4 ―空虚―
「パパ! ママ! 来てくれてありがとう。遠かったでしょ」
駅の改札から出てくる両親を見つけて、ルイーズは駆け寄った。
「構わないんだよ、ルー! 私たちも心配だった。まさかこんなことになるなんて……」
勢いもそのままに、父ロバートの胸の中に飛び込んだルイーズ。比較的長身の彼女でも、身長二メートルを優に超える父親と並べば、随分小さく見えてしまう。
その隣、母ヘレナの背丈は娘より僅かに低く、少し見上げる格好で我が子を気遣った。
「そうよ、ルー。いずれ来るつもりだったんだから気にしなくていいの。よかった。元気そうで安心したわ。それでも、一通り検査はさせてね」
挨拶もそこそこに、三人でホテル最上階のスイートルームへ。
椅子に座ったルイーズを、向かい合って座るヘレナが診る。彼女はウィルビー社の取締役であり、医者でもあるのだ。自らも銀のティアラのような応冠を戴きながら、彼女は娘の頭上で煌めく金の応冠、それを構成する紋様の状態を一つ一つ丁寧に確認していく。
「良かった。異常はないみたいね」
ルイーズに対する検査はそれだけではない。彼女の首元にある応珠にはコードが繋がれ、隣のテーブルにあるパソコンへ接続されていた。そのモニターを真剣に見詰めるのはロバートだ。ウィルビー社の技術開発部主任である彼は、その巨躯に相応しい大きな金の応冠を被り、愛娘の応珠に異常が無いか熱心に確認している。
「応珠の方もチェックが済んだ。問題ない」
安堵と共にパソコンを閉じて片付けを始めた父の傍らで、ルイーズも一息ついた。
「ねっ! 大丈夫だったでしょ」
「そうだな。やっぱりルーは凄いな。さてと、良い時間だ。昼食にしよう」
ロバートがルームサービスを頼み、部屋に運ばれてきた豪華なランチを三人で囲む。家族団欒のひと時の中で、ルイーズはなかなか話を切り出せずにいた。時間ばかりが過ぎてゆく。
結局、状況が動いたのはランチをすっかり食べ終わった後だった。
「さてと。ルー、何か私たちに言いたいことがあるんじゃないか?」
先に口を開いたのはロバートだった。
「えっ、どうして……」
「そりゃ、今朝からやけにお前が元気だからさ。気付いてないかもだが、ルーは落ち込んでたり悩んでたりする時ほど気丈なふりをするんだ。隠さなくていい。言ってみなさい」
敵わないなと観念して、ルイーズは深呼吸をした。沈黙が部屋を満たす。だって、音にしてしまうと後戻りできない。これまでの日常が壊れてしまう気がして、声はなかなか出なかった。
それでも、まるで鉛が入っているかのように重い肺を、なんとか動かす。
「昔、私がハイアーズになった時、お友達と一緒に応冠の研究に参加してたよね」
両親の顔に緊張が走る気配。ルイーズは気付かないふりをした。
「でも、ある時から皆に会えなくなっちゃった。私に特別な力があるからって。そして私だけ別の研究所、クラスタリアの施設に移った。それが今の〈エクス=リリウム〉で、私はそこで自分の力の扱い方を学んだ。いつの間にか友達も沢山できた」
一言発する度に、錆び付いた記憶の扉が軋む。その扉に、恐る恐る手をかける。
「それでね。最近になって、やっと私は気付いた」
開く。心の奥へと押し込めた過去。目を逸らし続けた恐怖の対象。その正体が露になる。
「私に宿る特別な力。それが見つかった経緯を、私自身が全く知らないってことに」
空っぽだった。いっそ不自然なくらい何も覚えていなかった。
「ルー、それは誤解なの。私たちがちゃんと説明しなかっただけで、貴方は」
命乞いでもするかのようにヘレナが何かを言おうとする。けれどもう止められない。そんな言葉では、最早この空虚は満たされない。
「誤魔化さないで、ママ。大丈夫。もう分かってるから。友達と会えなくなった日。いや違う。きっと、その前日に何かあったんでしょ? でも、その日のことを私は全く覚えていない……」
この不可解を説明できる言葉は知っている。ただ馴染みがないだけだ。だから、確かめる。
「つまり私は……記憶喪失なんでしょ? あの日、そうなるくらいの何かが起きたんでしょ?」
苦痛に歪む両親の顔。こんな表情を見たいわけではなかった。
それでも、問わなければならない。でなければ、私は前に進めない。
「ねぇ、パパ。ママ。お願い。教えて! あの日、私に何があったの?」
幼い頃、心の奥へと埋めたはずのパンドラの箱。その虚ろな中身に、今触れる。
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