十一話  新しい家族

 お日様は眩しいって聞きました。

 眩しいって何かな?

 わたしには分からないって言われました。


 わたしはいらない子。

 ご飯を無駄にするから。


 わたしは使えない子。

 壊れているから。


 何も出来ないし何も見えない。

 それが私の普通。冷たい風が当たるベッドの上。それがわたしの全て……


 どこに行くの? おなかすいたよ……。寒いよ……


 痛いよ……。やめて……。ぶたないで……。苦しいよ……

 ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめんなさ……い……



「にゃあぁぁーーー!!」



 大きな声が響いて、私をぶっていた人達の声が聞こえなくなりました……

 代わりに聞こえて来るのは……



「にゃ~……」



 この声は……、可愛いって聞いたことがある……、猫さん。

 可愛いってなんだろう?



「にうぅ~~」



 優しい声……。大きくてフワフワ……

 とっても……、とっても暖かい……


 わたしをお散歩に連れて行ってくれるの?

 わたし自分で動けないのに?


 舐めてくれるの?

 わたし汚いのに?


 お口に当てられてるのはなんだろう?

 良い匂いがする……。食べても良いのかな?


 美味しい……。美味しい……


 まだ食べても良いの?

 怒らない? ぶたない?


 一緒に寝てくれるの?

 わたし病気なのに? いらない子なのに? 壊れているのに?


 暖かい……。柔らかい……


 優しくて……。嬉しくて……



 ーーーーーーーーーー



 一夜明け、俺達が見守る中で少女は目を覚ました。

 チノレがいとおしそうな瞳で少女の顔を覗き込んでいる。



「にゃ~」


「ここは……、なん……で……」



 チノレを見据えた少女は更に辺りを見回し、俺達一人一人を確かめるように見つめた後、ポロポロと泣き出した。

 明らかに先日とは様子が違う。



「ずっと……、ずっと真っ暗だったのに……」


「目が見えるようになったのか!?」



 少女は目をシパシパさせて眩しそうに、そして嬉しそうに……

 溢れ出る涙を拭いつつ、俺の問い掛けに何度も頷いている。


 驚いた。目が見えるようになっていると言うのだ。

 諦めるつもりなど毛頭なかったが、昨夜ザガン達でさえ不可能と結論付けたばかりだというのに……


 まさか俺達の愛情料理が奇跡の効果を発揮したというのか。

 いや、どう考えてもせいぜい栄養飯だった気がするが……

 少女の痩せ細った体はやや膨らみを見せ、顔色はほんのり赤く、見た目も健康的になっていた。

 髪も痛んでいた白髪から薄ピンク色に変わり艶が出ている。

 瞳は金色に輝き瞳孔は細長く猫の目のような……

 どこかで見たような瞳に変わって……



「ザガン……、先日の目玉ゴムボールどこやった?」



 俺は昨日の不思議物質がとても気になったので聞いてみた。

 もはや聞くまでもないが聞いてみた。



「あれは……、チノレが欲しがっていたので……、その……」



 ザガンは虚空を見つめながら言葉を濁す。

 チノレよ……。あれを食わせてたのか……

 大丈夫なのだろうか?

 と思ったが俺は考えるのを即座に止めた。

 うん、大丈夫だ。あれは薬。凄く良く効く奇跡の薬だ。



「経緯はともかく、ここまでの修復にこの子の精神と身体が堪えられるなんて……」


「どういうことだ? 結局どうなってるんだ? 元気になったってことで良いんだよな?」



 少女の容態を確認し、驚いたようなシトリー。

 気付けば俺はシトリーを質問責めにしていた。

 すでに奇跡は起きた。俺の心はその事実だけを願っている。

 ここに至って副作用とかそんなん聞きたくないのだ。

 俺が希望を込めて両手を握り締めていると、シトリーは笑顔を見せてくれた。



「ええ。この子の生きる意思がこの奇跡を引き起こしたのでしょう。もう大丈夫。何も問題ありませんわ」


「良かったぁ……。本当……、良かったなぁチノレ……」


「うにゃ~」



 万事解決を知らせてくれたシトリー。

 腰が抜けて座り込む俺は安堵の言葉をチノレに向け、チノレも柔らかな鳴き声を上げる。


 シトリーによると病気も治っていて、欠損部分すら生成されているらしい。

 なんか体内で魔力まで精製しているそうだ。

 むしろ並みの人間より余程健康になっているのだとか。

 良いんじゃないか? たまにはこういうご都合展開。

 嫌いじゃないよ? 俺的にはむしろ大好物。


 いずれこうなった原因は究明する必要はあるかもしれないが……

 何も問題はなくなったと言うシトリーの言葉。

 笑顔で喜び合う俺達。今はそれで十分だろう。



「あの……。あ、ありがとう……ございます……。わたし……、何も……なくて……」


「俺達が……。いや、チノレがキミを救いたかったんだ。それにキミが応えた。生きてくれた。俺達にとってはこの奇跡が何よりの報酬だよ」


「その通りだ。この結果は紛れもなく汝の意思の力。誇るが良い。己が強さを」


「うむ。大したものだな。ゴゴゴゴゴ……」



 うつむき泣きながらお礼を言う少女。

 治療の見返りを気にしているようだが、そんなのもちろん必要ない。

 ザガンも俺に続いて少女の強さを誉め、そして称えた。

 アガレスも乗っかって誉めているが多分寝言だ。


 さて、それはそれとして聞かなければならない事があるな。

 少女は家に帰りたいか、それともここに居るかだ。

 帰りたいと願っても俺達は説得するつもりだ。

 俺達の中ではもう、この子は家族の一員なのだから。


 少女の喜びと感謝の声は泣き声で滲み、少女は自力で起き上がってベッドからゆっくりと降りた。

 初めての日の光を受け、動揺して体勢を保てずにフラフラしているがそれすらも楽しそうに見える少女。

 目に涙を溜めたまま、声にならない声を上げながら倒れ込むようにチノレに抱き付いた。

 俺は意を決して少女に問い掛ける。



「これからキミがどうしたいかはキミの自由だ。でも俺達はキミにここに居てもらいたい。チノレもキミと離れたくないみたいだ」



 俺の言葉に少女は困惑したように目を見開く。

 俺達を見回し、その表情には笑顔が、喜びが見て取れた。



「良いの? ここに居て良いの? 猫さんと一緒に居て良いの?」


「もちろんだ! チノレだけじゃない。俺達も一緒だ。毎日一緒に笑って、毎日一緒に美味しいご飯を食べよう! 俺達の家族になって欲しい」



 瞳に涙を溜める少女は何度も何度も確認する。

 俺達はその問い掛けに何度だって答えた。

 キミはこの家の大切な一員なのだと……



「ありがとう……。嬉しい……」



 止めどなく溢れる涙を両手で拭い、泣きじゃくる少女。

 いくらなんでもこんな早く解決するとは思わなかったな。

 そういえばゴタゴタして名前さえ聞いてなかった事に俺は思い至った。



「そういや今更だけど……。キミの名前はなんて言うんだ?」


「あ……、名前……ないの……。すぐ居なくなるから要らないって……」



 俺の問い掛けに暗い表情で答える少女。

 話しを聞いてみると生まれた時から長くはない状態だったらしく、それが何年も何年も続いたらしい……

 この子は気力だけで命を繋いでいたのだ。

 本当に強い子である。

 とりあえずこの子の『元』実家にはいずれ御挨拶に行かなければなるまい。

 ウチの子に暗い顔をさせた罪は万死じゃ済まないのだ。


 ともあれ今はこの子に名前を付けてあげねば!

 大切な大切な俺達の新しい家族に!



「ここはネーミングセンスに定評のある俺が……。セクシーでプリテーなお名前を!」



 笑顔で意気込む俺の発言の直後、三体の魔神から瘴気が溢れ出した。

 左右からザガン、シトリー。俺の腰からアガレスが無言の拒否を示してくる。

 文句があるなら口で言ってほしいものだ。



「にゃーん」



 足早に駆けたチノレが何かを持って戻って来た。

 大きな紙、半紙かな?

 チノレは器用に両手で筆を持って文字を書いているようだ……

 ほほう。中々に達筆だな。俺より上手いぞきっと。

 ところでおまえ本当に猫なのか?



「リ・ノ・レ…………、リノレか!」



 俺は紙に書かれた文字を読み上げた。素晴らしく可愛らしい名前だな!

 もう色々凄いけど……。俺は一連の動作にツッコミは入れないぞ。



「あら、良いじゃありませんの!」



 シトリーに続いて皆も賛同、もちろん俺も意義無しだ。

 チノレがここまでしてくれたのだ。文句などあるはずもない。



「リノレ? リノレ……、リノレ! うん……、うん……。ありがとう! 嬉しい! お名前大事にするね! おかあさん!」



 大粒の涙を流し喜ぶ少女。

 何度も自分の名前を嬉しそうに復唱している。

 そしてチノレを母と呼び、眩しいくらいの笑顔を向けた。

 ここに来てから一番の笑顔を。


 新たな家族。俺達の家族。チノレの愛娘。

 今日がリノレの、新しい誕生日だ。


 

 ーーーーーーーーーー



 眩しいを知りました。

 

 おなかいっぱいで……。寒くなくて……

 苦しくなくて……。痛くなくて……


 暖かくて……。優しくて……

 美味しくて……。楽しくて……。嬉しくて……


 大きくて……。フワフワで……。気持ち良くて……

 お名前をくれた……。幸せな家族をくれた……


 チノレおかあさん。

 リノレのお日様は、大好きなおかあさんでした。

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