十五話  魔神対勇者

 アーセルム王国第一王子率いる、魔神討伐隊と大広間で邂逅した俺達。

 人ん家にずかずかと上がり込み、威風堂々と佇むその姿は……

 嫉妬さえ覚えるほどに洗練されていた。

 中央に立つイケメン。これがきっと王子だろう。

 右隣に青髪の小僧、左隣におっさんマッチョ、そしてイケメンの背後には超美少女。


 なんて……、なんてカッコ良い配置なんだ……

 腹立たしいイケメン王子とシブメンマッチョ。

 少し生意気そうな凛々しい少年。

 そして大人しそうな、それでいて儚げな美少女が花を添えている。


 だがこちらも負けてはいないぞ……

 妖艶かつダイナマイツなセクシー美女シトリー。

 ヘラヘラとやる気のないおっさんラグナート。

 口開きっぱなしでボーッとしているザガン。

 そしてカッコ良い漆黒の剣アガレス、を携えたこの俺!


 ……全然駄目だ。シトリー以外は完敗である。

 ともあれ数は互角。この戦い自体は負けてやる気はない。

 いや、こっちは五名だが俺を数に入れてはいけないのだ!



「あの娘だな……、膨大な魔力の正体は……。およそ固が持つ魔力量ではない……。我らの魔力を総合しても遠く及ばん」



 ザガンが王子の背後に立つ美少女を見据えて呟いた。

 どうでも良いが、ザガンが真面目だと何か悪いものを食べたのかと心配になる。



「マジか……。あの娘が一番ヤバイってのか? というか人間は魔力ないんじゃなかったのか?」


「うむ。おそらくは……、人間ではない」



 最近得た知識を披露する俺にザガンは重々しく答えてくれた。

 その返答に俺は冷や汗が出るのを感じる。

 あの美少女が人外の存在だというのだ。

 なんで王子がそんな得体の知れない凄い奴連れてるんだよ……



「出迎え御苦労。私はアーセルム王国第一王子セリオス! 貴君らを討伐しにまいった! が……、これ以上の口上はいらんな」



 右手でバサッと白いマントをひるがえすカッコ良い王子様。

 御丁寧に軽く自己紹介を始めてくれ、そのまま話を締め括った。

 こちらの意見は要らないらしい。これだからイケメンは身勝手で困る。

 そのまま両陣営はしばし睨み合い、緊張感のある沈黙が続いた。



(え? 喋っちゃいけない雰囲気? とりあえず瘴気でも撒いとく?)


(分かった。そうしよう。無反応では相手に悪いからな)



 俺は小声で提案をし、ザガンもそれに乗ってくれた。

 威嚇の意味も込め、ザガン達三名の魔神に瘴気を放ってもらったのだ。

 大広間の床を埋め尽くすように広がる瘴気の煙。

 演出としては中々カッコ良いではないか。 

 だが相手は対魔神特化と言うだけはあり、やはり効いていないようだ。

 眠気、腹減り、快感を誘発させる瘴気のモヤモヤに包まれても……

 誰一人気にする素振りすら見せなかった。



「ここに居る全員、その程度の魔性を払う術は持ち合わせている!」



 そう言い放ちながら青髪の少年が剣を抜く。

 唐突に戦闘が始まったようだ。少年は真っ直ぐに俺に向かって駆けて来る。

 俺は飛び掛かって来た少年の剣をアガレスで受け止めた。



「これは!? フレム! この剣は砕けぬ! 相当強力な魔力を持っているぞ!」



 驚いたような様子を見せるアガレス。

 少年が振るうのは美しい青い刀身を持つ神秘的な剣。

 見た目が凄そうなだけでなく、本当にかなりの業物なようだ。

 アガレスで壊せないなら武器破壊は望めない。

 無傷でお帰り願うのは不可能だろう。



「下がれシリル!」



 野太い声が響き、刃を交えていた青髪の少年が飛び退いた。

 代わって仕掛けて来たのは声の主であるマッチョ。

 体格の割に凄まじく速い足だ。

 いつの間にか俺の右死角に入り込んでいやがった。

 少年の方に身体を向けていた俺の真横から、高速の拳が襲い掛かって来る。

 だがその驚異の身体能力から放たれた拳は俺に届く事はなかった。

 シトリーの瘴気が床に溶け込み、床を割って生えて来た樹木の根により止められたのだ。



「おっと、調子に乗り過ぎだぜおっさん!」



 その瞬間を逃さず、ラグナートの剣が動きを止めたマッチョの腹を掠めた。

 マッチョは気に止めた様子すら見せずラグナートに回し蹴りを見舞う。

 胸に蹴りの直撃を受けたラグナートは軽く宙に浮き、そして何事もなく着地する。



「どういうこった……」



 あばらが折れても不思議ではない衝撃だったが特に痛がる様子もない。

 ラグナートは胸の汚れを払いながら、ただ怪訝な表情を浮かべていた。 

 そうはそうだろう。ラグナートも大概だがマッチョの方は明らかに異常。

 マッチョの傷は何事もなかったように即座に塞がっていったのだ。



「ぬおぉぉぉぉ!」



 暑苦しく叫ぶマッチョは標的をシトリーに切り替えた。

 止まらぬ猛攻を続けるその拳は、全てうごめく硬い樹木の根が弾いている。

 シトリーの操る鞭のような樹木の根は、マッチョに幾度も細かい切り傷を入れているというのに……

 その傷も不気味なくらいの早さで治っていく。


 俺は再び向かって来た青髪の小僧と何度か剣を打ち合った。

 仕切り直しとばかりに距離を取った俺を視認し、マッチョも引いて青髪の少年と並ぶ。



「なんだよ! ひょっとしてコイツら全員人間じゃないのか?」


「それは……。違うな」



 俺の考えは戦闘中ずっと黙していたザガンにより否定される。

 ザガンは戦場を観察、分析していたのだろう。

 動かぬ王子と美少女を警戒していただけではないのだ。


 おもむろに少年とマッチョに向けて手をかざすザガン。

 その周囲に霧が現れたかと思うと一気に集まり、空中に多数の水の刃が生成された。

 それは回避など不可能な程容赦なく降り注ぎ、小僧とマッチョに無数の傷を与えていく。



「ぐぬ!」


「逃げ場がない!」



 マッチョと小僧は両腕を使い堪える素振りは見せる。

 だがその傷は先程と同様、即座に修復されていった。



「どうやらあの娘の仕業のようだ……。これが蘇生魔術なら、受け手の命を削る荒業なのだが……。まさか対象者を何のリスクもなく、何の手順も踏まずに即時修復するとはな……」



 ザガンの顔は王子の隣に佇む少女に向けられる。

 この異常能力は例の少女の力だと結論付けられた。

 ザガンが言うには、一言に魔術で回復と言っても簡単な事ではないようだ。

 色々手順がある上に、対象者の寿命が縮むなどリスクがあるらしい。



「どんな理屈かは分からぬが、どうやらあの少女は指一本動かさず、立ち尽くしたままでこの場全員の傷を瞬時に回復出来る可能性がある。対象者のリスクもなく際限もなくな。傷を負わせた直後の反応を見るに、痛覚すら緩和されているようだ」


「冗談じゃない……。無敵じゃないか! だったら先に……、眠ってもらおう! ザガン! シトリー! 援護を!」



 ザガンの出した答えを聞くに、あの少女を放置する限り終わりはない。

 俺はアガレスを構え、援護を頼んで儚げな少女に向けて駆け出した。

 それを妨害しようと駆け付けた少年をザガンの水の刃が牽制する。

 マッチョは追いかけるように床から出現する樹木の根をかわすので手一杯。

 シトリーだけでなく、ラグナートも目を光らせているので邪魔はないだろう。

 俺は少女とある程度の距離を保ってアガレスを振り上げた。



「さっきの数倍。あの子には悪いけど昏睡レベルまで引き上げるぞ!」


「了解した。仕方あるまい!」



 俺の指示に応じるアガレス。

 眠気どころか、即座に気を失うくらいの瘴気を吹き出す魔剣。

 剣を振り、俺は大量の瘴気を少女に向けて叩き込んだ。

 これだけの濃い瘴気を浴びせても変化はなく、少女は微動だにしない。



「やっぱ効かないのか……」


「いえ、効いてはいますわ。ただ揺れた精神も即座に正常値に戻っておりますの」



 思わず出てしまった俺の愚痴に説明を入れてくれたシトリー。

 あの少女の力は肉体的損傷だけでなく、精神的過負荷すら沈静化する事が出来るようだ。

 つまり、もう王子一派にダメージを負わせる手段が存在しない。



「くそ……。なら……」



 俺はアガレスの切先を地面に当てた。

 そこから石畳が勝手に剥がれ、宙に浮いたところで剣を振り払う。

 アガレスの力で石畳を王子に向けて投げ飛ばしたのだ。

 このイケメン王子、腕組んだまま薄ら笑い浮かべて働いてないのである。

 無論こんなのは苦し紛れ。ただの脅しだ。



「セリオス様!」



 突然少女が声を上げ、石畳と王子の間に割って入って来る。

 石畳は少女に直撃して軌道が逸れ、痛々しい音を立てて床に転がった。

 少女の胸部、腹部は抉れ、大量の血液が溢れ出している。

 その時少女の表情が一瞬だけ歪んだように見えた。

 しかし、そんな明らかな致命傷も数秒と掛からず完璧に復元される。


 シトリーの操る樹木とザガンの牽制も止み、逃れたマッチョと小僧は少女の前に立ち並んだ。

 戦闘開始時とほぼ変わらぬ立ち位置での睨み合いの中……

 俺の心に気持ちの悪い違和感が現れる。


 なんだ……ろうな? なんだか……凄く嫌な感じだ……

 俺は四人の敵と戦っているはずなのに……

 なんとなく別の何かと戦っている気さえしてきた。

 人間とか、人外とか、そういう違いじゃない。

 もっと根本的な何か……


 その違和感はこの戦いから発生しているものじゃない。

 強いて言うならあの王子の佇まいからだ。

 傷付いた仲間達を見ても眉一つ動かさない。

 まるで盤上の駒を見ているだけのような冷やかさ。

 はっきりとした原因は不明だが、一つだけ譲れぬ感情がある。

 こんな奴のペースにいつまでも乗せられるのは、正直腹に据えかねた。


 とは言ってもこのままではじり貧。

 無限再生なんて完全反則な能力を相手に、ずるずると戦い続けるなんて無茶もいいところだ。


 だがおそらく……

 いや、なんだかんだでザガン達は俺の今後の事を考えているのだろう。

 相手を必要以上に傷付けないようにしてくれているのは明白だ。

 怪我が治るとかお構い無しに、始めから掠り傷しか与えないようにしている。


 ラグナートとは長い付き合いだ。あの程度の相手に遅れなんて取らない。

 ザガンにしろシトリーにしろ、アガレスだって……

 相手を始末していいのなら、いくらでもやりようはあるだろう。

 これ以上、俺の大事な仲間に負担は掛けたくない!



「アガレス。壁とか操作してこいつら分断出来ないか?」


「可能ではあるが……、俺が地に付いていないとならん……」



 俺の作戦に渋るアガレスの言いたい事はつまり……

 それをすると俺を守る事が出来なくなるという事だ。

 俺は迷わずアガレスを床に突き刺し、そして叫んだ。



「構わない! やれ!」



 その瞬間、アガレスを手放した俺の上空からロングソードが降って来た。

 俺はそれを空中で受取り、出所であるラグナートに目を向ける。



「おいおい丸腰でどうすんだよ。こっちは素手で良いからよ。その代わり……、俺はこっちの青髪の兄ちゃんの相手させてくれや」



 ラグナートは武器をあっさりと手放し、にやけた表情で青髪の少年を見据えている。

 片手をぷらぷらと軽く揺らし、不自然なまでの余裕。

 されどその背中に俺は、絶対的なまでの信頼を感じた。



「わたくしはこちらの女性を。他の方々への回復阻害くらいはして見せますわ」


「大丈夫かシトリー?」


「お任せを。いざとなったら守りに来てくださいましね」



 シトリーは一番の難敵を押さえる役を買って出てくれた。

 俺の心配も軽口を言いながら笑顔で返す。

 確信のない返事など俺はしない。

 いざとなれば絶対に馳せ参じると心に決めて頷いた。



「ならば我はこの退魔神官の相手をしよう。それでよいな? フレム」



 ザガンも自身の相手をマッチョに定めた。

 本当に皆さんよく気が付くことで……

 分かるか? 即席勇者達よ。

 多くの言葉は要らないのだ。俺達の間にはな!



「ああ……。俺の相手は……、このムカつくクソ王子だ!」



 俺の怒号と共にアガレスの地表操作が始まった。

 部屋が動いて俺達を囲んでいくのか……

 それとも俺達の立っている地面が動いているのか……

 そんな不思議な感覚でもって、分断は見事に成功した。

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