3 ―追憶―
騒動から一夜明けて、クライドはカフェテリアで朝食をとっていた。行き交う生徒たちの中にルイーズの姿は見えない。直接部屋へ向かった方が良かったかと、少し後悔していると――。
「おはようクライド!」
「ミーゼ! 体調は……大丈夫そうだな」
クライドが振り返ると、トレーに山盛りのパンを載せたミーゼが立っていた。
「……なによ。仕方ないでしょ。昨日夕飯食べ損ねたんだもの。とにかくお腹ぺこぺこなの」
クライドの視線で察したのか、ミーゼが何やら言い訳をしながら隣に座る。
その元気な様子にクライドは内心安堵する。やはり、大丈夫そうだ。
「ルイーズ見なかったか? まだここには来てなさそうなんだが」
「私も探してるんだけど見てないの。変ね。普段ならもう来てるはずなんだけど。……それにしても、今朝は結構空いてるみたいね。普段はもっと混んでるはずなのに」
「そうなのか。俺にはこれでも十分混雑してるように見えるぞ」
二人して生徒たちの顔を真剣に見詰めていたからだろうか。背後から声がかかる。
「やあ二人とも。朝から深刻な顔して一体どうしたんだい? 新年度早々悩み事でも……って、あれ? ミーゼ、君の応冠ってそんな形だったっけ?」
「わぁ。ミーゼさん、すごい! 猫の耳みたい。とってもかわいいですね」
見ると、スティーヴが立っていた。隣には目をキラキラさせた妹のアメリアもいる。
「まさか君たち、例の動画を見て〈ルーツ〉へ行ってないだろうね? 困るよ、危険なことしちゃ。他の寮なんて今朝から大変なんだから。とにかく、応冠に異常が起きて体調不良になってる学生が何人も出てるんだ。おそらく昨日、〈ルーツ〉に行ったのが原因だとみられている。君たちはどうだい? 大丈夫かい?」
本気で心配するスティーヴを直視できないまま、ミーゼは何とか取り繕おうとする。
「だ、大丈夫よ。行ってないから。応冠も前からこんな感じだったし……、ねぇクライド」
「……そ、そうだとも。そんなことよりルイーズに用があるんだが、どこにいるか知らないか?」
誤魔化し切れたか微妙なところだが仕方ない。とにかく強引に話題を切り替える。
「ああ。彼女なら今日は休みだよ。米国からはるばるやってくる両親と会うみたいで、第六島区のホテルに向かっている頃じゃないかな。おそらく夕方くらいには戻ると思うけど」
「何だって! ああもう、タイミング悪過ぎだろ」
昨日偶然目撃した密会。その真相を知るのはもう少し先になりそうだ。
***
夢を見た。それは子供の頃の思い出。心の奥に刺さったままの、悲しい記憶――。
「ん、あれ? わたし、どうして……。 今日はみんなで
いつもより寝覚めの悪い朝だった。幼い私は何故か病院のベッドにいて、両親が心配そうにこっちを見つめていた。だからつい、零してしまった不安と不満。
その直後だった。二人の目が大きく見開かれ、悲しそうに歪んだのを今でも覚えている。
駆けつけたお医者さんが私を診た後、両親を連れて病室の外へ。
暫くして皆戻ってきた時、パパは少し怖い表情をしていて、ママはもう泣いていた。
「パパ、ママ。わたし、なんともよね? だってどこも痛くないよ。またみんなと遊べるよね?」
「ああ。そうだな。ルーは健康そのものだ。ただ、一つだけ伝えなきゃいけないことがある」
父の手がゆっくりと伸びて、私の頭を撫でる。
「……実は、もうお友達とは会えないんだ」
「え?」
突然告げられた言葉は、すぐには理解できなかった。
「良いかい、ルー。お前には特別な力が有ることが分かったんだ。他の誰も持っていない力だ。だからお友達と離れて、もっと専門的な検査と訓練を受ける必要があるんだよ」
「やだ! そんなの嫌。またみんなと遊びたい! それに、ちゃんとお別れもしてないよ!」
そう言うと、パパも泣き始めてしまって。
「そう……だな。ちゃんとお別れしたかったよな。でも、無理なんだ。ごめん。ごめんな……」
友達との突然の別れ。その事実を呑み込もうとして、結局耐え切れなくなって大泣きした。
そんな私をパパもママも抱き締めてくれて、その日は三人で一緒に泣き合った。
そうだ。あの日、私は決めたのだ。この力をちゃんと使いこなせるようになろうと。そしていつかまた、皆に会うんだと――。
『次は第六島区中央ターミナル。終点です。乗客の皆様は――』
第六島区行きのモノレール、その車内アナウンスでルイーズは目覚めた。居眠りなんて普段ならあり得ない。きっと昨夜、あまり眠れなかったからだろう。
慌てて立ち上がると、ベージュのブラウスに黒のレザースカートが揺れた。平日に制服を着ていないのは少し落ち着かない。
駅に降りると時刻は八時。学園では一限目が始まる頃合いだ。メッセージを確認する。両親は第一〇島区の空港についたばかりで、再会にはまだ一時間近く余裕がある。
逸る気持ちが落ち着くと、お腹が鳴る。そう言えば朝食がまだだった。見つけたカフェに立ち寄って、両親への話の切り出し方を思案する。頬張ったサンドイッチは、味がしなかった。
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