第5話 俺は剣と魔法ではなく拳と魔法で戦う
「何なのよあの化け物。というかブレスなんか吐かせてるんじゃないわよ」
イアナ嬢の悪態が彼女の生存を教えてくれる。
さすがグランデ家のご令嬢、と感心しながら俺は薄まっていく煙の先のホワイトワイヴァーンを探した。
ホワイトワイヴァーンは俺から少し離れた空中にいた。水平に両翼を広げ、滑るように空を飛んでいる。
胸のあたりに俺の殴った痕が薄らと残っていた。致命傷にはまだまだ遠い。ドラゴンより格下のワイヴァーンだがそれでも人間が楽に勝てる相手ではないということだ。
俺は自分の張った結界を維持しつつホワイトワイヴァーンが攻撃範囲に入って来るのを待った。
魔法を撃つことはできない。
俺にその手の攻撃魔法を使えないというのもあるが、そもそも人間は一度に二つまでしか魔法を使えないからだ。それがこの世界のルールであり限界だった。他の種族の中には三つ以上使ってくるものもいるがそれは人間でないのだから別物として考えなくてはいけない。
「負傷者は下がれ!」
「誰か僧侶はいないか。こっちに重傷者がいるっ!」
「ポーションだっ。ポーションを分けてくれ!」
方々で声が上がる。
俺はイアナ嬢が一番近い負傷者に走り寄っていくのを知覚した。いちいちそんなもの見なくてもわかる。
すぐに彼女の治癒魔法が発動した。
イアナ嬢の魔力はなかなかのものらしい。離れた位置にいる俺にもその凄さが伝わってくる。他の冒険者たちのどよめきも聞こえるしな。
ホワイトワイヴァーンが再び首をこちらに向けた。
大きく口を広げ、その喉奥に光を宿らせる。
また冷気のブレス?
いや、あれは違う。
俺は叫んだ。
「魔法が来るぞ!」
ワイヴァーンの類は物理やブレスだけではなく魔法で攻撃してくる。
よく知られているのは風魔法だ。高速の風の刃は目に見えず魔力感知できる者でなければ避けることは不可能だろう。
そしてホワイトワイヴァーンは……。
喉奥から吹き出るように白い光が放たれる。それは決して風魔法ではなかった。とてつもない冷たさの光は大気をも冷やし、きらきらとした微細な氷の粒を生んだ。
無数の氷の粒を巻き込んで白い光は氷結の渦へと変化する。
螺旋を描きながらその渦は俺たちへと迫った。
だがそれも俺の張った防御結界には敵わない。
間近まで届いた氷結の渦は金属音のような音を響かせながら結界に阻まれる。恐らく氷魔法らしきホワイトワイヴァーンの攻撃は俺の前では無力だった。
「もうっ、こっちは怪我人治してるんだから邪魔すんな!」
おっと、イアナ嬢にも効かないか。
真っ白な視界の中で聞こえてくる彼女の声に俺は苦笑した。こうなってくるとホワイトワイヴァーンの強さが大したことないようにも錯覚してしまうな。
魔法の連射はできないらしくホワイトワイヴァーンが一時離脱するように俺たちから離れる。
イアナ嬢が怒鳴った。
「あんたたち、手を休めないで攻撃しなさいよ! 攻撃は最大の防御よっ!」
「お、おうっ」
気圧された冒険者たちが弓を構え、あるいは詠唱を開始する。
手の空いている者は救護に回った。
度重なるホワイトワイヴァーンの攻撃で周囲の気温は下がりきっている。半ば氷塊と化した冒険者の数人はもう助からないだろう。
俺はちらと教会のある方向を見遣った。戦場は教会のある高台から距離があるがだからといって油断はできない。
もし何かのきっかけでホワイトワイヴァーンが教会を襲いに行ったら……そんなのまずいなんてもんじゃない。
ここで奴を仕留めなくては。
俺はそう決心し拳を握り直す。
腰にはミスリル製の剣があるが抜く気はない。俺にはこの拳がある。使わない剣をなぜ腰にぶら下げているかと言うとそれはこの剣がお嬢様からいただいた物だからだ。
しかし、うっかり使って刃こぼれでも起こしたら堪らない。お嬢様は心優しいから許してくれるだろうが俺が自分を許せなくなる。
ならば他の武器を選べばいいという意見もあるかもしれないがお嬢様がわざわざ俺のために用意してくれた剣なんだぞ。他の武器なんて使える訳がない。
ということで俺は剣ではなく拳で戦うことにしている。
ホワイトワイヴァーンが冒険者たちの攻撃を躱し、一回転するようにその身を翻す。
キラリとその眼が光ったような気がした。
やばい、と判じた俺は怒鳴る。
「避けろっ!」
ホワイトワイヴァーンの両翼から何かが発したのを直感的に理解する。
それは空気をも切り裂いた。反応に遅れた冒険者たちが全身から血を吹き出して次々と倒れていく。まるで見えない刃で上から斬られたかのようだ……いや、実際斬られているのだが。
「あれが奴の風魔法、か?」
俺の呟きに応える者はいない。
ホワイトワイヴァーンの攻撃にさらなる脅威を覚えたらしき冒険者が今まで以上に必死になって反撃する。波のように矢と魔法がホワイトワイヴァーンを襲った。魔法は大半が火炎系だ。やはり氷や水系を撃つ者はほとんどいない。俺も使うなら火炎系だ。
ホワイトワイヴァーンはそれらを一つとして食らうことなく空中で華麗なダンスを踊る。俺から受けたダメージも短時間で回復させたようだ。胸のあたりにあった痕も綺麗に消えている。
ホワイトワイヴァーンが口を開けた。
ブレスか、と俺が周りに注意喚起しようとした時……。
重々しい鐘の音が響いた。
午後一番の鐘の音だと理解するのに数秒かかる。はっとした時…、ホワイトワイヴァーンはブレスをまだ吐いていなかった。突然の轟音に吃驚したかのように固まっている。
いや、あれは違う。
俺は教会でお嬢様から聞いた話を思い出した。あれは教会の鐘に施した魔除けの刻印の効果だ。その影響でホワイトワイヴァーンが動きを止めたのだ。
……にしてもすごい効果だな。
おっと、こっちまで動きを止めてどうする。これは好機だぞ。
俺は防御結界を一時的に解いてジャンプした。
身体強化魔法と黒い光のグローブの影響により常人を超える力を得た跳躍力は容易にホワイトワイヴァーンの元へと俺を運ぶ。
再び間近にした敵は最初の印象より間抜けに見えた。
地上では沢山の仲間が傷を負い、命を落とした者もいる。
眼前の敵は決して弱くはない。むしろ強敵だろう。
だが。
食らえっ!
俺は拳を握り締め、ホワイトワイヴァーンの首を連打した。あえて頭部は狙わない。ワイヴァーンの類の頭部は素材として使える部位が沢山あるからだ。
一撃だけでは致命傷にはならない。
しかし、同じ位置に何十発、何百発とぶち込んだら?
俺は一切の慈悲もなく拳を振り続ける。ホワイトワイヴァーンの硬い鱗を叩いているのに拳は全く痛くならない。繰り返す殴打は一発放つ度にその速度を速め、俺自身の目でも無数の残像が見えるのみだった。
ボゴッ!
首の鱗を凹ませ、それでも止めなかった拳は骨にまでその打撃を加える。衝撃に耐えられなくなった首の骨は無残にも折れた。
ホワイトワイヴァーンが断末魔の叫びもなく地に落ちていく。
ワイヴァーンの類と戦うのは初めてだったがこうなってみるとあっけないものだな、と俺は落下するホワイトワイヴァーンを目で追いながら思った。
下にいた冒険者たちが巻き添えにならぬように散り散りに避難する。それでも間に合わなさそうな者は大声で助けを求めている。俺の防御結界の強度なら落ちてくるホワイトワイヴァーンを受け止めるくらいどうということもないのだが、生憎結界を張るには距離が遠い。ついでに時間も足りない。
ちなみに俺の防御結界は俺を中心として発動するため効果範囲は案外狭い。強度が突出している分範囲に難があるのだ。
あ、これやばい。
ちょい死人が増える。
ちらと頭の隅で「責任問題」の文字が浮かぶ。俺がホワイトワイヴァーンを殴り殺したのは多くの者が見ている。お嬢様に被害が及ばぬよう必死で戦った結果なのだがそれで死者を出して良いとはならないだろう。
突然、ホワイトワイヴァーンの落下地点とその周辺が金色の光に包まれた。
まばゆい光に俺は目を細める。記憶にある光だった。ただ、規模は俺のものよりずっと広い。その魔法を行使する者にも覚えがあった。
俺のよりも範囲の広い防御結界は落ちたホワイトワイヴァーンを楽々と受け止め一人の被害者も出さなかった。つまりは俺の防御結界よりも遥かに高性能。
くっ、さすがはグランデ家。
ホワイトワイヴァーンの死体に隠れてその姿を視認できなかったが、俺にはイアナ嬢が得意げにフフンと鼻を高くしているのがわかるのであった。
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