第10話 俺は一匹狼の方が気楽なのだが
「お前さん、雷の剣士と次代の聖女の面倒を見てやってくれねぇか?」
シュナとの一戦の後、ギルドマスターであるウィッグ・ハーゲンの部屋に連行された俺は応接セットのソファーに座らされるなりそう告げられた。
俺の向かいには禿げ頭をやたらテカテカさせたギルドマスターが座っている。身を乗り出してこちらを伺う様子は何となく圧をかけられているような気がしてどうにも落ち着かない……というかこれは圧をかけてるよな? 絶対にかけているよな?
俺の隣にはイアナ嬢。
不機嫌そうに口をへの字にしている。良家のお嬢様がふてくされているようでちょい微笑ましくもあるな。
ま、実際良家のお嬢様なんだが。
グランデ伯爵家次女の彼女は黙ってさえいれば立派な伯爵令嬢だ。うん、少なくとも見た目はご令嬢で通せるはず。喋りさえしなければOKだ。
イアナ嬢がこちらを睨んだ。
「あんた、失礼なこと考えてない?」
「いや、別に」
だから口を開くなよ。
こらこら、そんな目をするんじゃない。
こいつのどこが「次代の聖女」なんだ?
納得できん。
俺はイアナ嬢の視線を避けてギルドマスターの禿げ頭を見る。やたら光ってるけどこれ本当に照明のせいか?
何か変な呪いでもかかってるんじゃないのか?
コホン。
禿げ頭、ではなくギルドマスターが咳払いした。
「ギルド内での私闘は良くて罰金、悪くすれば冒険者資格剥奪だ」
「……」
「わかってるよな? お前さんの返答しだいで状況はどうにでも転ぶんだぜ」
「……」
俺が黙っていると悪そうな笑みのギルドマスターは口の端をさらに上げる。嘲笑の感情精霊だってこんなに邪悪そうにはならないぞ。
「いっそ冒険者やめちゃえば?」
と、イアナ嬢。
「そしたらあたしが従者として雇ってあげる。少なくともあんた強いし」
「……」
おいおい、何で半笑いなんだ?
すんごい胡散臭いぞ。
「次代の聖女の冗談はともかく、ギルドとしてもあれなんだ。正直、お前さんを脅してでもあの兄ちゃんを押しつけたいんだよ」
「いや、脅したら駄目でしょ」
「罰則はちゃんと適用するからな」
ギルドマスターの目が細まる。僅かに頭を傾けたせいか禿げ頭がきらりと輝いた。
俺は唇を噛んだ。
イアナ嬢が再度誘ってくる。
「冒険者なんて辞めてあたしの従者になりなさいよ」
「いや、冒険者は辞めないぞ」
「そうだな、冒険者資格剥奪はしねぇから安心しな。その代わりこっちの言うことを聞いてもらうぜ」
「……」
その禿げ頭、一発引っぱたいていいか?
程度にもよるが冒険者ギルド内での私闘をした場合、罰金か強制クエストの処分を受けるのが通例だ。ギルドマスターは軽々しく資格剥奪を口にしているがよほどのことをしなければそこまでには至らない。
けどなぁ、俺とシュナがやったあれってなかなかに派手にやらかしてるよなぁ。
聖剣ハースニールなんてご都合主義ウェポンでなければ間違いなく被害甚大だっただろうし。
俺だって一歩間違えば狂戦士化してたしなぁ。
うーん、状況的にはアウトかも。
俺は腕を組んだ。
「金貨500枚で罰金に足りますか?」
とりあえずこのくらいで済むなら金で解決しよう。うん、そうしよう。
もうちょい払えるが足下を見られても困るからな。
「えっ、金貨500枚って大金……」
おや?
イアナ嬢は伯爵令嬢なのにこの金額の価値がわかるのか?
お金なんて気にしない湯水ちゃんだと思ってたよ。
そうだな、金貨500枚だと例えばノーゼアの一等地とまではいかないがある程度の安い邸宅なら買える金額だな。
王都の騎士団の下級士官なら二年分の年収ってところか?
しかし、ギルドマスターが鼻で笑った。
「そんな端金でどうにかできると思ってんのか? ギルド嘗めんなよ。お前さんが詫入れるってんなら金貨1500枚だ」
「……」
うん。
払う気になれば払える金額だ。
そっちこそ元公爵家執事を嘗めるなよ。
とはいえ、あくまでも「かき集めての金額」なのでできれば無理をしたくない。
お嬢様にもしものことがあって金が必要になったときに用意できなかったら困るしな。
「わかりました。金で解決しようとするのはやめます」
「わかればいいんだよ。てか、大人しくこっちの言うこと聞いておけや」
「……」
いつかその禿げ頭に落書きしてやるからな。すっげえ卑猥な落書き描いてやる。
「うーん、1500枚かぁ、あたしもすぐには出せないかな。うちの金に手を出せば余裕なんだけどそういうみっともないことをしたくないし」
おっと、イアナ嬢はやっぱりあれか。
前から思っていたが自分と実家の間に線を引いてる感じか。
嫌いじゃないぜ、そういうの。
がっかりしたようにイアナ嬢がため息をついた。
「あーあ、せっかく強い従者をゲットできると思ったのに」
「……」
そんなに俺を従者にしたいのか?
だが残念。
俺はお嬢様の物だからな。
口に出してしまうとそれはそれでイアナ嬢に絡まれそうなので黙っておく。
数秒、沈黙が流れた。
一つ息をつき、ギルドマスターが話をしようとしたときドアをノックする音がした。
ほぼ同時に俺たち三人はそちらを注視する。
「ギルドマスター、今、よろしいでしょうか」
ギルド職員の若い女性の声だった。。これは……あれだ、前に俺をギルドマスターの部屋に案内してくれた女性の声だ。
「どうした? 何かあったか?」
「それが……あ、ちょっと!」
「失礼するよ」
言葉とともに赤毛の男が入ってきた。
シュナだ。
てか、こいつどうしてぴんぴんしてるんだ?
一応殺さないように手加減したとはいえ、俺のパンチは相応にダメージが残るはずなんだが。
シュナがふふっと笑った。
「僕がノーダメージなのに驚いているようだね。一つ教えておいてあげよう、僕の聖剣ハースニールには持ち主を癒やす力がある。もしあのとき僕が気を失わなかったら勝敗は変わっていただろうね」
「……」
何それ?
幾ら何でもご都合主義ウェポン過ぎやしませんか?
……おっと、つい言葉が丁寧になってしまったぞ。
俺はシュナの腰の剣に目を遣った。シュナに戦意がないからかギルドのロビーで戦っていたときのような物騒な感じが消えている。こうして見るとただの使い込まれた剣だ。まあ高価そうではあるが。
「おや? そんなに聖剣ハースニールを見つめてどうしたのかな? 君が欲しいと言ってもこれはあげられないよ。何しろ僕の命も同然、いやそれ以上だからね」
「やっぱりこいつ馬鹿だわ」
イアナ嬢が悪態をつくが小声だったからかシュナには聞かれなかったようだ。良し、トラブル回避。
俺は内心ヒヤヒヤしながら尋ねた。
「で、何の用だ?」
「それはだね」
ちら、とシュナがイアナ嬢を見遣る。
「僕がノーゼアにいる間はグランデ伯爵令嬢と組むつもりでいたんだけどね、それに君も加えてあげようと思ったのさ。君、なかなかに強かったよ。僕は実力のある者は素直に評価することにしているんだ。どうだい? とても名誉なことだろ? この僕に声をかけられるなんてそうそうないことなんだからね」
「……」
とても名誉なこと、じゃなくてとても迷惑なことの間違いでは?
何となく面倒くさくなりそうなので口にするのは止めておいた。
つーか、ギルドマスターが「いいぞ」てな感じに笑んでるのだが。俺、もしかしてかなりまずい状況?
「こいつ、あんたとは組まないわよ」
お、イアナ嬢、ナイスな発言だ。
俺が心の中で親指を立ててやると彼女は勝ち誇った口調で続けた。
「だって、こいつはあたしと組むんだから」
「……」
いやいやいやいや、俺はそんなこと一言も言ってないぞ。
こいつ、俺を従者にできないと判じたらパーティーメンバーとして組もうとしてやがる。
「じゃあ問題ないだろ? 僕と君たちとでパーティーを組めば全て丸く収まる。いやぁ、良かった良かった」
シュナがパチパチと両手を叩いた。おい、イアナ嬢がお前とは組まないって言ったのを聞いてなかったのか?どうしてその結論に達する。
「決まりだな」
一際大きな声でギルドマスターが告げた。
「雷の剣士シュナ、次代の聖女イアナ・グランデ、そしてジェイ・ハミルトン。この三人でのパーティー結成をノーゼアのギルドマスターであるウィッグ・ハーゲンの名の下に承認するぜ。おめでとう」
「ちょっ、何でこいつと……」
「俺は誰とも組む気はないんですが」
「いやぁ、めでたい。これでうちのギルドも安泰だ」
イアナ嬢と俺の言葉を完全に無視してギルドマスターがガハハと笑った。
ギルドマスターの宣言を歓迎するようにシュナがうんうんとうなずいている。
お、俺は一匹狼の方が気楽なのだが……くっ、シュナとギルド内で私闘なんてしていなければもっと強く拒否できるのに。
こうして、半ば強制的に俺たち三人はパーティーを組むことになったのであった。
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