6 ―全力―

「……ルー。ルー!」


 現実に戻った瞬間、声が聞こえた。包み込むように温かくて、安心できる、優しい声が。

 涙で潤んだ目を開けると、両親が心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「ルー! 良かった。扉越しに呼んだのに返事がなかったから、もしかしたらって心配で」

「そしたら、ルーが泣いていたの。もう私たちにはどうすればいいか……」


 目の前の二人は、床に膝をついてわざわざ目線を合わせて話してくれる。服が汚れるのも構わずに。そうだ。いつだって二人は私を思ってくれていた。なのに。


「違うの、パパ、ママ。私は……、私はね」

「良いんだ、ルー。お前は何も悪くない」


 結局、先を越されてしまった。


「すまなかった。全部私たちが悪かった。本当はあの時、ルーの応冠も取り除いてもらうべきだったんだ。でも怖かった。ルーがあの事故を忘れることができたのは、応冠のお陰だと思っていた。だから、それを取り除いてしまえば、また思い出してしまう気がして、とにかく怖かったんだ。全部、臆病な私たちのせいだ。ルーを傷つけてしまった。許しておくれ」

「ごめんなさい、ルー。貴方もずっと苦しかったのに、私たちが気付いてあげられなくて」


 そう言われて、二人に抱き締められて、いっぱいになった胸の奥から言葉が溢れる。


「良いの。私はもう大丈夫。だって、パパもママも私を愛してくれているって、今ならちゃんと分かっているから。酷いこと言ってごめんなさい。今まで守ってくれて、ありがとう。二人とも、大好き!」


 ぎゅっと二人を抱き締め返して、貰った愛を胸に仕舞う。


「それにね。ヨシ君が助けてくれた。もう何もかも嫌になって、自分自身を呪って、挫けそうになった私を、ヨシ君が支えてくれた。こんな私を救ってくれた。だから私は大丈夫」


 だから今度は、私の番だ。


「ヨシ君? 誰なんだいその子は?」

「ロブ。誰だっていいじゃない。そうだったのね。じゃあその子に私たちもお礼を言わないと」


 そうだ。ヨシ君に会うんだ。そして、ありがとうって言うんだ。

 だからもう、手段は選ばない。


「パパ。ママ。あのね、お願いがあるの」


 一刻も早くヨシ君の下へ辿り着く。そのために使えるものは全部使う。もう私は一人じゃないって、知ってるから。待っててヨシ君。今度は私が貴方を助ける。



 ***



 ホテル従業員、アシュリー・フォーキットは退屈していた。


「はー、刺激が足りない。なんであたしってこんなことしてるんだっけ?」


 変わらない毎日にうんざりしながら、ベッドメイキングを終えて部屋を出る。そこにちょうど、バタバタという足音が向かってくるのが聞こえた。


「アシュリー君! こんなところにいたのか。探したぞ」

「えー支配人が言ったんですよ。『お前に接客は無理だから清掃に回れ』って。それで」

「あー分かった。文句なら後でいくらでも聞こう。緊急事態だ。君の力を貸してほしい」

「へっ、あたし? なんで?」


 客が待つエントランスへと車を回す間、車内で支配人から詳しい話を聞く。

 どうやらホテルの上客が娘の送迎を依頼してきたらしい。しかも、女性の運転手という注文付きだ。全く。過保護な親がいたものだ。

 そんなことを思っていると、ちょうど車内ラジオから、病院襲撃事件の指示役とされる容疑者が逃走中との臨時ニュースが流れてきて、ちょっと親の気持ちが理解できてしまう。


「ほんとにあたしで良いんですか? またお客さん相手にやらかしちゃっても知らないですよ」

「お客様のご息女は高校生だ。多少の言葉の乱れはお気になさらないさ。ほら、あの方だ」


 そう言って車から出ていった支配人の向かう先を見て、アシュリーは息を吞んだ。


「わー綺麗な子!」


 思わず小さく声に出てしまった。それほどまでの美少女だ。物憂げな表情で立つ彼女の隣、落ち着かない様子で待っていた父親らしい大男が、支配人と言葉を交わす。と、こちらに来た。


「無理を言って申し訳ない。娘を学園まで送ってほしい。急いでくれ。時間がないらしいんだ。生憎、私も妻も本社から連絡が来て手が離せない。チップも弾むから、とにかく頼んだよ」

「ええ、はい……えっ嘘、こんなに!?」


 開けた窓から渡されたチップの多さに驚いていると、その背後から支配人に睨まれた。

 そんなやり取りをしていると、ふと、仄かに甘い香りが鼻をくすぐる。


「お願い! なるべく早く向かって頂戴」


 いつの間にか、助手席に美少女が乗り込んでいた。何故か心拍数が少し上がる。


「ま、任せてください! なんなりと!」


 応じると同時、アクセルを全開。刺激的な夜が走り出す。退屈な日常を置き去りにして。

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