第13話 俺のお嬢様は天使なのではないだろうか
翌日。
いつものように教会に行くとシスターエミリアこと俺のお嬢様が礼拝堂の前にいた。
手には白い布で包んだ何か。大きさはそれほどでもない。
「昨夜試しに作ってみたのですが……」
彼女はほんのりと頬を染めながら包みを差し出してきた。
おっと、お嬢様が俺にだと?
俺はちょい驚くがとりあえず面に出さぬよう努める。
受け取った包みは軽かった。そして、微かに甘い匂いがした。
「あ、ありがとうございます。あの、これは?」
「レーズン入りのクッキーです。実は乾燥の魔法をブラザーラモスが使えるということを知りまして、折角なのでレーズン作りに協力してもらいました」
「ええっと、レーズンとは?」
「ん? 干したブドウのことですよ?」
「……」
シスターエミリアこと俺のお嬢様は王都にいたころから時折変わったことをしていた。
公爵家の上下水道を改めたり俺や屋敷の料理人も聞いたことのない調理法を披露したり複雑な計算をあっという間に解いたり……もしかしたらお嬢様はこの世の者ではないのではないかと疑ったりしたものである。もちろん俺にとって天使のような存在でもあるのだからある意味特別なのかもしれないが。
学園にいた頃は学食のメニューとかも考えたりしていたなぁ。あのスープ料理……ラーメン、だったか? しょうゆとみそがないから塩ラーメンしか作れないとか嘆いていたっけ。俺にはよくわからない話だけど。
などと思い出しているとお嬢様が不安そうな顔をした。
「ひょっとして迷惑でしたか?」
「あ、いえ」
お嬢様からの贈り物が迷惑な訳がない。たとえそこらの小石だったとしてもお嬢様がくれた物なら俺は大切な宝物にするぞ。
「ち、ちょっと吃驚しただけです。あの、ブドウを干したのですか?」
ブドウといったらワインの材料にするかそのまま食べるかの二択しかないはずだ。干すなんて聞いたこともない。
俺は尋ねた。
「シスターエミリアはどこでそんな知識を得たのですか?」
「ふふっ、秘密です」
「……」
その笑顔があまりにも可愛過ぎて俺は追求できなくなってしまった。ずるい。
何だか反応に困ったので俺は自分の持っている包みに目を落とした。
「シスターエミリア、ここでこれを開けても?」
「ええ、どうぞ」
許可も下りたので俺は包みを解いてみる。ほんのりと甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
丸い形のクッキーは黄金色で数カ所に黒い物がある。この黒い物がレーズンとかいう乾しブドウだろう。黒といっても赤みがかった黒なので俺が普段口にしているブドウの名残はあった。とはいえブドウを干したりして本当に大丈夫なんだろうか。
ま、まあお嬢様が作ったのだから味に問題はない……よな?
クッキーを一枚摘まんでみる。
ちらとお嬢様に目を遣ると彼女はゆっくりとうなずいた。その表情にはまだ不安が残っている。俺の口に合うか自信がないのだろう。
一口囓るとサクッと小気味の良い音がした。口の中に甘味と香ばしさが広がっていく。アクセントのように味覚を刺激するのはレーズンの酸味だ。この酸味がクッキーの味の良さをさらに引き立てていた。
俺は一口、また一口と囓り続け、最後の一欠片を食べ終えると唸った。
「美味しいです。こんなに美味しい菓子は初めてです」
「そうですか、それは良かった」
ほっとしたようにお嬢様が微笑んだ。可愛い。
俺はもう一枚レーズン入りのクッキーを食べてから彼女に訊いた。
「このクッキーも売りに出すのですか?」
「もう少し数をこなせるようになれば、とは思うのですけどね。教会で販売できればいろいろと他に予算を回せるようになるかもしれませんし」
「なるほど」
辺境の教会はそれなりに資金繰りに苦労することもあるだろう。
実際、二年前にお嬢様がこの教会に来たばかりの頃は相当の資金不足に悩まされていたとか。お嬢様、それに新しく赴任したブラザーラモスのおかげで教会の金回りは見違えるように良くなった。特に上下水道の改修の技術や白くて柔らかなパンの製造販売は桁違いの利益を生んだとか。
お嬢様の素晴らしいところはそれらの技術を秘匿せずノーゼアの職人たちに惜しげもなく伝えたことだ。これによってノーゼアの生活水準まで上がったような気もする。
つーか、やっぱりお嬢様は天使なのでは?
俺ならそんなにホイホイ教えないぞ。
レーズン入りクッキーの件は教会内で乾燥の魔法を使えるのがブラザーラモスしかいないため大量生産できないという問題を抱えているようだった。そもそも乾燥の魔法自体があまり知られていない。大抵は風の魔法の一種である送風で代用できるからだ。
ただ、これだと乾燥の魔法ほど早く乾かないしレーズンの仕上がりも今一つらしいのだが。
俺は後でまた食べることにして礼拝を済ませた。
*
礼拝堂の長椅子に座ってお嬢様と少し話をする。
シスターキャロルが既に話してしまっているかもしれないが俺の口からきちんと伝えておかねばならなかった。
「事情があってカール王子側の人間とパーティーを組まなければならなくなりました」
「ああ、それならシスターキャロルから聞いています」
お嬢様は少し困ったように眉尻を下げた。
「奇妙な縁のようなものを感じますね。ですが、ギルドの意向なのでしょう? ジェイが悪い訳ではありません」
「おじ、シスターエミリア」
ついじーんとなってしまった俺は「お嬢様」と呼びそうになってしまう。慌てて言い直したけどな。
カール王子側の人間とパーティーを組んだことでてっきり批難されるかと思っていた自分が恥ずかしい。
お嬢様が中空に目を遣った。
「それにしてもこんな辺境に人を送るとはどんな目的があるのでしょうね。ミスリル鉱石? いえ、そんな物よりもっと価値のある物でないとあの人は見向きもしないでしょう。それにミスリル鉱石ならわざわざ人を寄越す必要もないでしょうし」
「……」
俺の脳裏に雷光石のことが浮かぶ。
あれならかなりレアだし価値はあるはずだ。掘り尽くされたミスリル鉱石よりもよほど欲しがるのではないか。
言ってみた。
「ひょっとすると雷光石が目当てかもしれませんね」
「ああ」
雷光石のことを知っていたらしくお嬢様がなるほどといったふうにうなずく。
さすがお嬢様。いろいろよくご存知で。
「雷光石なら雷の力を蓄えていますし、使いようによってはそこらの武器よりも危険ですね。となると魔道具に転用するつもりなのでしょうか?」
「……」
え?
あれかなり珍しい石だとは思ってたけどそんなにやばい物なの?
というか何でそんなこと知ってるんだ?
いや、お嬢様が頭が良いのは知ってるけど雷光石が雷の力を宿しているなんて誰でも知ってることじゃないぞ。
俺は目をぱちぱちさせた。
お嬢様は俺のそんな様子など気にもせずぶつぶつと小声でつぶやいている。どうやら雷光石をどう加工すれば魔道具にできるか思案しているようだ。
聞いたことのない言葉が並び俺は彼女が何を言っているのかわからなくなった。
「……雷光石の中の力を一度別の魔石に蓄積させつつ圧縮して、レンズで焦点を合わせるようにできればレーザーのようになりませんかね。あ、これだとどのくらい雷光石が要るか検証しないといけません。でもレーザーを作れたら武器だけじゃなくいろいろ使い道があるんですよねぇ。それこそ物の加工にも使えますし」
レ、レーザー?
レーザーって何だ?
どうやら武器や加工に使えるようだがそれが何なのか俺には想像もつかない。
俺がぽかんとしているとお嬢様がはっとした。
彼女は恥ずかしげにはにかむと言い訳するような口調で言った。
「と、とにかくジェイは私に気を遣わず自分のすべきことを全うしてください。いいですね?」
「……はい」
なぜか突っ込んではいけない気がして俺はそう返すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます