第7話 俺は彼女にいつかは勝てるようになりたい
翌日、昼よりも少し前。
俺がウィル教の教会に行くと聖堂に見知った顔が合った。俺と同じくらいの長身のやや陰気そうな印象のシスターだ。お嬢様とも年齢が近く、仲良くしている姿を幾度も目にしている。
「シスターエミリアなら朝からいませんよ」
俺の顔を見るなり彼女、シスターキャロルは言った。
彼女は元ライドナウ公爵家のメイドでお嬢様がノーゼアに行くときに一緒についてきていた。
ちなみにシスターキャロルは俺の父親である筆頭執事のダニエル・ハミルトンの指示で動いている。
「王都から来られた貴族様が呼んでいるとかでブラザーラモスと一緒に出かけました」
「王都からの貴族?」
なぜか真っ先にイアナ嬢の顔が浮かんだ。
俺は長椅子に座っていたシスターキャロルと失礼にならぬ程度に距離をとって腰を下ろした。
「その貴族が呼び付けてきたのか?」
「そう言ったつもりですが」
「で、その貴族って?」
「さあ、お名前までは存じませんね。でもこんな辺境の地に来られる方はそうそういないでしょうし、お調べになられたらすぐにわかるのでは?」
興味なさげな口調。
シスターキャロルが面倒そうに俺を横目で睨む。
「というかあなたはあの子を守っているのではないのですか? どうしてこの程度のことも知らないのですか?」
うっ、痛いところを突いてくるな。
「仕方ないだろ、幾ら俺でも把握できないことはあるんだ」
「怠慢ですね」
ばっさりだった。
シスターキャロルはふうとため息をつき、ゆっくりとした動きでこちらに首を向けた。それはもうこれこの上なく億劫だと言わんばかりの緩慢さだった。
「あの子がこのノーゼアの教会に身を寄せて二年。カール王子がメラニアを娶ったことでライドナウ家とその派閥を敵に回したというのは有名な話です」
「ただ娶っただけじゃないぞ。あいつらはお嬢様を侮辱したんだ」
「はい、アウト」
意地悪そうにシスターキャロルが口の端を上げた。
「あの子はもう公爵令嬢ではありませんよ。あの子もお嬢様呼ばわりは拒否していたのではないですか?」
「だが、俺にとってはお嬢様はお嬢様だ」
「開き直るのですね。存外に子供っぽいことで」
「……」
俺が言い返せずにいると彼女はもう一度ため息をついた。今度はかなり長い。
風が吹いたのだろう、聖堂の天窓が震えて小刻みな音を鳴らした。カタカタと響く音が俺を笑っているようにも聞こえる。
まあいいです、と一言つぶやいてシスターキャロルは続けた。
「あの子が公爵令嬢として王都に戻らない限りカール王子の正当性は認められたままでしょうね。逆を言えばもしあの子が王都に戻るようなことになればカール王子は」
「それができればこんな街に二年もいない」
俺が遮ると彼女は小さくうなずいた。
またカタカタと天窓が揺れる。俺はそんなに子供っぽいか?
シスターキャロルが不意に話題を変えた。
「ところで、雷に耐えるワイヴァーンがいるそうですね」
「ん? あ、ああ。そう滅多に出ないがいるのはいるぞ」
「そうですか。耐性はどのくらいなのですか?」
妙なことを訊くな。
「そうだな、俺も詳しくは知らないが大抵の雷撃は無効化するぞ。何せ雷の落ちる環境で生まれてくるからな」
ふむふむ、といった具合にシスターキャロルが首肯する。
俺は質問した。
「サンダーワイヴァーンが気になるのか?」
「気になるというか……実は昨日奇妙な話を耳にしましてね」
「奇妙な話?」
「ええ、冒険者の方からなのですがペドン山脈で雷を放つ石に囲まれたワイヴァーンの卵があったとか」
「……」
俺はデイブの店で聞いた話を思い出していた。
となると、出所はあの二人か?
いや、まさかな。
どうせただの偶然だろ。
「雷を放つ石というのは雷光石のことでしょうかね?」
「た、たぶんな」
僅かに動揺しつつ俺は応える。奇妙な偶然に出くわしたような気分だった。正直もう話を切り上げたい。お嬢様もいないしな。
「ジェイ・ハミルトン」
シスターキャロルが挑むように訊いてきた。
「仮にサンダーワイヴァーンがペドン山脈からこの街に降りてきたとして、あなたは勝てますか?」
「俺は強いぞ」
「それは存じています。ダニエル様が調教……ではなく教育したのですから強くて当たり前です。むしろ弱かったら私があなたを王都に強制送還しますよ」
シスターキャロルが表情も変えずに魔力を解放する。
そのあまりの濃厚さに俺は圧しかけた。冗談ではなく本気で潰されそうだ。
恐らく彼女にとっては軽く威圧しただけのつもりなのだろう。
だが、俺にとっては気を抜けない代物だった。公爵家の筆頭執事である父ダニエル・ハミルトンの配下なだけはある。
……ったく、とんでもない女をお嬢様の傍に置いたもんだぜ。
シスターキャロルの性格から考えると俺に出来る範囲のことはしないはずだ。だから彼女はあくまでも最終防衛的なお嬢様の護衛。
王都にいた頃、訓練の一環としてシスターキャロルと何度か模擬戦をしたことがある。俺は彼女に指一本触れることができなかった。一方的な戦績はちょっとしたトラウマものだ。
俺の心中が面に出ていたのだろう、魔力の解放を止めたシスターキャロルが付け加えた。
「気落ちしなくても大丈夫ですよ。私とあなたでは役割が違います。王城の近衛兵と地方の自警団ではその役割も違うでしょう? それと一緒です」
「……」
おいおい、あんたが近衛兵で俺は自警団かよ。
面白くはないが実力差を考慮するまでもなく認めざるを得なかった。現に俺は彼女に勝てたことがないのだから。
でも、いつか絶対にその澄ました顔を敗北感で歪めさせてやるからな。
*
教会で礼拝を済ませてから冒険者ギルドに行くとロビーが騒がしかった。
「どうしてあたしがあんたと組まないといけないのよ」
はい、騒動の元凶を確認。
イアナ嬢だ。
片手にメイスを握り締め、いつでも攻撃可能といった感じで相手の男を睨んでいる。
男は長い赤毛を首の後ろで纏めており、高価そうな金属製の鎧を身に付けていた。腰にはやはり高そうな長剣。一目でそこらの冒険者とは異なるとわかる。
それにしても美形だが生意気そうな顔だな。
大袈裟な身振りと手振りを交えながら男が言った。
「君はカール第一王子殿下の名の下に動いているのだろう? それは僕も同じだ。僕にはこの聖剣ハースニールがあるし、雷の精霊の加護もある。剣の腕も超一流だ。僕と組めば何の心配も無く任務を果たせると思うよ」
げっ。
こいつ、最後にウインクまでしやがった。
俺は思わずぞっとしてしまった。経験上、この手の輩は人の話を聞かないとわかっている。出来れば関わらずに済ませたい。
「おい、あそこにいるのは昨日ホワイトワイヴァーンを討伐した奴じゃないか?」
イアナ嬢たちを遠巻きにしていた冒険者たちの一人が指摘する。
おい、こっちに指を差すな。
わあ、やめろやめろ。皆でこっちを見るんじゃない。
「おや」
まずいことに赤毛が俺に興味を示した。彼は俺ににこりとするとその愛想の良さとは裏腹に挑発してくる。
「話は聞いてるよ。ホワイトワイヴァーンを倒すなんてどんな奴かと思ったら案外大したことなさそうなんだね。もっと屈強そうな戦士を想像していたよ」
「そりゃどうも」
見下されているのはわかっているので面白くないのだが、ここはあえてスルーする。
俺が淡泊に応えたからか赤毛の興味がイアナ嬢へと戻った。
「で、どうだい? 僕と組まないかい? 雷の剣士シュナと組めるなんてそうそうないよ。何せ僕の冒険者ランクはAだからね」
ふむ、こいつはAランクなのか。
だが雷の剣士シュナという名前は初耳だ。ひょっとすると最近になって頭角を現したのかもしれないな。
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