十二話 その瞳に映る景色
リノレのお誕生日記念と題し、チノレとリノレ専用の部屋を作成した。
アガレスとシトリーの能力で屋敷ごと拡張し、チノレの巨体が難なく入れるよう扉はかなり大きく取ってある。
机や棚なんかは檜で作った後、シトリーが強化を施してくれた。
無論チノレの爪や牙で傷付かないようにする為である。
部屋自体の間取りも広く当然天井も高い。
内装は俺とザガンで女の子っぽく可愛らしく誂えた。
ピンクのカーテンに花柄のカーペット。
ぬいぐるみなんかもどんどん増やしてあげような。
そして締め、最後に残るは新しい衣装だ。
俺とザガン、アガレスはチノレ達の部屋の前で待機し、リノレの着替えが終わるのを今か今かと待っている。
「お待たせしましたわ~」
ようやくシトリーがリノレの着替えを終えて部屋から出て来た。
その後ろからチノレ続き、チノレの背中には照れ臭そうなリノレが隠れている。
「お~! 可愛いじゃないか!」
俺の口から思わず素直な感想が飛び出した。
リノレの着用しているのはゴシックな黒いドレス。
袖や首回りに白いレースをあしらい、胸元には金色のリボンを着けている。
シトリーがデザインし、俺とザガンが誂えた自信作だ。
髪も肩越しで整えられ、前髪も可愛く揃えてある。
「リノレは恥ずかしがり屋だな。似合ってるのだから堂々とするのだ」
「そうだ。こんな可愛く着こなせる子はそうそう居ないぞ!」
アガレスと俺が誉めまくり、はにかみながら前に出るリノレ。
ひいき目などではない。本当に良く似合っていた。
極上の笑顔を見せるリノレが俺には眩し過ぎる程に。
ついでにチノレの首にはリノレとお揃いのリボンが付いている。
綺麗に整ったままイタズラを仕掛ける様子もない。
「おかあさんお揃いだね!」
「にゃ~~!」
リノレは嬉しそうにその場をクルクルと回り始める。
チノレはその姿を見つめ、心なしか嬉しそうに見えた。
「おにいちゃん! おとうさん! おねえちゃん! おじいちゃん! ありがとう!」
満面の笑顔で感謝をくれたリノレに俺達はウムウムと頷く。
そう、家族構成も決定したのだ。
チノレがお母さん。ザガンがお父さん。
俺がお兄ちゃんでシトリーがお姉ちゃん。
アガレスはワクワクしながら待っていたが、中々決まらなかったので皆で勝手にお爺ちゃんに決めさせてもらった。
「ごめんくださーい!」
「邪魔するぞー」
その時、屋敷の入口の方から声が上がった。
どうやらイリスとラグナートが遊びに来たようだな。
何勝手に入って来てんだという気がしないではないが……
どれ、やつらにも俺の可愛い妹を紹介してやるかな。
まずはザガンに頼んで先に奴等を円卓の間に通してもらう事にする。
俺はリノレに簡単な挨拶を教え、リノレを連れ立って円卓の間に顔を出した。
「よう、いらっしゃい。今日はおまえらに紹介したい子が居るんだ」
自慢気にリノレの肩を抱く俺は、奴等の視界に可愛い妹を入れてあげた。
緊張しているリノレは俺の服にしがみ付いて全身固くなってしまっている。
「お、なんだその嬢ちゃん? おまえついに人拐いまでするようになったのか?」
「わあ、可愛い! どうしたの? どこで拐って来たのよ? さすがに見過ごせないわよフレム」
ラグナートとイリスは怯えたようにも見えるリノレを見たせいか、俺が拐って来たこと前提で話を進めやがった。
どこまで失礼なんだコイツらは……
仕方ないからこの二人に、これまでの経緯を語って聞かせてやることにした。
とはいえリノレが側に居るのだ。多くは伝えない。
日常的に暴行を受けていた事を匂わし、無事に回復した事を伝え、後は察してもらった。
「酷い話しだわ……。こんな幼い子に……」
肩を震わせ、悲痛な面持ちで抑えるように怒りを露にするイリス。
ラグナートの方は椅子に腰掛け、何やら真剣に考え込んでいるようにも見える。
「は~ん。なるほどなぁ……。そいつぁ気分の良くない話しだ。どうだフレム。場所は分かってるんだろ? いっちょその嬢ちゃんの故郷に繰り出してみねぇか?」
「良いねぇ。俺の気は治まってない。ちょっとご挨拶に行ってみるか?」
突然ラグナートから冗談めかしたお出掛けのお誘いが掛かる。
こういう時のラグナートは本気だ。俺も挨拶に行きたいとは思っていた。
事なきを得たからといって、先日までのリノレの境遇を作り出した奴等を許す気になど到底なれないのだ。
「もう! 駄目ですわよ! フレム! 自分の置かれた状況を忘れたんですの? 下手な行動を取ったらリノレちゃんを危険に晒す事になるんですのよ!」
大真面目に出掛けようとした俺とラグナートを嗜めるシトリー。
そうだった……。そもそも俺は魔神の親玉として狙われているのだ。
わざわざ攻めて来させる口実を増やしてやるのは愚策でしかない。
「ラグナートさんもですわ。あまり焚き付けないでくださいまし」
「ははは、わりぃな姉ちゃん。確かにそうだな……。時期が悪いか……」
一緒になってシトリーに怒られるラグナート。
緩く謝罪をして納得するが、途中でやけに神妙な顔付きになっていた。
「ええ、今の状況で乗り込んでも全てをこちらの責にされかねませんわ。お気持ちは分かりますが……」
可愛らしく叱ってくれていたシトリーも真面目な表情に変わる。
ご挨拶と言う名の報復に向かった場合、俺の想像よりはるかに厄介な事になるようだ。
俺は深く考えなかった事を反省せねばなるまい。
いったい何の話しなのかはさっぱり分からないがな。
「へぇ……、中々良い女じゃねぇか。これなら心配する事はなさそうだ」
「痛み入りますわ。貴方も素敵でしてよ」
急にヘラっとしたラグナートがシトリーをナンパし始めた。
シトリーと合わせて水面下で会話をするように内容が掴めない。
まあ、あれだ。きっと大人の会話ってやつだ。
俺が理解するにはほんの少しだけ早いのだ。
とりあえずは俺の反省を返せエロ親父。
「おっと、それじゃほら。ご挨拶だリノレ。ラグナートおじちゃんとイリスおば……」
いつまでも緊張させて置くのも可哀想なので、俺は改めてリノレに自己紹介をするよう促した。
ラグナートは椅子に座りテーブルに肘を付いているが、イリスは立ったまま二丁拳銃を取り出し、担ぐように銃口を天井に向けている。
「イリスお姉ちゃん……だ」
俺は笑顔のイリスから並々ならない殺気を感じたので言い直した。
冗談なのにそんな威嚇しなくても良いじゃないか。
「ラグナートおじちゃんと……イリスおねえちゃん! あ、あの、リノレって言います。こ、こんごと……も、よ、よろしくお願いし……ます!」
「お、よろしくな」
「かっわいい~!」
スカートをギュッと掴み、少しうつむきながらもリノレは先程練習した挨拶を完璧にこなして見せた。
一言一言辿々しいが、それすらいとおしいので完璧なのである。
ラグナートとイリスも笑顔で挨拶を返し、リノレはまた恥ずかしそうに俺の背後に逃げ込んでしまう。
良いよ。素晴らしい。さすがは我が妹。最高の可愛らしさである。
「そうだリノレちゃん。クッキーを焼いて来たんだ。お近づきの印に、先にお一つどーぞ」
「クッキー?」
イリスは両手を合わせ、思い出したように荷物から取り出した包みを広げた。
差し出されたクッキーを不思議そうに眺めるリノレ。
クッキーというものが何なのか分からないのだろう。
「食べ物だよ。ありがたく貰っておきなさい」
「はい! ありがとうおねえちゃん!」
俺は食べられる物だと教え、リノレは元気良く包み紙からクッキーを一つ摘まみ上げる。
それを口にしたリノレは満面の笑みを浮かべ、目をキラキラ輝かせた。
「わあ……。美味しい……。おにいちゃんこれ美味しいよ!」
嬉しそうなリノレは興奮しながら俺に感想を伝えてくる。
甘いもの自体食べたことがなかったのだろうな。
リノレはこちらが嬉しくなるくらい喜びを表現してくれていた。
「良かったぁ……。お口に合って何よりだ……よ?」
「イリスよ。それは何だ? 石のようにも見えるが……。料理なのか?」
安堵の言葉を洩らすイリスの肩に白い骨の手が掛かる。
どうやらザガンはクッキーという食べ物に興味をそそられたらしい。
「ひ!? は、はい……。簡単な……お菓子なんですが……」
「おかし? ほう、探究心をくすぐられるな。どのように調合するのだ?」
イリスはまだザガンに慣れていないのか、その口調に震えが見える。
なんなら全身ガタガタと揺らして怯えているようだ。
だがこうなったザガンを止める事などもう不可能。
「たたた卵にですね……、ここここ小麦粉を混ぜましてですね……」
「ふむ? 汝、手順をいくつか飛ばしておらぬか? 他にも甘味料、油も使われているな……。順を追って説明するのだ」
イリスは錯乱したように調理方法を並べるが……
クッキーを一つ摘まみ上げて観察したザガンに粗を指摘されてしまう。
何が怖いのか知らないが、ちゃんと教えないと解放してくれないぞイリスよ。
食の探究者の元に燃料を投下したのだから諦めたまえ。
「あ、あの……。リノレと言います! こんどとも、よろしく、お願いします!」
「ん? あ、ああ……。よろしく……な? ど、どうしたんだ嬢ちゃん?」
菓子作り教室に気を取られている隙に、リノレはラグナートの目の前に移動してまたも挨拶をしていた。
深々とお辞儀をしているリノレ。
先程きっちりと挨拶を交わしたのでラグナートも戸惑っているようだ。
「あのね。おじちゃんのお友だちにもご挨拶しなきゃって……」
「え? あ……。はっはっはっは! そっかそっか!」
リノレの視線の先はラグナートの腰辺り。
ちょうど鞘に収まるロングソードがある位置だ。
そういうことか。ラグナートも気付いたようでバカ笑いを上げている。
「ごめんなぁ。こいつはアガレスと違って無口なヤツなんだ。嬢ちゃんの挨拶を無視した訳じゃないんだ。恥ずかしがり屋でな。許してやってくれ」
「そうなの? リノレも恥ずかしがり屋だから、仲良くしたい!」
「ああ、そうしてやってくれ……。こいつも喜んでるよ。あんがとな」
ラグナートは腰から鞘ごと剣を外して掲げて見せる。
両拳を握りしめ、剣と仲良くしたいと言ったリノレ。
その言葉で目尻を下げたラグナートがリノレの頭を優しく撫でる。
リノレがその目で見る全ての物は初めての光景。
骨しかないザガンも。剣であるアガレスでさえ……
リノレにとっては人間と変わらないのだ。
「分け隔てなく……か。なあアガレス。リノレにしてみたら、俺やおまえ達は何も変わらないんだな……。俺達の間にはなんの隔たりもないんだよ。なんか良いよな……。こういうの」
穏やかな心境で想いを馳せるは理想郷。
俺は人の世でおよそ不可能である現場を目の当たりにしていた。
見た目だけで多くの差別や偏見の生まれるこの世界。
それを紙切れのように破って見せてくれたのは、たった一人の幼い少女。
「簡単なようで凄く難しい事だ。……やっぱリノレは凄い子だよな……」
この感動を共有しようと笑顔で語り掛ける俺の腰で漆黒の剣は……
ものすげぇ小さなイビキを奏で揺れていた。
微笑み固まる俺の身体を、とてつもない気恥ずかしさが蹂躙する。
誰か、この寝坊助の懲らしめ方を教えてくれ……
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