第4話 俺にとってカール王子側の人間は敵だ

 俺は質問を変える。


「あんたはカール王子の命令でここに来たのか?」

「……」

「どうなんだ?」


 イアナ嬢が答えないので俺は語気を強めた。


 もしイアナ嬢がカール王子側の人間だというのなら、彼女は俺の敵だ。


「そ、そんなのあんたには関係ないでしょ」


 この言葉で彼女が俺のことを本当に知らないのだとわかった。


 ひょっとしたら俺がライドナウ公爵家の元執事だと知った上で近づいてきたのではないかと疑っていたのだが考え過ぎだったようだ。


 さて、どうしようか。


 このまま感情に任せて彼女を追い詰めてもお嬢様のためにはならないのかもしれない。口を割るとも思えないしな。


 むしろ、今は泳がせて目的をはっきりさせるべきではないだろうか。


 俺はエールをあおった。


 どん、とカウンターに木製のコップを置く。


 深く息をついた。


「そうだな、俺は無関係だ。すまん、要らぬ質問だった」

「わ、わかってくれたのならそれでいいわよ」


 イアナ嬢の表情から緊張が薄まる。


 小さな声で。


「私だってあんな奴の命令なんて聞きたくないわよ」


 その発言はスルーした。


 どうやら完全に俺の敵って訳でもないようだしな。


 *


 しばらく気まずい空気のまま食事を続けた(俺はエールを飲んでいただけだが)。


 料理を食べ終え、ふうと息をつくとイアナ嬢が横目で俺を見た。


「あんた、冒険者なのよね」

「ああ」

「どのくらいやってるの?」

「二年だな」


 調べたらわかることなので教えた。


 ふぅん、と自分で訊いてきた癖に彼女の反応は薄い。


 俺はやれやれと思いつつエールを飲んだ。今日は飲み過ぎだな。


「冒険者になる前は何してたの?」


 その問いには今は答えられないな。


 俺はにやりと笑って見せた。


「覚えてないな」

「あっそ」


 意外なことにイアナ嬢はあっさり引いた。もっとしつこく訊いてくるかと思ったのだがこれは予想外だ。


 俺の驚きは表情に出ていたのだろう。クスクスと彼女が笑う。


「言いたくないなら無理には聞かないわ。どうせ大した経歴じゃないんでしょ」

「酷い言われようだな」

「だって、あんたからは落ちぶれた匂いがするし」

「どんな匂いだよ」


 イアナ嬢が声を上げて笑った。


 俺は嘆息してまた一口エールをのむ。つまみも頼んでおけば良かったかなと少し後悔。


 ひとしきり笑ったイアナ嬢は真面目な顔になり、声のトーンを下げた。


「王都で聞いたんだけどノーゼアってあのミリアリア・ライドナウのいる教会があるんでしょ?」


 あの、というところに忌避の意味を俺は感じた。どうやら王都ではお嬢様の話題はタブーだったようだ。


 俺のお嬢様ことミリアリア・ライドナウ……現在はシスターエミリアは二年前の秋の学園祭でカール王子に婚約破棄されていた。学園は王都にあり、婚約破棄と同時に行われた断罪によりお嬢様は学園と王都から追放されている。


 ライドナウ公爵家が国王と強い繋がりのある高位貴族でなかったならお家断絶もあったかもしれない。お嬢様を家から出すことに当初は難色を示していた公爵様も最終的には折れた。家を守るためには仕方がなかった。そのくらいカール王子からの追求は執拗だったのである。


 お嬢様はノーゼアの教会に身を寄せた。


 公表されてはいないが知っている者は知っている情報である。


 さて、このイアナ嬢はどこまで知っているんだ?


 俺は彼女の表情や仕草を観察した。


 真っ直ぐこちらを見据える目は本当にお嬢様のことをよく知らないようでもある。


 コツコツと指でカウンターを叩く姿は十分な情報が無くて苛ついているようにも見えた。


 俺は彼女に真意を確かめようと向き直る。カール王子の命令で動いているようだが、それならそれで利用できるものなら利用しようと思った。


 問題は俺がどこまでやれるかだが。


「イアナ嬢……」


 声をかけたとき、甲高い金属音が鳴った。


 カンカンカンと規則的なリズムで鳴り響くそれは半鐘の音だ。


「ワイヴァーンの襲撃だぁ!」


 店の外で誰かが大声で叫んでいる。


 前触れのない展開にぎょっとしつつも俺はエールを飲み干した。


 店内の客の何人かが得物を手に店から飛び出していく。ある者はワイヴァーンの急襲を罵り、またある者は自分の武功を上げようと威勢のよい声を発した。店内だけでなく外も大分騒がしい。カンカンカンと半鐘の音が一層強くなった。


 イアナ嬢が腰を浮かす。


「私も出るわ」

「止めとけ、伯爵令嬢の出る幕じゃない」

「あんたは出ないの?」


 彼女の目が半眼になった。


「冒険者なんでしょ?」


 その言葉には「冒険者なら必ず街の脅威と戦うべし」といったニュアンスがあった。


 それにはかなり反論したいところだがどうやらそんな暇はなさそうだ。


 ビリビリと何か威圧感のようなものを感じて俺はそちらへと顔を向けた。もちろんまだ店の中なので外の様子は見えない。方向的に都の北川だ。


 これは……。


 俺は素早く店を出た。背後でイアナ嬢の声が聞こえるが無視だ。


「弓を持っている者は射撃用意!」

「魔術師はさっさと詠唱を始めろ」

「戦えない奴は石壁の建物の奥に避難しろ!」


 居合わせた冒険者の何人かが大声で指示している。まだこの街の騎士団の警備隊は駆けつけていないようだ。ここまで展開が早いと警備隊の準備も追いつかないらしい。


 巨大な影が彼らの頭上を行き過ぎる。びゅうと強い風が吹いた。


 俺が空を見上げると灰色の分厚い雲を背にした白い飛竜が見えた。二頭立ての馬車五台分はある大きさだ。つまりは成竜。幼体ではなく成体のホワイトワイヴァーン。


 俺は迷うことなく身体強化の魔法を使った。


 一瞬青白い光が身体を包んで、消える。


 俺は力が漲ってくるのを感じた。心臓の鼓動がアップテンポのリズムを刻んでいる。熱を帯びた血液が全身を駆け巡っているような錯覚を覚えた。


「嘘っ、無詠唱?」


 遅れて外に出たイアナ嬢の声が聞こえる。


 それには構わず拳をぎゅっと握った。拳を覆うように黒い光が発現し黒色のグローブと化す。それは俺の身に宿るある存在の力によって形成されていた。


 俺は空を飛び回るホワイトワイヴァーンを凝視する。攻撃らしい攻撃をしてこないがあんな化け物が街中を飛んでいたらその風圧だけで被害を出しかねない。


 何より、お嬢様に危機が及ぶかもしれない。


 それだけは避けないと。


 間近までホワイトワイヴァーンが迫る。


 俺は地を蹴って跳躍した。


 身体強化魔法と黒いグローブの力によって強化された身体は常人の数倍の跳躍力を生んで俺を空へと運ぶ。上昇した勢いをそのままに俺はホワイトワイヴァーンの胸のあたりに拳を打ち込んだ。


 硬い鱗の感触とともにゴツッと音がした。打撃は衝撃となってダメージを与えたのかホワイトワイヴァーンが悲鳴のような咆哮を上げる。


 耳をつんざくような咆哮に俺は顔をしかめた。もうちょっとヤワな奴なら気絶してもおかしくない大音量の暴力だ。


「ウダァッ!」


 さっきとほぼ同じ位置にさらに一撃加えた俺は地上へと落下する。着地と同時に周囲の射手と魔法使いが弓と魔法を撃ち込んだ。一斉射撃となった攻撃がホワイトワイヴァーンを襲う。


 だが、ホワイトワイヴァーンはその飛翔速度を速めて全て躱した。急速に高度を上げたホワイトワイヴァーンが俺たちへと首を傾けて口を大きく開く。


「ブレスが来るぞ」


 俺はそう叫んで防御結界を張った。


 金色の粒子を帯びた魔力の壁が俺を中心にドーム状に広がる。理論上はドラゴンのブレスにも堪えられるという防御結界だ。ただし、この結界は広さに限界があるので全員を守ることはできない。せいぜい付近の数人を保護するのが精一杯だ。


「また無詠唱、それも結界魔法?」


 イアナ嬢のことは放置だ。


 ホワイトワイヴァーンの口内が淡く光り、一筋のブレスとなって放たれる。それは冷気のブレスで周辺の温度をさらに冷やすほどの冷たさだった。


 視界が真っ白に煙り俺は気を張りつつ煙りが晴れるのを待つ。ブレスにやられた冒険者たちの悲鳴と怒号が木霊した。あんなもの食らってたまるかと内心で毒づく。

 

 

 

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