2 ―仲間―

「で、代表のルイーズが大変だったのに、スティーヴは何してたんだ? 確かお前って補佐なんじゃなかったのか?」

「あれ? もしかして僕、責められてる?」


 寮から戻ってきたクライドとミーゼ。二人がやってきたのはカフェテリア、すなわち食堂だ。

 彼らだけではない。騒動が一段落して時刻はちょうどお昼頃。クライドたちを含めてほとんどの学生が昼食をとりにここに集まっていた。

 四角いテーブルを挟んでクライドたちの向かいに座るのは、驚いた顔のスティーヴと、それを心配そうに見守る妹のアメリアだ。


「当然だろ」


 そう言って、クライドは自分の皿のグリルチキンを頬張る。うん、スパイスが効いてて旨い。


「クライド落ち着いて。彼はちゃんと自分の役目を果たしてたわ」


 隣に座るミーゼがクライドを宥める。彼女の皿には山盛りのサラダがあって、それで満腹になるのかクライドは密かに心配になる。一方、先に食べていた向かいの二人の皿は空だった。


「そうですよ。ティム兄さまは頑張ってました。大体クライドさんだって、あの不審者に負けちゃって、結局何もできなかったそうじゃないですか!」

「ぐぬ……」


 正論だった。大人しい性格と思っていたが、意外とこの妹、自己主張するタイプだ。


「まあまあ。リアちゃんも落ち着いて。喧嘩は良くないよ」


 妹の頭を優しく撫でながら、スティーヴが釈明する。


「君も大変だったように僕も大変だったんだ。あの時、僕は直ぐに〈シード〉ではないことに気付いた。あまりにも不気味だったからね。だから真っ先にリアちゃんを脱出させたんだ。その後も他の新入生たちに声をかけて、最後に自分も離脱した。その後は現実世界で皆のケアや、先生への事情説明をしていたんだ」

「あんな状態のルイーズを放置して?」


 自然と険を帯びる言葉。だがスティーヴは気にするでもなく話を続ける。


「何か誤解しているようだけど僕は全然強くない。僕は精神耐性って言うのかな、とにかく他者のクオリアの影響を受けにくいだけさ。特段クオリアーツの扱いが上手いわけじゃないんだ。だから、僕には彼女を助けるなんて無理だっただろうね」

「やってみる前から諦めたのか!」


 皿のチキンにフォークを突き立てながら、クライドは目の前に座る長身の男を睨む。

 対するスティーヴは相変わらず涼しい顔だ。


「勇敢な行動は時に無謀だ。重要なのは自分の実力を最大限発揮することさ。違うかい?」

「私も同感。クライドは無茶しすぎよ。見ているこっちが心配になるくらい」

「なっ……」


 ミーゼにも指摘されてクライドは少し頭が冷える。これではただ、自分の理想の押し付けだ。


「俺はてっきりルイーズみたいに凄い奴なのかと思ってたが……、よく彼女の補佐になれたな」

「それはまさにこの力のお陰さ。ルイーズの力は強大だ。特に感情的になると彼女自身でも制御できなくなるくらいにね。彼女は誰も巻き込みたくないんだ。だから他者を遠ざけている。でもそれだと代表としての活動に支障が出るだろう? だから強靭な精神耐性がある僕が、補佐に適任だったってわけさ」


 思いがけず聞かされたルイーズの事情。クライドはようやく合点がいった。


「成る程。ミーゼが言ってた事情ってのは、このことだったのか」

「ええ。そう言うこと。彼女も気にしすぎよね。あなたも試練を受けたなら分かるでしょ。少し気分が悪くなる程度の影響なら、別に気にしなくても良いんじゃないかしら?」


 クライドはギクリとする。試練の終盤。あれは気分が悪いなんてレベルではなかった。自分の意識が崩壊するような恐怖。いや、あれはルイーズじゃなくて〈ルーツ〉のせいなのか……。


「ミーゼの言う通りさ。でも、試練では彼女がしっかりと力を制御しているから安全なんだ。きっと本来の力はもっと危険なはずだよ。その証拠に……ほら、去年のこともある」


 少し声のトーンを落として話すスティーヴの言葉が、クライドには引っかかった。


「ん? 去年のことって?」

「……しまったね。まあでも、クライドも晴れてハート寮の一員になったわけだし、この際だから知らせておこう。君が僕を責めるのも彼女のためを思ってのことなんだろう? なら、知っても問題ないさ」


 と、クライドは少し気になって、スティーヴの隣に目を向ける。


「アメリアもいるけど聞かせて大丈夫なのか?」

「リアちゃんにはもう伝えた。それでもこの寮を希望するくらい彼女に憧れているんだ」

「ティム兄さま……、それは秘密です」

「おおっと。ごめんごめん」


 顔を赤くしたアメリアが俯く。成る程。選定式で彼女が酷く緊張していたのは、これが理由か。憧れたくなる気持ちは理解できなくもないが、こっちへの対応と違い過ぎる。


「じゃ、気を取り直して。実は去年の冬、ちょっとした事件があってね」


 あらましはこうだ。去年の九月、入学してきた男子学生の一人がルイーズに一目惚れした。彼女にとっては良くあることで、いつものように適当にあしらったのだが、その男は諦めずにしつこく彼女に執着した。そして、去年一二月に事態が動く。男の行動が度を越すようになり、精神的にすっかり参っていたルイーズが遂に激昂。その時、感情の高ぶりのまま放たれた彼女の力をその男は諸に受け、一週間意識不明となった。その男は当時のショックが深いようで、今は休学中らしい。


「ん? 自業自得じゃね。そいつが余計なちょっかい出さなきゃ何も問題なかったはずだろ」

「その通り。でも彼女はすっかり自分の力に恐怖した。今の彼女は以前にも増して他者を寄せ付けないようになっている。気を許しているのは僕と他寮の代表くらいじゃないかな」


 それを隣で聞きながら、ちょうどサラダを食べ終えたミーゼが思い至ったように呟く。


「そう言えば、ルイーズが笑ったとこ見たことないかも」

「そうだね。僕も見たことない。彼女は徹底して強い自分を演じているし、実際強い」


 ここまでの話を聞いて、クライドは少しだけルイーズに同情してしまう。選定式の時の彼女は気高く、高潔で、まさに孤高の存在だった。でも実際は、その身に宿る強過ぎる力が彼女をそうさせているだけなのかもしれない。本当の自分を、その心の奥に隠したまま、ずっと。


「じゃあ、あの試練も、敢えて自分の力を見せつけて新入生に警告してるってことか?」

「それもある。さらに言えば、影響を受けやすい生徒の排除も兼ねてるんだ」

「成る程な」


 いや、一つだけ腑に落ちないことがある。彼女は選定式で、俺の腕が一瞬歪んだのを見た。そんな彼女からすると、あれは自身の力のせいだと思って当然のはずなのだ。それなら何故、俺はハート寮に迎え入れられたんだ? 彼女の意図が読めない。きっと何か考えが――。


「よークライド、ここにいたか」


 思考を中断。見るとリックとベルダがいた。


「無事ハート寮に入れたんだってな。同期が増えて嬉しいぜ。そんでこれ、入寮祝いな」


 そう言ってリックがテーブルに何かを置く。一見、スマートウォッチのようだが少し違う。手首に巻くには大きすぎる上に、モニターがあるはずの部分には水晶玉のようなものが埋め込まれている。つまりこれは。


「もしかして応珠か? しかもミーゼが言ってた制服用のやつ!」

「良かったねクライド。んー、私も後で応珠の予備バッテリー買おっかな」


 思わず手に取って眺める。ふと、リング部分に『WillBE Inc.』の刻印を見つけた。『wellbeing(幸福)』に『will(意志)』を絡めたこの造語が示す意味は、現代において唯一つ。


「しかもこれ、あのウィルビー社製じゃん! 応冠関連の広告でよく見るから、新参の俺でも知ってるぞ。ってことはこれ、もしかしなくても高かったんじゃないか?」


 ちょっと申し訳ない気持ちで、クライドは二人に問う。


「ぜーんぜん気にしなくて良いんだよ」


 そんなクライドの心配を払うように、ベルダが朗らかな笑顔で応じる。


「それ、学園内で売られている廉価版だから。それにー、ハート寮生ならルイーズのお陰でさらに安く買えるんだー。クライド君、知ってる? 彼女の両親ってウィルビー社のお偉いさんなんだって。だーかーらー、彼女と同じハート寮生には特別に割引してくれてるのー」

「マジか。ルイーズって本人だけじゃなくて親もスゲーのかよ。無敵じゃん。それならありがたく受け取っとく。本当は今すぐ着けたいところだが……。あの騒動の後から、応冠使うの控えてるんだよな。また後で使ってみる」

「気にすんな。皆そうしてるぜ。先生たちも安全が確認できるまで使うなって言ってる。世界中どこもかしこも今は混乱してるみてーだし、気長に待とうや」

「学園の上層部でも緊急会議をしてるみたいだね。今は上の判断を待つしかないと思うよ」


 全員の脳裏に先ほどの襲撃事件がよぎり、少し空気が重くなる。その気配を察してか、リックがわざと明るい口調でクライドに話を振った。


「そう言えば、聞いたぞクライド。代表たちと一緒にあのヤバい奴に立ち向かったんだって? スゲーなお前。俺でも全く歯が立たなかったのに」

「残念だが俺も一撃でやられた。あいつは正真正銘の化け物だ。透明な魔応円サークルといい、一〇体の代応者エンジェントといい、何もかも規格外過ぎる」


 賛辞と共にリックが肩を組んできたが、クライドは素直に喜べない。その顔に悔しさが滲む。


「透明……。そーいうことかよ、あれって魔応円サークルだったのか。確かに試練と似た感覚だったような……。でも今回の方がよっぽど酷いぞ。まだ頭ガンガンするし。くっそーあの野郎」

「ほんとだよー。リックったらすぐ突っ込んで行くんだもの。とーっても心配したんだから」


 そう言ったベルダの目元、よく見るとメイクが少し崩れていた。リックも罪な男だ。


「悪い悪い。おっと、そうだった。言伝を頼まれてたんだった。クライドと、あとミーゼも」

「えっ、私も?」


 心当たりがなくてきょとんとする二人に、リックが少し面倒くさそうに話をする。


「いやお前ら、騒動の後、すぐに体育館抜け出してルイーズの部屋に行っただろ。実はあの場にいた生徒は全員、事情聴取と健康状態のチェックを受けたんだ。俺たちもついさっき終わったところ。で、当然お前らはまだだろ? 昼食後、カウンセリング室に来るようにだってよ」

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