11 ―衝突―

「ルイーズ、そいつから離れろ!」

「ちょっと待ってクライド。何か様子がおかしい」


 駆けつけた二人が目撃したのは、跪くルイーズと、隣で佇むジェスターの姿だった。


「お前! 彼女に何をした!」


 感情に従って、クライドは向かい合う少年に真っ向から怒号を飛ばす。


「……黙りなさいクライド。貴方には関係ない。ここから早く出て行って」


 ジェスターが何か言うよりも早く、立ち上がったルイーズが毅然と返す。泣いていたのか、その目は赤い。ここで何かがあったのは明白だった。

 まるで彼女を庇うように、傍らのジェスターが一歩前に出る。


「二人とも懲りずにまた来たんだね。昨晩、警告したはずなんだけどな」

「貴方、二人に何かしたの?」

「ううん。脅かしただけだよ。君のことを嗅ぎ回っていたからね。これは君自身の問題なのに」


 確かにジェスターは強い。クライドが束になっても敵わないかもしれない。それでも、放っておくわけにはいかない。ルイーズの身に危険が迫っている可能性があるなら尚更だ。


「さあ行こう、ルイーズ。あの子を追わないと」

「待てよルイーズ。。話は終わってない」


 ジェスターに促されてこの場を去ろうとするルイーズを、クライドが呼び止める。


「確かに俺たちは無関係だ。でも、無視はできない。今日、病院で応冠否定派の奴らに襲撃された。犯人は七年前の事故について語っていたぞ。ルイーズ、お前のことなんだろう?」


 ルイーズが振り返る。睨むようなその目には驚愕が滲んでいた。


「ちょっとクライド、流石にデリカシー無さ過ぎ。ルイーズの身にもなりなさいよ」


 ミーゼの心配をよそに、ルイーズは努めて平静を装いながら問い返す。


「それで、貴方は何が言いたいの? 人の過去を詮索するのは、いい趣味とは言えないけれど」

「それは悪いと思ってる。でもお陰で大体のことは察しがついた。事故のことも。幼いお前の姿をした代応者エンジェントのことも。けどな、一つだけ分からないことがある」


 それこそが足りないピースであり、迫る危機でもあった。


「ジェスター。お前だよ。結局お前は誰なんだ? お前がルイーズに手を貸す目的は何だ?」


 名指しされたジェスターが露骨にたじろぐ。その隣、予想に反してルイーズは何も気にしていないような素振りだ。でも、看過はできない。だから告げる。


「お前は、あの事故の被害者なんじゃないのか? だから、自分をこんな目に遭わせた応冠とルイーズが憎いんじゃないのか? その復讐として、事故を覚えていないルイーズに、記憶を取り戻させようと接触したんだろ!」

「ち、違う。僕は……あの事故の関係者じゃ」


 ジェスターの肩が、跳ねた。その反応は、やっぱり……。


「応冠否定派の存在は都合がよかっただろうな。なにせ目的が同じなんだから。連中を使って事故の詳細が公になれば、応冠に対する世間の見方が変わるって考えたんだろ!」


 必死に自分の考えを述べるクライド。対するルイーズは、呆れたように鼻から息を吐いただけだった。互いの歯車が嚙み合っていない。何か認識に致命的なずれがある。


「事故のことなら、もう全部知った。私の代応者エンジェントが教えてくれた。貴方は危惧していたのかもしれないけれど、私は知れて良かったと思ってる。お陰で自分の愚かさが良く分かったから」

「な!」


 手遅れだった。さっき泣いていたのは、そういうことだったのか。でも、それじゃあ……。


「言いたいことはそれだけ? なら時間の無駄だったかな。貴方の意見はまともに聞こえるけれど、全部間違ってる。だって、彼はそんな人じゃない。ずっと私のためを思ってくれている。少なくとも貴方よりは。だから部外者は黙ってなさい。これは、私の問題なんだから」


 まただ。選定式の時だって、ジェスターのことだって、それ以外にも思い返せば全部そうだ。どうしてお前は、ずっと、そうやって――。


「なんでそんなに背負い込むんだよ。なんでそんなに頑張り過ぎるんだよ。そうやって、全部一人で抱えて、解決しようとして。あの時、お前は震えてたのに。無理すんなよ。確かにこれはお前の事情で、俺は無関係かも知れない。けど、それでも頼ってくれよ。なんで素性も知らない奴の力を借りるんだよ。それも、皆には黙って。俺じゃそんなに頼りないか? 舐めるなよ。俺だって、困ってる奴がいれば手を伸ばしたくなるさ。だからルイーズ、俺の手を取れ!」


 噛み合わないまま回る二つの歯車。それらは互いにぶつかり合って、火花を散らす。


「貴方こそ、ふざけないで! 助けたいですって? 貴方に何ができるって言うの? そもそも貴方は試練の時、一瞬だったけど身体感覚が狂っていたじゃない! 私の力にも耐えられないような、そんな弱い貴方に、頼れる訳ないでしょ!」

「じゃあなんで、俺をハート寮に迎え入れてくれたんだよ!」


 この衝突は、止まらない。


「あの時お前は、俺に何か期待したんじゃないのか?」

「ええ。だって、貴方が切っ掛けだったから。お陰で私は、記憶の空白に気付けた」


 少なくとも、どちらか片方が欠けるまでは。


「でも、どうでもよくなった。食堂で皆の話を聞いて、ジェスターの方が頼りになると思ったから。だって、彼は私を庇ってくれた。自身が悪役になるのも厭わずに。こんなこと、貴方には無理でしょう? 貴方は誰かを傷つけてまで、他の誰かを救えないでしょう? だって貴方は真っ直ぐ過ぎる。だからもう、私を放っておいて! 貴方に、私は救えない!」

「そんな訳」

「そんな訳、あるに決まってるでしょ!」


 ルイーズの感情に呼応するように、その応冠が鮮烈な輝きを放ち始める。

 その足下に展開された黄金の魔応円サークルは、力を溜めるように、一度小さく収縮して。


「駄目だクライド! 下がって!」


 ジェスターの警告も、クライドには届かない。


「邪魔するな。これは俺が招いた事態だ。自分でけりをつける」


 この衝突で、ルイーズに認めさせなければならない。自分の、力を。


「来いよルイーズ。ここで証明してやる。俺だって、無力なわけじゃないってことを!」


 両手を前へ。構えるように。全てを受け止める意志を見せる。


「もう、知らない!」


 ルイーズは、それに応えた。どうなるか分かっているのに。全部終わらせるために。

 暗闇をかき消す陽光の燦爛を纏って、ルイーズの応冠が力を解き放つ。展開された魔応円サークルが爆発的に広がる。それはいっそ、衝撃波すら伴って――。

 対するクライドの頭上、歪な応冠が群青の輝きと共に波打って、その足下で無数の波紋が広がる。重なり合った青の魔応円サークルが堅牢な壁となって、眼前に迫る破壊の煌めきを――。



 べしゃっ、と水の弾ける音がした。


 

 クライドには何が起きたのか分からない。強烈な衝撃に全身を叩かれて全感覚が麻痺する。


「っ! クライド!」


 ぐるりと回った視界でミーゼを捉える。良かった。彼女は無事だ。

 その隣、彼女を庇うように立つ少年と、目が合った。被っていたフードが、衝撃でめくれていたのだ。そうして晒された素顔に、曖昧になっていた記憶が喚起される。お前は、確か――。

 思わず手を伸ばそうとして、……気付く。肘から先が何もなかった。

 腕だけではない。弾け飛んだ右足が宙を舞う。捻じ曲がった胴体が内側から爆ぜる。潰れた頭はもはや誰だか分からない。でもその頭上、荊の棘に覆われた青い欠片が飛び散っていた。


 …………………………………………これはいったいどういうことだ?


 ルイーズの魔応円サークルによる攻撃が直撃したこと。自分の体が砕けたこと。自分の応冠が砕けたこと。なのに、自分の意識がまだ残っていること。じゃあ俺は、一体何なんだ?

 己の意識が大気に溶けて小さくなっていくのを感じながら、クライドははっきりと自覚する。

 圧倒的膂力を前に、ちっぽけな自分の意志が簡単に砕け散ったという、純然たる事実を。

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