第12話 俺は寝返ったりしないぞ

 確かシュナは雷の精霊の加護を得ているはずだ。


 だとしたら、シュナにも精霊が憑いているのかもしれない。


 俺はそっと「それ」に自分の感覚をリンクさせた。煽ってこようとするのを自制心で捻じ伏せる。精霊の知覚を通じて自分の認識力を強めた。


 視界の中の精霊の存在が露わになる。光の精霊、火の精霊、空気の精霊、石の精霊、木の精霊……店内だけでなかなかの数の精霊が存在した。特に多いのが火の精霊と水の精霊だ。どちらも調理場には欠かせない竈と水場の傍で動き回っており見ていてちょい和む。


 おっと、シュナの精霊を見るんだった。


 俺はシュナを見た。正確にはシュナに憑いてるだろう精霊を、だ。


 雷の精霊の色は白に近い黄色。シュナの肩にぼんやりとその色が光っていた。


 俺は感覚の目を研ぎ澄ませて精霊を凝視する。焦点が合うようにぼんやりと光っていたものが形を成していった。


「……っ!」


 わぉ。


 こいつは吃驚だ。


 何となく剣士に加護を与えるような精霊を威厳のあるものや可憐なものだと想像していた。


 けれどシュナの肩に座っていたのは威厳とか可憐とかとは別物だった。そのくらい衝撃だった。


 まず、太っていた。


 でっぷりとした人型の精霊だった。チリチリといった方が似合いそうな頭のどこかおばちゃんめいた姿をしている。胸と腰を布のような物で隠しており昔お嬢様から教わった「カミナリサマ」を連想させた。黒と黄色の縞模様の布と頭に生えた二本の短い角がちょい印象的だ。


 可愛いというより愛嬌があるといった方がいいだろう。つーか、こんなおばちゃん見たことあるな。格好と角はともかくとして。


 おばちゃん精霊が俺の視線に気づいてかにこりとする。


 うん、やっぱり愛嬌があるな。


 それにしてもそうかぁ。


 おばちゃんに好かれてたかぁ。


 肩に乗ったおばちゃん精霊がシュナの耳に頬を擦りつける。動物のにおい付けみたいな感じになってるんだが、あれってもしやマーキングか?


 わぁ、見るんじゃなかった。


 俺は「それ」とのリンクを外した。


 途端におばちゃん精霊が消えたので少し安堵する。あんなものずっと見ていられるもんじゃない。すっげぇメンタル削られるぞ。


 けど、見えなくなってるだけであのおばちゃん精霊ってシュナの肩にいるんだよな。


「……」

「ん?」


 シュナが訊いてきた。


「どうしたんだい? 急に黙り込んでしまって」

「いや、お前は見えてないんだな」

「はい?」

「まあいい、気にするな」


 俺がそう言うと訳がわからないといったふうにシュナが肩をすくめた。


 うん、知らない方が幸せなことってあるよな。


 俺はおばちゃん精霊のことを黙っておこうと決めるのであった。


 *


 夜。


 俺の常宿である銀の鈴亭に帰ると宿の受付係から来客を告げられた。


「本当はこんな時間に外出したくなかったんですけどね」


 シスターキャロルだった。


 宿の一階に併設された酒場の一番隅のテーブルで彼女は待っていた。


 俺はシスターキャロルの向かいに座る。


 彼女は果実の香りがするお茶を飲んでいた。木製のカップにまだ半分以上残った淡い琥珀色の液体が入っている。


 注文を取りに来た接客係を静かに追い返し、警戒心を隠すこともせず俺は尋ねた。


「何か用か?」

「ご挨拶ですね」


 シスターキャロルが嘆息する。


「でもまあいいです。私も早く帰りたいのでさっさと用件を済ませるとしましょう。ちょっと小耳に挟んだのですがあなた雷の剣士とグランデ伯爵家の令嬢とパーティーを組んだそうですね」

「ああ」


 そのことか。


 俺の返事にシスターキャロルが僅かに片眉を上げる。


 軽い威圧のような魔力が彼女から発せられた。心なしか俺たちの周りだけ気温が下がったようにも思える。


「あなた、あの二人が誰の命令で動いているかご存知ないのですか?」

「いや知ってるぞ。カール王子だろ?」

「それを承知で組んだのですか」


 さらに周囲の気温が下がる。


 表情がほとんどないのにシスターキャロルの怒りが伝わってくるようだった。こんなに感情をだだ漏れにしている彼女は珍しい。よほど俺がシュナとイアナ嬢と組んだのが気に入らなかったようだ。


 お茶を一口飲み、シスターキャロルが続ける。


「あの子の受けた屈辱を忘れたのですか?」

「仕方ないだろ、ギルドの意向なんだぞ」


 ギルドマスターの意に沿うってことはそういうことだ。


 まあ、俺としてはほとんど罰を受けているみたいなもんだが。


 できるものなら今すぐパーティーを解消したい。


 一匹狼でいた方がどれだけ気楽か。


「大体の事情は聞いています。ですが、あなたならうまく断ることもできたのでは? 正直、あなたには失望しました」

「……」


 失望?


 あんた、俺に期待したことあるのかよ。


 口に出したい衝動をぐっと堪える。さっきから俺の中で「それ」がやたら反応しているのだがこれは俺の苛立ちが原因か? それともシスターキャロルの怒りのせいか?


 俺の心中には興味ないといったふうにシスターキャロルがまたカップに口をつける。


 音も立てずにカップを置くと彼女は俺に目を遣った。


「……と、ここまでが私からの文句。本題はここからです」

「今までのは文句かよ」

「言われるあなたがいけないのですよ」

「……」


 あ、さらに気温が下がってる。


 おいおい、隣のテーブルとの間に異層空間の壁ができてないか?


 ここだけ異空間になってないだろうな。


 俺が戸惑っているとシスターキャロルがやたら冷たい声のまま言った。


「先日のホワイトワイヴァーン襲来の件、どうやら人為的なものだったようです」

「人為的?」


 シスターキャロルがうなずいた。あ、ちょっと気だるそう。


「市中の者たちの情報から推測した結果、そういう結論に至りました。詳しい素性は存じませんが魔術の使い手なのは確かなようです」


 着ていた修道服の内から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


 そこには黒炭で描かれたと思しき人相画。


 目の窪んだ陰気で卑屈そうな男だった。雑に手入れした感じの挑発は前髪だけ短く切られている。


「こいつが?」

「ええ。私見ですが暗黒魔術の使い手かと」

「……」


 暗黒魔術。


 それは呪術や悪魔召喚術などの禁忌とされている魔術の総称だ。闇の精霊を行使するのとは異なる。こちらは精霊の力に頼らず呪文の詠唱や魔方陣のみを用いている。


 不死化したモンスターはこの暗黒魔術で動いていることが多い。暗黒魔術の使い手の中には呪術を駆使して人に呪いをかけることを生業としている者もいるらしい。お友だちにはなりたくないタイプだな。


「で? こいつをどうするんだ??」

「もちろん処理します。放置してあの子に被害が及んだら大変ですからね」

「俺はそっちまで手が回らないぞ」

「それは存じてます。ですがもしものときは……わかりますよね?」

「……」


 俺はため息をついた。


 そういう「もしものとき」はフラグになるんだよなぁ。


 うーん、本気でこんな陰気でやばそうな奴とは関わりたくないんだが。


 何でノーゼアに現れたりするかなぁ。


 ああ、面倒くせぇ。


「話は以上です」


 シスターキャロルがお茶を飲み干し、羊皮紙を仕舞った。


 立ち上がる。


「承知しているとは思いますがカール王子側に寝返ろうとは思わないでくださいね」

「俺がそんな真似をする訳ないだろ」


 見上げながら俺がそう答えるとシスターキャロルは満足そうに口の端を緩めた。ちょっと可愛くて何だか悔しい。


「その言葉が真実であることを祈ります。では、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 歩くのも億劫そうな足取りでシスターキャロルが酒場から出て行った。


 俺は彼女の退出を確認してからふうっと息をつく。


 妙な疲れが全身を襲い、うんざりした思いでもう一度ため息をつく。今度はやや長め。


 どうやら厄介な事になりそうだった。

 

 

 

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