2 ―選択―

 この少し前。クライドは一人、職員室の隣にある学長室を訪れていた。


「わざわざこんな時に呼び出してすまないな、クライド君」

「いえ。問題ないです。元はと言えば俺が原因なんで」


 深く椅子に腰かけた学長のエリアスがこちらを出迎える。


「やはり早く伝えるべきだと思ってね。分かっているだろう。君の処遇についてだ」


 知っている。だからもう、腹は括ってある。


「先日、君が相談に来た時は目を疑ったものだ。少なくとも、面接の時は間違いなく二層冠ダブルだったのだから。今でもまだ、信じ難い光景だ」


 エリアスから向けられた厳しい眼差しは、刃の切っ先のように鋭くて。



「まさか君が、単層冠シングル冠級降格ランクダウンしていたとはな」



 今更驚きはしない。原因なんて知れている。

 半年前、歪みきった自分の応冠をどうにかするために、耀心の応冠を模倣した。そして、その偽物の器の中に、自分の応冠を押し込めた。結果生まれたのが、荊に覆われた歪な応冠だった。だから、二層あったのだ。

 そして、ルイーズとの衝突で外層が砕け散ってしまった今、その頭上には円環の蛇を象った青の冠が浮かんでいる。


「あの校長。前置きはやめて、シンプルにいきましょう。俺は結局、どうなるんですか?」

「ああ失礼。では、単刀直入に言おう」


 微かな希望を信じて、次の言葉を待つ。 



「君の特待生資格は取り消しだ」



 駄目だった。だが、意外と衝撃は大きくない。当然だ。元々覚悟はできていたのだから。


「我々の学園が求めるのは、『優秀なハイアーズであること』だ。君の場合、〈ルーツ〉からの唯一の生還者という点が、これに合致していた」


 淡々と、エリアスが理由を述べる。


「だがルーツショック以降、多くのハイアーズが〈ルーツ〉にエントリーして生還を果たしている。最早君だけが特別ではないのだよ」


 そう。自分は特別じゃない。ただの勘違い野郎だ。


「そして、今や君は単層冠シングルだ。流石に同じ待遇では、他の特待生に示しがつかない」

「そう……ですね。学長のおっしゃることは、もっともだと思います。それでは荷物をまとめます」


 落胆と共に扉へと向かう。これでお終いだ。そう、何もかも全部――。


「おや? 落ち着き給え。まだ話は終わっていない」

「えっ、でも……」


 ここから一体どう巻き返せるというのだろうか。


「確かに、学園に相応しくない者には退学や転学を勧めている。君に対しても、当初同様の措置が検討されていた」


 そう言ったエリアスの口角が少し上がる。何か良いことでもあったみたいに。


「しかし、事情が少々変わったのものでね」


 ひらりと学長が取り出したのは、数枚の紙束だった。


「ここに四枚の嘆願書がある。つい昨日、各寮の代表たちから提出されたものだ」

「そんな……。あいつらがなんで……」

「ふむ。その様子だと君の差し金ではないのだな。面白い。おそらく、彼らの内の誰かが他の三人に呼びかけたのだろう。君がこうなることを見越してね」


 エリアスの言葉で、クライドの脳裏に一人の少女が浮かんだ。


「まさか……ルイーズ!」


 エリアスは静かに頷いて、話を続ける。


「一通り確認したところ、皆、君の人柄や行動力を高く評価しているようだな。君への処分を取り下げるよう訴えている。彼らがこんなことをするのは初めてだ。それにまだ、新年度が始まって一週間も経っていない」


 ぱらぱらと捲られる嘆願書。それに目を通していたエリアスの視線が再びこちらを捉える。


「知っての通り、彼らは総じて優秀だ。そんな彼らに自らの力を認めさせるというのは、並大抵のことではない。しかも、知り合って一週間足らずとなると、尚更だ。つまり――」


 弓を引き絞るように、その双眸がゆっくりと細められて。


「君の在学を認めよう。無論、特待生ではなく通常の生徒としてだが」


 直後、満面の笑みで歓迎された。


「えっ……」

「勿論、君が望むなら転学でも構わない。もし授業スピードについていけないのなら、その方が君にとっても良いかもしれんな。転学先は私が最善を尽くそう」


 咄嗟に言葉が出てこないでいると、見かねたエリアスが二本の指を立てた。


「つまり、君には二つの選択肢があるということだ。このまま在学するか、思い切って転学するか。さあ、選び給え。自分の意志で」


 目を閉じて、この一週間を振り返る。

 思い描いていた学園生活とは随分違っていた。

 初日から波乱の連続で、ずっと振り回されっぱなしだった。

 特別だと思っていた自分は偽物で、本当の自分はちっぽけで、それに絶望したこともあった。

 自分一人で成し遂げたことは一つもなくて。いつも皆に助けてもらってばかりで。

 それでも、諦めずに進んだお陰で、掴めたものも確かにあった。

 だから、俺は――。

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