第8話 俺はあんたの引き立て役じゃないぞ
「あんたみたいなキザ野郎なんて願い下げだわ」
雷の剣士シュナの誘いをイアナ嬢が断る。
シュナはうーんと考える素振りをしてから言葉を重ねた。
「どうして僕を拒むのかよくわからないな。君は僧侶(プリースト)だろ? 僧兵(モンク)とも思えないしそう聞いてもいない。つまり後衛職だ。となると誰かしらの前衛が必要になる。だったら僕のような超優秀な剣士と組むべきなんじゃないのかい?」
「……」
うわっ。
こいつ、自分で超優秀なんて言いやがった。
とんでもない自惚れ屋だな。
俺がドン引きしている間もシュナはイアナ嬢を口説き落とそうとする。
「そうだね、例えばこれはどうかな? 一年ほど前になるんだけど僕はジャミリエンの大森林に棲む呪竜マンキンバイを倒したんだ。呪いのブレスで第三騎士団を壊滅に追い込んだあの呪竜を、だよ。それともナザール丘陵のキングバジリスクを討ち取った話の方がいいかな? あのときは石化の能力に気をつけながら戦ったから大変だったよ。何せキングバジリスクの石化能力は奴の視界の範囲内全てに適用されるからね。あと、火炎山の……」
訂正、こりゃただの自慢話だ。
俺が内心苦笑しているとイアナ嬢が口を開いた。
「随分とご活躍なのね」
「だろ?」
シュナが鼻を高くする。フフンという擬音が聞こえそうだ。
「そんな僕と組めるんだ、君は実にラッキーだよ」
「誰もあんたと組むとは言ってないわ」
「はぁ?」
シュナが目を丸くする。
イアナ嬢は嫌悪感を隠そうともせず告げた。
「あたし、キザな男って嫌いだけど自慢屋も嫌いなのよね。別に過去の戦績なんてどうでもいいし。だいいちあんたは剣士なんでしょ? 口を動かす暇があったら討伐クエストの一つでもこなしてきなさいよ」
フン、と彼女は鼻を鳴らした。
「どうせ口ばっかりで功績も誰かの手柄を横取りしただけなんでしょ? あたし、そういう奴らを王都の教会で散々見てきたのよね。本当に反吐が出るわ」
「……」
シュナだけではなく俺まで口をぽかんとさせてしまった。
イアナ嬢、容赦ないな。
しばし口を開いたまま呆然としていたシュナだったが復帰したのかぶるぶると頭を振った。すっかりへし折られたプライドも取り戻したのか、あるいは虚勢を張っているのかその面にスマイルを貼り付けている。
彼は鼻を少し上げた。
「ぼ、僕はそんな卑しい輩とは違うよ。僕の戦績はまごうことなく僕の物だ。それはこの聖剣ハースニールを賭けてもいい」
「別にそんな使い古された剣なんて要らないわよ」
「……」
イアナ嬢。
もうちょい、話に付き合ってやろうとか思わないか?
ちょっとシュナのことが可哀想になってきたぞ。
などと俺が哀れみの視線を向けているとシュナが剣を抜いた。聖剣なんて大層な呼び方をしているだけあって刀身から淡い光を発している。
おおっ、こいつは凄いな。ランクSとまではいかないがAプラスくらいの価値があるぞ。
ちなみに俺がお嬢様からいただいた剣はランクSマイナスだ。
ミスリル製の剣自体はそう珍しい物ではないが俺の剣は極めて純度の高いミスリルを使っているからな。さすがお嬢様、目利きもばっちりだぜ。
優越感に浸りかけた俺の意識をシュナの声が小突く。
「今のは聞き捨てならないな。温厚な僕でも聖剣ハースニールを侮辱されたとあっては黙っていられない。君、謝罪してくれないか? そうすれば僕も無駄な血を流さないで済む」
「どうしてあたしが謝らないといけないのよ」
「剣士にとって剣は命より大事だからね」
「あんた、馬鹿じゃないの?」
イアナ嬢の侮蔑の声がやけに冷たかった。怒りで熱くなっているシュナとは対照的だな。
おっと、呑気にしている場合じゃないか。
シュナが剣を一閃するよりも早く俺は防御結界を展開する。
一瞬のタイミングの差だった。見えない壁が金属質の音を響かせながらシュナの剣撃を阻む。
ぴきり。
あり得ないことに俺の防御結界の見えない壁にひびが入った。異層空間にまるでそれだけが浮いているかのようにひび割れが走ったのだ。
「……」
さすが聖剣といったところか。
それともシュナの技量がそれだけ凄いということか?
俺は魔力を注いで決壊を補修する。そう容易く破壊されたりはしないだろうが念には念を入れておかないとな。
イアナ嬢がこっちを睨んだ。
「余計なことを」と可愛らしい口が小さく動く。おいおい、助けてもらった癖にそれかよ。
イアナ嬢の視線を追ったのかシュナが俺に向いた。
「今のは君がやったのか?」
「……」
あーあ、やっぱそうなるよな。
面倒くせぇ。
とはいえ俺が助けなかったらイアナ嬢はシュナに斬られていただろう。
シュナが剣を構え直す。彼はイアナ嬢から俺へと攻撃対象を移したようだ。
聖剣ハースニールが刀身の光を濃くする。増加した光はバチバチとスパークし始めた……って、おい。
ここ、ギルドの中だぞ。
そんなところで何するつもりだ。
「イアナ・グランデ伯爵令嬢」
シュナの目が据わっていた。
「君の謝罪は後で受けよう。その前に僕の力を見せてあげる」
「……」
待て待て。
いい感じにアピールタイムに突入するんじゃねぇ。
俺はあんたの引き立て役じゃないぞ。
俺は周囲に目を走らせた。
俺たちを取り囲むようにして見ている冒険者たちにシュナを止めようとする者はいない。受付嬢をはじめとするギルド職員でさえも聖剣ハースニールに怖じ気づいたのか黙って見ているだけだった。
いや、なーんか「あいつなら一撃食らっても死なないよな」って感じでニヤニヤしてる職員が数人いるんだが。
お前ら後で覚えてろよ。
「いくぞっ!」
シュナが一声吠え、俺に斬りかかる。
一歩が大きい。あっという間に俺との距離を詰めてきた。
放電する剣を横振りにしてきたのを俺は避ける。シュナにギルドの中だという配慮は見当たらなかった。それどころか嬉々として剣を振るっているようだった。
「おいやめろ、こんなところでそんなやばい物をぶん回すんじゃねえ」
「心配ご無用。僕の聖剣ハースニールは僕が斬ろうとするものしか斬れない。だから、君以外の被害は出ないよ」
「……」
何それ。
ものすげぇご都合主義な剣なんですけど。
俺はバックステップでシュナの追撃を逃れる。バチバチと放電が頬を嘗めるがそれだけだ。要するに奴の狙った部位でなければ無害らしい。
てことはラッキーヒットの類はこの剣に限ってはないってことか。
凄い武器なんだろうけど難儀だなぁ。
だが、それなら……。
俺は身体強化の魔法を発動する。一瞬で青白い光が俺を包んで消えた。
胸の鼓動がアップテンポのリズムを奏でる。俺は全身に力が漲っていくのを感じた。意識と身体のスピードに差異を覚えるほど感覚が鋭敏になる。僅かな時間でその差を微調整して自分のコントロールを完全なものとする。
内なる声が何か囁くが聞こえない聞こえない。
俺は拳を握った。
両拳に薄らと黒い光が宿りグローブと化す。
俺は拳を放った。
シュナが聖剣ハースニールの刀身で受け止める。スパークが明滅し俺は目を細めた。だが、鋭くなった感覚でシュナの動きを把握する。
一度引いた剣を俊足で打ち出してくるシュナの攻撃をサイドステップと強化された拳の甲で受け流す。
俺の防御にシュナが舌打ちした。あからさまな怒りを俺に向け、怒号と共に大振りの剣で襲ってくる。
「それ」が俺の中で喚いた。
怒れ。
怒れ。
怒れ。
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