4 ―会談―
何となくカフェテリアに戻ったクライドとミーゼ。が、リックたちは既にいなかった。整然と並んだテーブルはどこも空席で、お昼の混み具合が嘘のようだ。あれから一時間以上経っているので当然である。しかし、誰もいない訳ではなかった。
「ルーちゃん! 良かった無事で。大丈夫だった? あいつに何もされなかった? わたし……わだし……うわぁぁーん」
カフェテリア全体に響く泣き声。ダイヤ寮の代表、エステラのものだ。発信源は出入口から離れた奥のテーブル。そこに四つの人影が座っているのが見えた。寮生代表たちだ。
「なんであいつらがここに……」
気になって近づいてみると、号泣するエステラがルイーズに抱きついていた。
「わぁぁぁごべんねルーちゃん。うぅーごべんねぇー」
「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから。泣かないでエステラ」
身長の関係で小柄な彼女の顔はルイーズの胸に埋まっていて、泣きじゃくっている彼女の頭を、ルイーズは落ち着いた様子で撫でていた。なんだか見てはいけない気がしてクライドは思わず目を逸らす。
「……なあ、エステラって俺らよりも上級生で、尚且つ首席なんだよな。もっと頼れるお姉さんかと思ってたんだが」
逸らした視線の先、目が合ったミーゼに当然の疑問をぶつけてみる。
「ええ。でもあれで平常運転よ。彼女、自分の感情に素直だから案外子供っぽいところがあるの。あとクライド、目がやらしー」
「見てねーし。でもまあ、成る程。そういうのも含めて人気なのかねぇ」
本来慰める立場のエステラが、逆にルイーズに慰められている奇妙な光景。クライドは感心しながらも呆れてしまう。
「おーいエステラ。そろそろルイーズを離してあげなよ。そして本題に入ろう。私たちはそのために集まったんだから。それに私が言うのもなんだが、少々この光景は目に毒だ」
状況を見かねたアスレイスがテーブルの向かいから口を挟む。
「アースの言う通りだ。それとルイーズ、やはりお前はもっと休むべきだ。今回だって」
「ゴーウェン。気を遣ってくれてありがとう。けれど、本当に大丈夫だから」
「だが、……まあいい。それでも、無理はするな」
「ずび……。うん。わたしももう大丈夫。とにかくルーちゃんが元気そうで安心した」
状況が落ち着いたのを見計らってクライドは問うた。
「それで、なんで代表たちがここに集まってるんだ? 本題って?」
「むっ? 二人は知らないのか? つい一時間程前、世界応冠管理機構が臨時の会見をやっていただろう。当然今回の騒動についてだ。巷では『ルーツショック』と呼ばれているようだが」
「げっ、よりによってカウンセリング中にそんな重要なことが……。くそ、聞き逃した」
「ほんとだ。速報の通知が来てる。やっぱり応冠が無いと不便ね。逐一スマホを直接見ないといけないなんて、面倒だわ」
二人が嘆いていると、すっかり元気になったエステラが両の拳を握って気合いを込める。
「わたしたちはその会見を聞いて集まることにしたの。だってみんなの代表だもん。こんな時だからこそ、わたしたちがしっかりしなくっちゃ。みんなで一緒にこの危機を乗り越えよう!」
「それじゃあ本題に入る前に、クライド君。それとミーゼ君も。せっかくだから私が会見の内容を教えてあげよう。良いニュースと悪いニュースがあるけどどっちから聞きたい?」
「ジョークで焦らすなよ。それなら良いニュースからだ」
アスレイスのからかいにクライドが即答する。
「早いね。理由を聞いても?」
「こういう場合、良いニュースってのは大抵気休めだろ。悪いニュースの方が現状を正しく表してる。最後に向き合うのは現実の方が良い」
「んー、私はどっちでもいい。とにかく早く内容を聞かせて」
真面目に答えたクライドとは対照的に、試すようなアスレイスの問いを面倒に思ったのか、ミーゼが適当にあしらって続きを促す。
「それじゃあ良いニュースから。今回の騒動、ルーツショックを受けて世界応冠管理機構から発表があった。当局は〈シード〉と応冠の安全性を改めて宣言したんだ」
「なっ! それって本当なのか? 一体何を根拠に……」
「根拠は二つある。まずは一つ目。緊急点検の結果、スカイセプターや応珠のシステムに異常は見つからなかったそうだ」
人差し指を立てるアスレイスの説明に、クライドは納得できなかった。
「異常なしだって! ……じゃあ〈ルーツ〉が突然開いたのは?」
「残念ながら、それに関しては現在も調査中だね」
「何だよそれ。本当に安全なのか?」
思わず口にしたクライドの疑念を、アスレイスは待っていたかのように二本目の指を立ててみせる。
「だからこそもう一つの根拠が効いてくる。それは、〈ガーディアン〉の緊急アップデートだ」
「アップデートってことは……、まさか〈ルーツ〉に関係あるのか?」
クライドが問うと、一体何が嬉しかったのか、アスレイスは微笑みを浮かべながら話を続ける。
「ああ。ルーツショックの際、ハイアーズたちから共通の神経活動パターンが記録されたんだ。どうやらこのパターンは、日常生活では見られない独特なものらしい。今回のアップデートのお陰で〈ガーディアン〉はこのパターンを検知可能になった」
その説明で、ようやくクライドも理解が追いついた。
「そうか! 誤って〈ルーツ〉にエントリーしても、その瞬間に〈ガーディアン〉が作動して、強制的に離脱できるってことだな!」
「そう言うこと」
「それなら確かに安全そうね。だってルーツショックで起きた体調不良って、〈ルーツ〉にエントリーしたのが原因でしょう。それを未然に防げるんだもの」
ミーゼの言葉に、他の寮生代表たちも頷く。
「全くもって同感だ。当局の説明は納得できるものだった。不安だからこそ論理的に考えるべきだ。我々はハイアーズなのだからな」
「ミーゼちゃんもライドちゃんも、心配しなくて大丈夫だよ! わたしたちだって、ちゃんと確かめたんだから。応冠は安全だよ。わたしたち四人が保証する!」
流石、代表たちの言葉。説得力が違う。っと、クライドはエステラの発言が引っかかった。
「ん? 今なんて言った?」
「『ライドちゃん』って。だってその方が呼びやすいんだもん」
「いや、そうじゃなくて。『わたしたちで確かめた』……ってことはまさか」
クライドはすぐさま応珠を起動。改めて応冠を被る。と同時、〈シード〉にエントリーしたことで景色が変わる。具体的には、寮生代表たちの頭上。そこには選定式で見た時と同じ応冠が輝いていた。
「ご明察。流石だね、クライド君。君は重要なことによく気付く。たとえそれが、どんなに些細であってもね。見ての通り、私たちは会見を聞いて真っ先に応冠の使用を再開した。あれから大体三〇分以上経過してるが、今のところ特に問題は起きていない」
「自分で確かめるなんて無茶なことを……っと」
クライドがアスレイスたちと話していると、ちょんちょんと脇腹をつつかれた。
「ちょっとクライド。私だけ仲間外れなんだけど」
「なっ、それはお前の応珠が充電切れてるからで……ああもう仕方ない。ほら。これ貸すよ」
隣で不満の声を上げるミーゼに、クライドは渋々ある物を渡した。
「ちょっとこれって」
「ああ、昼食の時にリックたちから貰った応珠だ。新品なんだから丁寧に扱えよ」
「ありがとう。でも良いの?」
「気にするな。お前が応珠を充電できなかったのは俺のせいでもあるんだ。だからこれで埋め合わせをさせてくれ」
「へぇ、あなたって意外と律儀ね。なら遠慮なく使わせてもらうわ」
ミーゼは慣れた手つきで応珠を襟に通して起動した。その頭上で赤い大輪が再び花を開く。
こうやって改めて全員を見ると、どの応冠もとても凝ったデザインだ。
「そう言えば、〈ルーツ〉が急に開いた原因についてなんだが……。やっぱり、俺たちを襲撃したあいつなのか?」
「鋭いね、クライド君。まさにそれが悪いニュースの一つ目だ」
「なっ、一つ目!」
悪い報告だというのに、アスレイスはいつもの涼しい顔で話を続ける。
「いいかい。体育館で私たちを襲撃した黒衣の少年についてだが、会見では一切言及されなかった。つまり、彼の危険性は相変わらずってことさ」
「そんな……」
思わず絶句するミーゼ。確かに悪いニュースだ。危険人物が徘徊しているというのはそれだけで気味が悪い。
「……ちょっといい?」
沈んだ空気の中、天使の囁きのような声が零れた。
「ルーちゃん、どうしたの?」
クライドを含め、この場の全員の注目がルイーズに集まる。その表情から僅かに困惑が見て取れて、クライドは思い至る。ルイーズはあの少年の強さを直接見ていないのだと。
「ジェスターってそんなに危険な人なの?」
「ああ。ルイーズは知らないかもだが。あの野郎、突然現れたと思ったら俺たちをぶっ飛ばし始めたんだ。もう現場は大混乱で、ん? ……ジェスター?」
「ちょっと待つんだ。君は黒衣の少年と話したのかい?」
先程まで冷静だったアスレイスが、テーブルの向かいから身を乗り出してルイーズへ尋ねる。
「……いいえ。ほとんど会話はしていない。けれど私が〈ルーツ〉を離脱する時、彼は自分のことを、ジェスターと名乗ってた」
「はっ、道化師だと。ふざけた名前だ。完全に偽名ではないか。ますます怪しい奴だ」
「でも、あの強さは本物だよ。わたしたち、何もできなかったもん。ジェスターって子、何者なんだろう。最後なんて
「同感だね。彼の
「そう言えばルイーズ。そんなに強いジェスターからどうやって逃げたの? だってその……、とっても苦しそうだったでしょ。彼と戦ったの?」
ミーゼが気遣うと、ルイーズは少し困ったような表情を浮かべた。
「あれは……急に気分が悪くなって……。もしかしたら時差ボケであまり寝られなかったからかも。でも、その後で何とか調子が戻って、……隙を見て私も離脱した。だから彼のことは何も分からない。それに、皆が戦ってくれてたなんて知らなかった。ありがとう」
感謝を口にした彼女の瞳が微かに揺れる。その奥を無数の感情がよぎった気がした。
「そうだったんだ。良かった。ルーちゃんが怖い目に遭ってなくて」
「礼など無用。全く歯が立たなかったのだからな。全く。自分の弱さに呆れてしまう」
「そう言うなゴーウェン。もしかしたら、ジェスター君もクオリアーツを使い過ぎて疲れてたのかもしれないぞ。だとしたら、あの戦いも決して無駄じゃなかったと、私は思うけどね」
胸を撫でおろしたエステラの向かい、嘆くゴーウェンをアスレイスが励ます。
「もしかして、ルイーズが体調崩したのもジェスターってやつのせいなの?」
「……いや、そうには見えなかったぞ。あいつが現れたのはルイーズが座り込んだ後だった。他の生徒たちだって体調不良になったんだ。〈ルーツ〉のせいじゃないか?」
一瞬頭をよぎった過去の記憶を振り払いながら、クライドはミーゼの疑問に答える。
ふと気になって、改めてルーツショックの始まりについて思い返す。そう言えば、〈ルーツ〉に迷い込むよりも前に、ルイーズの様子がおかしくなったような気が……、勘違いだろうか。
「知ったようなこと言って。クライドは私より長くいたのに大丈夫だったんでしょ。それに、他の代表たちだって。もしかして、〈ルーツ〉って案外安全なんじゃ……」
「そうとも言えないね。何事にも個人差はある。〈ルーツ〉の悪影響がルイーズ君に早く現れただけだと、私は思うね」
ミーゼの意見を否定するようにアスレイスが言葉を重ねる。その内容にクライドは妙な納得を覚えた。思い出されるのは半年前、〈ルーツ〉に迷い込んだ際のことだ。あの時無事に帰ってこれた理由も、そういうことだったのだろうか。
「ふーん、確かにそうかも。あっ! そう言えばもう一つの悪いニュースは?」
「おっと、そうだったね。これが悪いニュースの二つ目だ」
そう言ってアスレイスが指を鳴らす。と同時、一件のソーシャルメディアの投稿動画が空中に浮かび上がった。アスレイスのスマートフォン画面のようだ。
「応冠が普及するのと同時に、それを毛嫌いする輩が現れ始めたのは知っているね。これまでは小さな声だったが、今回のルーツショックを受けてその運動が活発化しているらしい。これは応冠否定派で最も有名な団体、『真の自由の先導者』が今日投稿したものだ」
雑音が酷いその動画で、半ば狂乱状態の人々が唱えていたのは、『あの邪悪な冠は自由意志を阻害するものだ』とか『応冠は思考制御装置だ』など、根拠のない批判だった。
「ふん、くだらんな。聞くに堪えん」
ゴーウェンの言葉を尻目に、クライドが気になったのは、彼らの一人が掲げていた旗だ。
そこには『マリオネットどもは出ていけ』と赤いペンキで書き殴られていた。
「なあ、『マリオネットども』って俺たちハイアーズのことか?」
「ああ。ラングール氏が開発した応冠、その導入手術専用ロボットは『マリエッタ』。彼ら応冠否定派はそれを揶揄して私たちを『マリオネット』と呼んでいる。ハイアーズは怪しい装置を脳に埋め込まれて何者かに操られている傀儡だと、そう言いたいんだろう。つまり蔑称さ」
「せっかく奥さんの名前から名付けたのに、こんな風に扱われるなんて皮肉よね。博士も天国で泣いてるわ」
アスレイスの説明に嘆息するミーゼ。彼女の言葉でクライドも察する。
「『マリエッタ』……成る程。博士の妻マリアの愛称ってわけか」
「ええ。彼女は人類初の応冠導入手術を行った医師、つまり博士に応冠を導入した人物よ。当時はまだ交際関係じゃなかったけどこれが切っ掛けで……、って言ってなかったっけ?」
「言ってない。ってか、流石に博士のなれそめまでは調べるのはやり過ぎだ!」
ミーゼのあまりの博識ぶりに、クライドは称賛を通り越して若干引いてしまう。
「ふん。とにかく、暫くは外野がうるさくなるということだろう。我々にどうにかできる問題ではない。静かに事態の収束を待つべきだ」
ゴーウェンがずれそうになる議論の軌道を正すと、他の代表たちもそれに続く。
「同感だ。幸か不幸かジェスター君の正体は未だ不明。彼の危険性は皆知っている。熊に会いに森へ入るような物好きでない限り〈ルーツ〉に進んでいくことはないと、私は思うけどね」
「そうだよね。改めてみんなに〈ルーツ〉が危険なことを伝えなくっちゃ! ね、ルーちゃん?」
「ええ。今はただ私たちができる最善を尽くしましょう。……このままでは駄目なんだから」
ルイーズの最後の言葉は、現状に対する不満にも、自分に言い聞かせているようにも思えた。
ふと、そんな彼女がこちらを向く。
「そう言えばクライド。貴方、入寮作業は済ませたの? 他の新入生たちは今頃、自室の掃除とか荷解きとかを始めてると思うけど」
「なっ! お前、それを早く言ってくれよ。あーもう、また出遅れた!」
文句を言いながらクライドは走り出す。向かう先は勿論、学生寮だ。
「あ、クライド待って。手ぶらで行ってどうするの! あなた、荷物は最初の部屋に置いたままでしょ。会った時、忘れないでって言ったじゃない!」
慌ててミーゼが追いかける。そんな二人の背を、寮生代表らは温かい眼差しで見送った。
「ばいばーい」
「全く、騒がしい奴らだ」
「ハート寮は賑やかになりそうだね」
「ええ。本当に」
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