5 ―決意―

「なに、あれ……」


 中庭に到着した二人が見たのは、極彩色の輝きを伴って哄笑を響かせる男の姿だった。


「まさか、あいつが黒幕なのか」


 その男の輪郭が変容を始める。大きく歪んだそれは、捻じくれた樹のようで。人肌を纏ったそれが、高く高く伸びて空へと枝を広げる姿は、節くれ立った手のようにも見えた。

 やがて、闇夜に伸ばされた歪な手が、逆しまに聳える塔へと絡みつく。同じだ。創世の時代、禁忌の果実に手を伸ばした人類の最初の業。それと同じ、冒涜的で罪深い光景だった。

 直後、人肌を纏う幹に極彩色の魔応円サークルがいくつも展開される。それは根元まで連なって、悪趣味なブレスレットを思わせた。


「っ、ルイーズ!」


 その根元に狼狽しきった彼女を見つけて、クライドたちは慌てて駆け寄る。


「……ヨシ君が、ヨシ君がまだ」


 伸ばされたルイーズの手の先に、見知った影を見つけた。ジェスターだった。

 その体にも極彩色の紋様がびっしりと広がり、既に一部は樹と一体化し始めていて……。

 もう、どうすることもできなかった。


「……クライド」


 辛うじてジェスターの口が開く。ぱくぱくと必死に動かして何かを伝えようとする。


「…………ルイ姉を……頼んだ……よ」


 こんな状況でも、彼が漏らしたのはルイーズへの思いだった。そして、それ以上言葉は続かない。急速に太くなる幹が目の前の少年を飲み込んで――。


「やだ! ヨシ君、待って! 置いてかないで! 私を、一人にしないで」

「駄目だルイーズ。巻き込まれるぞ! ミーゼ、手を貸せ!」


 ジェスターに縋りついたままのルイーズを二人で引き剝がし、異形の樹から距離を取る。

 その直後、世界が軋んだ。

 ズンッと、唸り声のような低い低い地鳴りが〈ルーツ〉全体を震わせる。


「あーもう、何がどうなってんだ!」

「ルイーズ大丈夫? 一体ここで何があったの?」

「ヨシ君が、私を庇って……」


 憔悴しきった彼女の話は断片的で要領を得ない。それでも何とか事の顛末を理解する。


「成る程。その耀心ってのがジェスターの正体だったんだな。くそっ、やっぱ良い奴じゃん」


 その間にも、揺れはどんどん酷くなっている。本当は一刻も早く〈ルーツ〉から脱出するべきなのだろう。でも、そうするわけにはいかない。まだ、耀心がいる。

 一人思索にふけるクライドの隣、しゃがみこんだルイーズは悲嘆に暮れていて、ミーゼに支えられないと今にも倒れそうだ。


「やっと全部思い出して……、ようやく自分を好きになれたのに……」


 溢れ続ける弱音。異形の樹を呆然と見詰める彼女の顔は、悲愴そのものだった。


「どれだけ強い力があっても、本当の私なんてずっとずっと弱いままで……。ああ、駄目だ。もう、どうすればいいか分からない……。分からないよ…………」


 見ていられなかった。だから、言わなければならない。


「いや、まだだ」


 力強くそう言って、クライドはルイーズに目線を合わせる。


「ルイーズ。お前はどうしたいんだ!」


 その瞳を真っ直ぐに捉えて、問う。


「お前が強いか弱いかなんて、この際関係ない! そんなことどうでもいいんだよ。言い訳もいらない。方法なんて知らなくてもいい。ただ、自分自身に正直になれ! お前は今、何がしたい! お前の『本当の意志』は、なんだ!」


 消えかけた火種に息を吹きかけるように、クライドは力いっぱい問いかける。

 それに応えるように、虚ろだった彼女の瞳にもう一度微かな光が灯る。


「私は…………。私は、ヨシ君を助けたい! それがどんなに危険だとしても、私はヨシ君を諦めたくない! ……でも、私なんかじゃ」

「何言ってるんだ。ここには俺もミーゼもいるだろ! 皆で耀心を助けるぞ。大丈夫。俺に考えがある!」


 手短に話し合いを終え、全員一旦、現実に戻ることになった。


「よし。それじゃルイーズ、また現実で」


 その時だった。一際大きく大地が揺れると同時、三人のスマートフォンが警告音を鳴らす。

 空中にポップアップしたのは、応冠管理機構から送られた緊急通知だ。


『スカイセプターにおいて異常な負荷を検知しました。現実世界と〈シード〉の同期が不安定になっています。ハイアーズの方は応冠の使用を控えるようお願いします』


「やばいな。のんびりやってるとスカイセプターの方がもたなくなるぞ」

「とにかく急いだほうがいいってことね。それじゃあルイーズ、また後で合流しましょう」

「ええ。私もすぐに学園に戻るから。二人とも、例の件お願いね」


 難しく考える必要はない。やらなければいけないことは、とてもシンプルだ。

 耀心を助ける。そのために全力で足掻けばいい。

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