第6話 俺はギルドの操り人形になるつもりはない
ホワイトワイヴァーンを倒した俺は冒険者ギルドに呼び出された。
焦げ茶色の髪の愛想の良い女性職員に四階建てのギルドの三階にあるギルドマスターの部屋へと案内される。
「ギルドマスター、ハミルトンさんをお連れしました」
「おぅ、入ってくれ」
「失礼します」
女性職員は俺を部屋の中に導くとギルドマスターに一礼してから出て行った。
奥行きのある部屋は品の良い絨毯が敷かれており、執務机の他に応接用のローテーブルとソファーが置かれていた。壁には高名な画家の風景画が飾られている。
部屋の主、ギルドマスターのウィッグ・ハーゲンがその禿げ頭をキラリとさせた。
「まあ、とりあえずそこに座ってくれや」
彼は俺をソファーへと手で示しながら促す。
「お前さんがハミルトンかい」
「はい」
「ホワイトワイヴァーンを倒したんだって? あんまり覚えのない名前なんでな。悪いが一度話をしておこうと思った」
ギルドマスターは俺の向かいに腰を下ろした。鷲のような視線が俺を射貫く。鋭い眼光が全てを見定めようとしていた。
「聞けば素手だったんだって? その剣は使わないのか?」
「ぶん殴った方が早いので」
説明が面倒なのでそう答えた。
そうかい、と小さくうなずいてギルドマスターは口許を緩める。禿げ頭と右頬の大きな傷跡のせいでどこか悪役っぽいギルドマスターにそんな顔をされると妙に落ち着かなくなるな。
「ランクはまだDなんだろ? それでホワイトワイヴァーンをよく倒せたな」
「俺、強いので」
「ほう、強気だな。こいつは頼もしい」
ギルドマスターの笑みが広がった。彼は興味深そうに目を細める。
「ところで、昇級試験は受けないのかい?」
「先月Dランクになったばかりですし。そこまで昇級を急いでないんです」
冒険者のランクが上がるとそれだけ受けるクエストの種類が増えるが活動範囲も広くなる。
俺はお嬢様がいるノーゼアから離れたくなかった。彼女の危機にすぐさま駆けつけられるようにしておきたかった。
高ランクになるとギルドからの指名クエストに応じなければならなくなる。場合によっては数週間単位でノーゼアから離れるなんてクエストもあるのだ。冗談ではない。
今のランクなら遠出しなくても済む。一定期間内に成果を上げていないとランクを落としたり酷いときには冒険者資格を剥奪されてしまったりするのでそれなりにクエストをこなしていかなくてはならないが当面はどうにかなると俺は踏んでいた。
「雪解けの季節にペドン山脈の大規模討伐をやることになっている」
不意にギルドマスターが言った。
「お前さんも参加してくれるよな?」
その表情はとてつもなく悪い。おいおい、ここのギルドマスターは闇ギルドの人間じゃないだろうな。
俺はたっぷり考えてから答えた。
「……俺、あんまり人と組みたくないんですが」
大規模討伐となれば俺一人ではやらせてくれないだろう。どうしたって誰かしらと組まざるを得なくなる。
正直、面倒だ。
何より大規模討伐に参加したらノーゼアの街から離れてしまう。これはまずい。
断る理由を頭の中で並べてみるが今一つギルドマスターを納得させるには足らない気がする。何より俺の実力は他の奴らから伝わっているはずだ。どうしたって俺を大規模討伐に引っ張り込もうとするだろう。
お嬢様のいる教会に被害が及ぶ前に……と夢中でホワイトワイヴァーンを倒したのはまずかったのかもしれない。
今さらながら後悔の念が頭をよぎった。
「なぁ」
俺が渋っているとギルドマスターが身を乗り出した。どういう具合か妙に禿げ頭が光る。
「大規模討伐ともなれば高ランクの冒険者も顔を出す一大イベントだ。そんなところで功績を残せれば昇格や高ランク冒険者パーティーからのお誘いを望めたりするんだぜ? お前さんだってDランク程度で満足したくないだろ?」
「……」
いや、特にペナルティがなければ今のままでも構わないのだが。
喉まで出かかった言葉をすんでのところで飲み込む。余計なことは言わずにおいた方が吉だろう。
「それにな」
にやり。
ギルドマスターが露骨に笑んだ。
「この大規模討伐は偉いさんが注目している。それがどういう意味かお前さんならわかるだろ? すでにこのためにお忍びで王都から冒険者やら僧侶やらがこの街に集まっている。あのグランデ家の人間だって来ているんだ。これは相当な案件なんだぜ」
なるほど。
イアナ嬢はカール王子の命令で動いているようだがどうもこの大規模討伐とも関係しているようだな。
となるとカール王子の狙いは何だ?
俺には大規模討伐とカール王子の繋がりがよくわからなかった。どちらかというとカール王子はお嬢様絡みで関わって来ているような気がしてならない。
まあ、これはあくまでも俺の主観が強いからだろう。
もっと冷静に状況を分析できればカール王子の目的も見えてくるはずだ。
俺は膝の上で拳を握った。
ギルドマスターを見据える。
そんな俺に相対するみたいにギルドマスターが見返してきた。
「おっ、やる気になってきたか?」
「そうですね。ちょっと興味が沸いてきました」
カール王子は俺の敵だ。
お嬢様の屈辱は俺が晴らしてみせる。
その大規模討伐にカール王子がどう関わってきているか不明だが、奴の意思が何かしらの形でこのノーゼアに向いている以上無視する訳にはいかない。
俺は大規模討伐に参加することを決めた。
「わかりました。この話、受けます」
*
その後俺とギルドマスターは少し話をした。主にペドン山脈のワイヴァーンたちについてだ。
ワイヴァーンにもいろいろ種類があるし個体によっては信じられないくらいの戦闘力を有するものもいる。情報は必要だった。
「ペドン山脈にいるのは大半がランクC相当以上の強さを持つモンスターだ。ホワイトワイヴァーンやアイスベア、キラーウルフ、そしてもちろんドラゴンもいる」
「ドラゴンとはまだ戦ったことがありません」
出会ったことならある。
俺は中空に目をやる。一体のパープルドラゴンのことを思い出していた。
古き竜の生き残り。やたら光り物が好きでとても長く生きた竜とは思えぬ俗っぽさを持ったあいつ。
俺がまだガキの頃にそいつと出会っていた。
「ペドン山脈のドラゴンはそう簡単に姿を見せんよ。厄介なのはワイヴァーン共だ」
ギルドマスターの声が俺を現実に引き戻す。
「単体でも手こずるのにあいつらは群れを形成することもあるからな。今日の襲撃にしても一体だけだったから大した被害にならなかったがあれが群れだったらどうなっていたことか」
「大した被害にならなかった? 犠牲者も出ているんですよ?」
俺の感情に黒いものが混じりだした。
煽り始めてきたそれを無視しようと努める。
俺はできるだけ静かに話そうと心がけた。
「ギルドマスターにとっては小さな被害かもしれません。ですが個々の冒険者にとっては命がかかっているんです。亡くなった奴に至っては取り返しのつかないことになっている。それでも大した被害ではないと言えますか?」
強く、強く拳を握った。
内なる怒りが染み出して拳を黒くするのではないかと思える程衝動が増していた。
俺にとってはお嬢様が一番だ。
だが、この世に生きる者として命がどれだけ尊いものかということを俺は知っている。必要に応じて命のやりとりをしなければならない世界だからこそ命を重く考えねばならないのだ。
だから、俺は口でこそ他人はどうでもいいと言っている割にできるだけ犠牲を出さないよう気をつけている。まあ、無理なときはどうしようもないが。命ある限りいつかは死ぬものだ。
ギルドマスターが眉を上げた。
「俺に意見か。生意気だな」
「……」
怯まずにいるとふっとギルドマスターは短く笑った。面白いものを見つけたという感じだった。
「いいさ、お前さんが俺にどう思おうと知ったことじゃねぇ。俺にとって重要なのはお前さんがギルドの役に立つかどうかだ」
「……俺はギルドの操り人形になるつもりはありませんよ」
「はっきり言ってくれるねぇ。だが、それはそれで面白い」
にいっとギルドマスターは俺に笑いかけた。
「大規模討伐の日が楽しみになっちまったよ」
「……」
あ、これはやばい予感がする。
俺は早くも大規模討伐に不安を感じるのであった。
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