第3話 俺の好みのタイプはあんたみたいな女じゃない

 デイブの店で食事を終えて外へ。


 腹も満たされたので少しだけ気分が良くなる。


 俺はノーゼアの街並みを見ながら常宿へと向かった。俺が泊まっているのは中堅クラス以上の冒険者が利用するようなやや宿賃の高い所だ。金はかかるが風呂付きだしお湯も安定して使えるので俺は気に入っている。


 その宿「銀の鈴亭」の前に二頭立ての馬車が停まっていた。


 貴族、それも高位貴族が所有していそうな豪華な馬車だ。繊細な装飾が施されており相当に名のある家のものだとわかる。御者の身なりだって立派だ。


「おっ、こいつは驚いた」


 近づいて見ると一応お忍びのつもりなのか装飾に隠れるように家の紋章があった。水と血と知恵を示す三つの色違いの円と双頭の竜のデザインの紋章はグランデ家のものだ。


 グランデ家は枢機卿や大司教を多数輩出している名家である。王都はもちろんここノーゼアでもその名を知らぬ者はいないだろう。


 そんな家の関係者がどうしてこの宿に?


 俺が首を傾げていると銀の鈴亭の奥から男女が現れた。


 白と水色を基調としたウィル教の僧衣姿の女性が追い払うように初老の男性の背中を両手で押している。男性の格好はいかにもといった風な執事服。おいおい本当は素性を隠す気なんてないだろ。


「ほらほら、荷物も置いたんだからもう帰った帰った」

「いえイアナ様、私も伯爵様に命じられている以上お側から離れる訳には」

「父様にはあたしの書いた手紙に一筆添えてあるから。だからはい、さようなら」

「そんなぁ」


 おや、どうやらあの娘はグランデ家のご令嬢らしいぞ。


 グランデ家と言えば確か娘が三人いたはずだ。長女は婿をもらったそうだし三女はまだ十歳にも満たない子供と聞いている。


 となるとあれは八年前に九歳で教会に入ったとかいう次女か。ええっと、イアナって言ってたよな。


 などと考えていたら鋭い視線が飛んできた。


 ついでに声も飛んでくる。


「あんた、何見てるのよ」


 イアナ嬢だ。


 すげぇこっち睨んでる。


「見世物じゃないのよ。あっち行きなさいよ」

「……」


 いや、そこ俺の常宿だし。


 そう応えたかったが不覚にも気圧された。


 返事をできずにいるとイアナ嬢がふんと鼻息を荒くした。力任せに執事姿の男を馬車の方へと押しやる。彼女がくいと顎をしゃくると執事姿の男は諦めたようにのろのろと馬車へと乗り込んだ。


 馬車の窓が開く。


「イアナ様、くれぐれも無茶はおやめくださいね」

「大丈夫大丈夫、死なない程度には自重するから」

「全く大丈夫そうには聞こえないのですが」

「心配しすぎるとまた胃を痛めるわよ」


 イアナ嬢はにっこりとして言った。


 ……また?


 おい、まさかその人の前回の胃痛の原因ってあんたじゃないだろうな?


 口に出してつっこみたいところだが再度イアナ嬢に睨まれたのでやめておいた。


 御者が手綱を引くと二頭立ての馬車が動き出し、にこにこ顔になったイアナ嬢が手を振ってそれを見送る。


 それはいいのだが、彼女が立っているのは銀の鈴亭の真ん前。


 正直、邪魔である。


 どうしたものかと思案しているとイアナ嬢が睨んできた。


「まだそこにいたの? もしかして暇なの? ひょっとしてあたしにたかろうとしてる? 小銭でも恵んでもらいたいとか考えてる?」

「……」


 見ず知らずの相手に全く容赦がないイアナ嬢に俺は言葉を失った。


 というかこの娘本当に伯爵令嬢か?


 俺が疑念に思っていると彼女はふんと鼻を鳴らした。貴族のご令嬢にあるまじき態度だ。まあ品位の無さは薄々わかっていたけどな。


「どこの誰だか知らないけどあたしに興味を持っても無駄よ。あたし、あんたみたいのはタイプじゃないから」

「……」


 それはこっちのセリフだ。


 喉まで出かかった言葉を俺はどうにか飲み込む。そんなことを口にしたら間違いなくイアナ嬢とトラブることになるだろう。面倒事は御免だ。


 だが、しばらく俺を睨み続けていたイアナ嬢は急にふっと笑みこちらに近づいてきた。


「でもまあ」


 とても悪い笑顔で。


「あたし、この街に来たばかりでお店とか全然知らないのよね。だからあんたに食事を誘わせてあげる」

「はぁ?」


 こいつ俺にたかる気か。


 とんでもないご令嬢だな。


 だいいち、俺はタイプじゃないんだろ?


「あたしの名はイアナ。ご覧の通り僧侶(プリースト)よ。で、あんたは?」

「ジェイだ。この街で冒険者をやっている」


 隠すことでもないので教えてやった。それにもし隠しても彼女がグランデ家の人間である以上その気になって調べられたらいずればれることだ。


「へぇ、冒険者なの。ランクは?」

「D」


 これも調べればすぐにわかることだ。


 イアナ嬢の笑みが広がった。うわぁ、すっげぇ邪悪な笑みだ。僧侶がそんな顔していいのかよ。


「あんたみたいのがDランクなのね。うん、わかった。続きはお店で聞く」

「……」


 俺ははぁっとため息をついた。吐き出された白い息が僅かな時間で霧散する。


「大した店じゃないぞ」


 *


 再びデイブの店。


 俺は空いていたカウンター席にイアナ嬢と並んで座っていた。目の前には本日店主お薦めの紅魚料理。ただし俺の分はない。何しろ食事してから間がないからな。エールだけで十分だ。


「あたし、僧侶と言ってもまだ司教クラスなのよ」


 イアナ嬢は自分がまだまだであるといった体で自慢をぶっ込んできた。


 通常僧侶が司教になるには十五年はかかる。それをまだ少女のイアナ嬢がなれたというなら異例中の異例と呼ぶべきだろう。


 さすがはグランデ家というべきか。


「周囲は将来有望とか次代の聖女とか持てはやしてくるけどちょっとねぇ、あんまり大したことしてないのに変に目立つのは嫌なのよね」

「……」


 いや、あんたの性格だと喋るだけで目立つと思うぞ。


 とはもちろん言わず。


 代わりに。


「それだけまわりに期待されてるってことじゃないのか? 何も期待されてないよりはよっぽどマシだろ」

「それもそうなんだけどねぇ」


 落ち着いて喋ってみるとイアナ嬢はさして攻撃的ではなかった。銀の鈴亭の前での態度は執事の件で少々気が立っていたからなのだろう。


「そもそもウィル教の上層部にうちの親族が多すぎるのよ。そのせいでやたらと期待値が上がっちゃってるのよね。グランデ家の令嬢ってだけで妙に特別扱いしているきらいもあるし。次代の聖女云々もそれが原因だと思うの」

「お、身内批判か」

「批判っていうか……」


 イアナ嬢は苦笑した。


「なまじあんな家に生まれると苦労するのよ。まぁ、あんたにはわからないでしょうけど」

「そうだな」


 というか自分がグランデ家の人間ってばらしていいのか? 今さらだが。


 訊いてみた。


「ここにはお忍びで来ているんじゃないのか?」

「え」


 頓狂な声。


 イアナ嬢はぱちぱちと目を瞬くとやがて今気づいたかのように「あっ」と声を漏らした。


「べべべ別にお忍びなんかじゃないわよ」

「……」


 その割にはえらく目が泳いでいるぞ。


 イアナ嬢はわたわたと右手を左右に振った。酷く声が上擦っている。すごい狼狽えっぷりだ。


「グランデ家の人間だってばれないように馬車の家紋も装飾で偽装したとか、宿の主にお金を積んで口止めしたとかそんなことしてないんだからね」

「……」


 おいおい、動揺し過ぎて自爆してるぞ。


 というかそんなことするならもっと他のことも気にしろよ。


 あの馬車とか執事とか見たらグランデ家かどうかはともかく高位貴族だってばれるぞ。


「ここに来たのもカール王子の……あ」


 彼女は両手で口を塞いだ。


 しまった、という表情で俺から目を逸らす。


 俺は自分の中にどす黒いものが沸いてくるのを意識しつつ質問した。


「カール王子ってあのカール王子か?」


 イアナ嬢は目を合わせようとしない。


 短い沈黙が流れた。

 

 

 

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