7 ―結集―
「なっ、まだ戻ってないだって!」
耀心について学校で調べてみると、彼は今年度から短期留学でやってきた学生だった。だから、留学生専用寮の寮長に尋ねたのだが、彼は今朝早く校外に外出したっきりで、まだ帰っていないらしい。
ちなみに外出理由は『墓参り』となっていた。
「ルイーズの話じゃ耀心って日本出身なんじゃなかったっけ? あいつ、帰国したのか?」
「ちょっと落ち着いて。そんな長距離移動なら一日じゃ済まないでしょ」
「というか、そもそも誰のお墓なんだ?」
「ルイーズの話だと、彼の母親は事故で亡くなってたはず。でも、やっぱり変ね。二人が事故に遭ったのって日本だもの」
情報が、足りない。せめて耀心についてもっと分かれば……。ちょっと待て。整理しろ。何かが頭の片隅で引っかかっている。それに、心当たりといえばもう一つ。ここから近いお墓で、海外出身の故人が眠っていてもおかしくない場所。それらが示すのは――。
「これって……まさか! ミーゼ。バスで見せてくれたネット記事、もう一度読ませてくれ」
「別に良いけど、どうしたの? あそこに事故以外の情報なんて……、あっ!」
遅れて思い至ったミーゼが、手元に投影されたスマートフォン画面を手早く操作する。
「そうだよ、あるんだよ。ああくそ、なんでもっと早く気付かなかったんだ。耀心は事故で歩けなくなった。それがルイーズのお陰で歩けるようになった。つまり……、きっとこれは、あの記事に書かれていた少年が耀心ってことなんじゃないか?」
「あった! ここ。耀心の母親のコネクトームはデータベースに提供されてるって」
ミーゼが指で示した箇所にクライドも目をやる。
『尚、少年が事故に遭った際、彼の母親も巻き込まれて亡くなっている。そして彼女の遺志に従って、そのコネクトームはエンピレオタワーのデータベースに提供された。今回、少年の意識を回復させて歩行まで可能にした驚異の新技術〈応冠〉には、このデータベースが利用されているという。この感動的な出来事は親子の起こした奇跡と言えるのかもしれない。そして本日、九月五日は少年の母親の命日である。少年と父親は今朝、エンピレオタワーで眠る母親に報告するために、クラスタリアへと発った』
記事のお陰で足りない情報が埋まった。だって今日は九月五日。偶然なわけがない。
「エンピレオタワーって、今のスカイセプターのことだよな? つまり、耀心の母親のコネクトームはあの塔に保管されていて、今日は彼女の命日で、だから耀心は第一島区の霊廟へ墓参りに行っているってことか!」
「大変! 集合場所変更しないと! ルイーズに連絡しなきゃ」
突き進む、たった一つの結末へ。残されたことはただ一つ。皆の思いもただ一つ。
***
「もしもし。ミーゼ、どうしたの? ……えっ。分かった。ありがとう。大丈夫。貴方たちのことはこっちで何とかしてみる。だからそこで待ってて。この時間なら車の方が速いから。必ず用意する。お互い落ち着いたら〈ルーツ〉に集合しましょう」
助手席で電話を受けたルイーズの声は緊迫していて、事情を知らないアシュリーもハンドルを握る手に力が籠る。
「アシュリー、行き先変更。第一島区へ向かって頂戴」
電話を切るやいなや、ご令嬢から新たな指示が飛ぶ。
「へ? でもお父様からは第四島区の学園までと伺ってますが?」
「事情が変わったの。私の指示を優先して。大丈夫。何があっても私が責任を持つから」
有無を言わさないルイーズの気迫に、十歳も年上のアシュリーは思わず従ってしまう。
「り、了解しました! でも第一島区なんて、それはまた随分遠いですね」
「それで、あとどれくらいかかりそう?」
険しい顔のルイーズに少し気圧されながらも、アシュリーは正直に告げる。
「んー。この速度だと、あと三〇分以上はかかりますね」
それを聞いた途端、ルイーズの纏う雰囲気が一気に幼くなった気がした。
「そんなの駄目。そんなに待ってられない。十五分でお願い」
「あのねぇ。いくらお嬢様だからって我儘が過ぎますよ。あたしにだって」
「おねがい」
ドキリとする。隣に座る美少女は、さっきまでと打って変わって、今にも泣きそうだった。
「わたしの……私の大切な人が苦しんでるの。一刻も早く助けてあげたいの。だから、お願い」
アシュリーには彼女の抱える事情は分からない。それでも、彼女のために何かしてあげたいと、つい思ってしまうほどの切実な思いが、その言葉には込められていた。
だから、応える。
「はー、もう。そういうことなら早く言って下さいよ。こっちは速度違反で捕まったら仕事クビなんですからね。その時は養ってくださいよ、お嬢様」
軽い冗談を言いながらギアを上げる。髪を後ろに束ねて気合を入れる。これはもう仕事じゃない。泣きそうな子供に手を差し伸べる。大人の当然の責務として、更にペダルを踏みこんだ。
***
「ふーむ。やっぱり君たちはずるいねぇ」
羨望の眼差しと共にそう呟いて、ニコール・メザレスはコーヒーを一口飲む。
ここは〈エクス=リリウム〉近くのカフェ。テラス席に腰かける彼女の視線は、同じテーブルを囲む二人に向いていた。
「いやー、ごめんねリアちゃん。そりゃ緊張するよね。入学早々知らない人と会うなんて。でもほら、紹介しないわけにはいかないからさ」
「ティム兄さま。私は大丈夫です。ちゃんとお話は理解しました。つまり、ニコールさんは大学生で、普段は大学がある隣の第五島区に住んでいて……」
スティーヴとアメリア。美形の兄妹が並ぶ光景は眩し過ぎて、ニコールは思わず目を細める。
きっと応冠を被っていればより優雅に見えるのだろうが、間の悪いことにスカイセプターのトラブルのせいで今は皆応冠を外している。全く。実に惜しい。
アメリアがこちらを向く。その丸い大きな瞳は戸惑いで揺れていて。
「そして……その、ニコールさんは兄さまの……」
「うん。そうそう。恋人ってこと。宜しくねアメリアちゃん」
見かねたニコールが先に答えてあげると、アメリアの顔がボンッと赤くなった。色恋を口にするのは、まだ気恥ずかしいようだ。
「は、はい。えっと……よろしくお願い……します」
その表情は固い。当然だ。何せ、自分は彼女の兄よりも年上なのだ。
「ふふ。そんなに心配しなくても、君のお兄さんを盗ったりしないよ。むしろお姉ちゃんが増えたと思ってもらっていいんだ。だから、困ったときは遠慮なく頼ってほしいかな」
「そうだよリアちゃん。ニコは車も運転できるんだよ。ほら、あの赤くて丸いのが彼女の車だ。だからもし行きたいところとかあったら……っと失礼。ルイーズから電話だ」
その瞬間、アメリアの肩が跳ねたのを、ニコールは見逃さなかった。
「やあ僕だけど。珍しいね、こんな時間に。……うん。…………ああ、成る程。それならどうにかできそうだ。でも、うちの妹次第かな。スピーカーに変えるね」
「えっ! あの、わたし……」
本格的に照れ始めたアメリアの様子で察する。どうやら電話相手は彼女の憧れの人物らしい。
「……もしもし。あの、アメリアです」
テーブル中央に置かれたスマートフォンに、アメリアは緊張気味で応じる。
『アメリアちゃん、お願い! 私を助けて。今すぐ車が必要なの。……どうにかできる?』
「えっ、はい! 任せてください! それで具体的には――」
即答だった。先程までの緊張が嘘のように、アメリアは電話の声を真剣に聞いていて、その力強い眼差しからは心酔具合が窺い知れる。ニコールはつい、電話相手に嫉妬してしまう。
「ずるいなあ、こんな可愛い子に好かれるなんて。どこの誰なん……って、アメリアちゃん?」
目が合ったと思った矢先、身を乗り出したアメリアに手を強く握られた。
「お願いします! 私たちをルイーズさんの所に連れていって! その……ニコ姉さま!」
瞬間、目の前の少女の、揺れる銀鈴の優美な声に、上目遣いの潤んだ瞳に、思考が纏めて撃ち抜かれた。この愛しい存在の前では、善悪も利害も何もかもがどうでもよくなってしまう。
「っ! ……やっぱり、君ってずるいねぇ」
流石にこれは断れない。可愛い可愛い義妹のお願いだ。お義姉ちゃんの全力を見せてやる。
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