


 ちなみに魔術には他にもあって、大別すると暗黒魔術、神聖魔術、精霊魔術があるそうだ。

 さらにこの中で枝分かれしてるらしい。


 暗黒魔術の基礎と神聖魔術の基礎は魔力を持たず、魔道具もない人間にも扱える。

 人の精神を揺さぶったり身体能力を上げたり出来るそうだ。

 ようは悪口や気合いの事だろう。精神論万歳。


 さらに竜天魔法という媒介を通さずに嵐や落雷などを自由自在に起こすもの。

 異現魔法という魔力を他の物質や現象に直接変換するもの。

 それらの『魔法』は魔術とは一線を隔てるものなんだとか。

 なんかその魔法、最近ずっと見てる気がするが気のせいなんだろうな……


 喋り続けるザガンの声を子守唄に、俺の意識は段々と夢の中へと落ちていく。

 その夢の中で、俺はザガンとヒグマさんに追い掛け回されていた……

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