第11話 俺は魔方陣も呪文の詠唱も必要としない

 デイブの店。


 パーティー結成の祝いという訳ではないが、とにもかくにも組まざるを得なくなったので俺たち三人で食事をすることにした。


 何となく周囲の目が気になったため昼のピークを避けて遅めの時間帯だ。店内の客は俺たちの他に二組しかいない。


 俺たちは一番奥のテーブルに着いた。どういう訳かイアナ嬢もシュナも俺の隣に座りたがったため仲良く二人で俺の向かいに座ってもらうことにする。異論は受け付けない。


 本日の店主お薦めはオーク肉のソテーと空豆のスープ。


 ただのオークではなくオークロードの肉だそうだ。どうやらノーゼアから西に五日くらいの遺跡でオーク狩りをした冒険者がいたらしい。


 オークは豚に似た頭部の人型モンスターで強く進化している個体ほど肉が美味くなる。これは成長の過程で吸収される空気中の魔力によるものだとされている。


 三人揃ってそれを注文。飲み物もエールで統一だ。俺としてはもうちょい強めの酒が欲しかったがこの面子の前でうっかり酔い潰れたりしたらまずいと思い直してエールで妥協した。


「さて」


 エールが運ばれるとシュナが口を開いた。


「最初に言っておくけど僕はクエストを選ぶからね。自分のランクより低いものは拒否させてもらうよ」

「はぁ?」


 と、イアナ嬢。


「あんた、何言ってるのよ。自分のランクってAでしょ? あたしとこいつはCに上がったばかりなのよ。よくそんな無茶なことが言えたわね」


 そう。


 俺とイアナ嬢の冒険者ランクはCになっていた。


 シュナとパーティーを組むにあたって問題が一つあった。俺とイアナ嬢のランクがシュナと離れ過ぎていたのだ。


 冒険者ギルドの規則によりパーティー間のランクの差は二つまでとなっている。これはパーティーの戦力バランスを取ることでクエストの達成率を上げ、失敗に伴う死傷者数を下げることを狙っているからだ。つまり、シュナのランクがAなので最低でもランクCでないとパーティーを組むことができない。


 ここでギルドマスターの強権が発動した。


 というかもうここまで来るとどうにでもしろって気分になる。


 何と、あの禿げ頭は特例を理由に俺とイアナ嬢のランクをCに引き上げたのだ。俺はまだランクが一つ上がっただけだからまだ良いとしよう。だがイアナ嬢は……。


「あーあ、冒険者になりたてのあたしがいきなりランクCになるなんて絶対に不正を疑われるわ。今朝までランクFだったのよ。それがランクCだなんて、三段階もランクアップだなんて」

「次代の聖女であるグランデ伯爵令嬢の実力ならAでも良いんだけどね。どうにも規則というのは面倒でいけない」

「あんたは黙ってなさい」


 イアナ嬢がシュナを睨んだ。


 やれやれといったふうにシュナが肩をすくめる。


 俺は一応言っておくことにした。


「この街から離れるようなクエストには俺は参加しないからな。そういうのは二人でやってくれ」

「ええっ、あんた春先の大規模討伐とかはどうするのよ? あれペドン山脈でやるのよ。あんたも行くんじゃなかったの?」

「それ誰から聞いた」

「ウィッグ・ハーゲンギルドマスター」

「……」


 あの禿げ頭っ。


 怒れ。


 軽く俺の中の「それ」が煽ろうとしてきたのをどうにか堪える。


 シュナが質問してきた。


「ノーゼアから離れたくないようだけど何か事情があるのかい? ああ、恋人の類なら心配無用だよ。むしろ離れることでお互いの相手に対する愛情を確認できるからね」

「それ逆に別れる理由になりかねないんだけど。あ、別にあんたが彼女持ちでもあたしは嫉妬なんかしないんだからね。いたとしても別れればいいとかそんなこと思ってないんだからね」


 イアナ嬢がシュナにつっこみ、俺に何やら突っかかってくる。忙しい女だ。


「恋人はいない。おかしな勘繰りは止めてくれ」

「なるほど、今はまだ恋人ではないと。うん、僕で良ければいつでも相談に乗るよ」

「あ、あたしだって悩みを聞く相手になってあげなくもないんだからね。てか、あんたが入れ込むような女ってどこの誰なのよ」

「……」


 おい、話を聞いてるか?


 どうして俺に想う人がいる前提になってるんだよ。


 俺が二人をジト目で見るとシュナには微笑みで返され、イアナ嬢にはプイッとそっぽを向かれた。何故だ。


 料理が並べられ、しばし食事を楽しむ。


 一緒に食べる面子はあれだがオークロードの肉は絶品だった。デイブの腕もあるのだろうが王都でもなかなか味わえない美味さだ。お嬢様にも召し上がってもらいたくなる。


 あらかた食べ終えたあたりでイアナ嬢が俺に訊いた。


「ホワイトワイヴァーン戦でも気になったんだけど、ギルドのロビーでこいつと戦ってたときにも拳に黒い光を纏ってたわよね、あれ何?」

「何と訊かれても」


 俺は胸の前で両拳を握った。


「ただの身体強化だ。大して珍しいものでもない」

「おや、精霊の力を使ってるのに大して珍しくもないってことはないだろ。それもどうやらただの精霊って訳でもなさそうだしね」


 シュナがスープの最後の一口を飲んだ。


 静かにスプーンを置きハンカチで口を拭う。


「魂の在処と呼ばれる地に全ての精霊を司る存在がいると訊いたことがある。それが振るう拳は黒く輝き、いかなる者も打ち倒すとか」


 ゆっくりとシュナは俺へと視線を移す。


「君の拳は正にその拳のようだったよ。僕の聖剣ハースニールの刀を穿つ奴なんてこれまで一人としていなかったからね。自己修復機能がなかったら危うく駄目にするところだった」

「……」


 いや、その自己修復機能も凄いと思うぞ。


 さすがはご都合主義ウェポン。


「何の精霊の力なの?」


 と、イアナ嬢。


「闇の精霊? 安直に思われるかもしれないけど精霊の色って大体似たような色になるし。火の精霊なら赤、水の精霊なら青、風の精霊なら緑……それで考えると黒って闇の精霊の色になるわよね」

「なるほど、そうか闇なら黒い。納得だよ」


 うんうんとシュナが首肯する。謎が解けたといった様子でとても嬉しそうだ。


 いや、闇じゃなくて怒りの精霊なのだが。


 という言葉をぐっと飲み込む。


 俺の中にいる「それ」はあまり口外していい類の精霊ではなかった。それはそうだろう、一つ間違えれば宿主を狂戦士化させかねない危険な存在なんだからな。


 まだ知り合って間もない二人に軽々しく話せるはずがない。


 俺は自分が使っているのは闇の精霊だということで通すことにした。


 まあ一応系譜としては闇の精霊の側なんだろうからいっか。人の感情に関わる「それ」はかなり強い部類の精霊となるのだから特殊な方でもあるんだがな。


 六大精霊である光・闇・火・水・風・地は知識のある者なら誰でも知っているようなメジャーな存在だ。それらの最上位クラスともなれば神と同等の力を有していると言っていい。


 人間が精霊の力を借りるには才能が必要だ。魔力量や体質などといったものでカバーできる場合もあるが限度はある。それこそ才能の欠片もなければそもそも精霊が協力してくれない。


 では才能のない者はどうするか。


 才能を持つ者は稀少だ。


 精霊に頼らない、というのも選択の一つだ。


 自分の魔力のみを利用して古くからの伝承や学者たちの研究により導き出された魔術式を行使する。このとき多くは呪文の詠唱や事前に準備した魔方陣を要する。ちょい面倒くさい。


 どうしても精霊の力を使いたいと言うのならば……。


 俺はその方法に我慢がならなくて思考を止めた。


 やめよう、虫唾が走る。


「それにしても精霊使い? になるのよね。あたし、実際に使ってるところを見たのは初めてかも」


 イアナ嬢が興味深そうに俺の拳を見つめる。何だかほんのりと頬が赤く染まっているのだがエールを飲み過ぎたのか? そんなに飲んでいたようには見えなかったのだが。


「精霊の存在自体はありふれているけどそれを使役する者は稀少だからね。普通の魔法は魔方陣や呪文の詠唱で行使するのに対して精霊使いは精霊の力を借りて魔法を発動する。ある種の才能がないとできない特別なことだよ」

「……ん?」


 ふと思いついた。


 シュナも精霊が憑いてるんじゃないのか?

 

 

 

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