8  ―開幕―

「はい、三人合格。他の四人は残念でした。大丈夫? 立てそう?」


 跪く新入生たちを見下ろすように、ルイーズは腰に手を当てて涼しい顔で君臨する。その姿は姫君というよりも、もはや女帝である。


「お疲れルイーズ。これで定員丁度だから無事終了だね。大丈夫かい? 疲れてない?」

「そうね。特に問題はないかな。それよりもアメリアちゃんへの対応、あれで良かったの?」


 ルイーズの問いにスティーヴは大きく頷いた。


「完璧さ。うちのリアちゃんにとって君は憧れの存在なんだ。あの子ならきっと質問時間に挙手すると思ってた。重要なのはリアちゃんを君が当てることだ。新入生からすれば、あの質疑応答が最初の自己主張の場だからね」

「そう? 別に大したことではないと思うけど」

「そんなはずはない。学園の生徒全員が一目置いている君が、リアちゃんを評価した。これはとても大きな意味を持つ。少なくとも、嫌がらせやいじめには巻き込まれないだろうね」

 

 大きく胸を撫で下ろして心底安心するスティーヴに、ルイーズはあくまで冷静に応じる。


「そんなに心配しなくても、彼女なら大丈夫でしょう。他者の心を惹きつける素質とか貴方にそっくりだし。むしろ彼女の方が優秀じゃない? だって貴方すら虜にしちゃうんだから」

「そうなんだよ。リアちゃんは優秀なんだよ」

「あっそう」


 妹に終始甘々なスティーヴと、その様子を見てすっかり食傷気味なルイーズ。

 そんな二人に声が掛けられる。


「ねぇ、二人とも。入寮希望者なんだけど、対応お願いできるかしら?」

「スカウトでもしてきたのかい、ミーゼ? けれど、すまない。もう定員が埋まってしまったんだ。他の寮を当たってもらうように言ってくれるかい?」

「特待生は別枠らしいんだが、駄目か?」


 そう言って、ミーゼの後ろから顔を覗かせたクライドが、空中に出現させた入学案内メールの画面を二人へと向ける。


「おおっと特待生か。ならウェルカムだ。ルイーズ、悪いけどもう一仕事頼めるかい?」

「構わないけど……。ふぅん。貴方が特待生? 疑うわけではないけど、そこまで優秀そうには見えないかな」

「悪かったな。普通の見た目で」


 と言ってみたものの、容姿も才能も完璧なルイーズが相手では、どんな反論をしたところで自分が虚しくなるだけだった。


「おっ! クライドじゃん 。ハート寮入ったのか?」

「リックか。まだだ。今から試練受けるところ」

「あー、クライド君だ。これから試練? なら頑張ってね。うーん、わざわざ試練があるここを選ぶなんて、これってあれかな? ミーゼのこと気になっちゃってる感じ? まさか恋!」

「ベルダ……。お前ってやっぱりちょっとロマンチックな思考回路してるんだな。別に駄目とは言わないが、もっとフラットに見れないか、状況を。俺はいちいち訂正しないぞ、面倒臭い」

「ほらほら二人とも。一旦退くよ。これからクライドの試練なんだから」


 ミーゼが二人を連れて行くのを見送って、クライドは改めて正面を向く。


「驚いた。もう仲良くなってるなんて」


 感心しながらルイーズがこちらへ歩み寄る。向かい合う彼女の方が上背は高く、その灰色の瞳がクライドを見下ろす。ふと、彼女の視線がクライドの頭上へと移った。


「始める前に一つ確認したいのだけど。貴方、私と以前会ったことある?」

「それは無いな。俺がハイアーズになったのは半年前で、今日までに関わったハイアーズの数は両手で足りるほどだ。その中に常人離れした美人がいれば流石に覚えていると思うぞ」

「そう。なら私の勘違い。気にしないで」


 そう言うと、彼女の応冠がその輝きを増す。と同時、彼女の足下を中心に金の魔応円サークルが展開。クライドと彼女自身を囲む。


「それじゃあ、始めましょうか?」

「お手柔らかに頼む、お姫様」


 そう言っておどけてみせるが、内心では緊張しっぱなしだ。一度試練を見せられているからだろう。どうにもならないと分かっていても思わず身構えてしまう。

 ルイーズがクライドに向かって手を伸ばすと、彼女の応冠と足下の魔応円サークルがより一層煌めいた。周囲の空気が冷えたような奇妙な感覚。次いでクライドは息苦しさを覚える。


 一〇。


 周囲の学生が声を揃えてカウントを始めた。今日最後の試練。注目されるに決まっている。


「一応言っておくけど、無理はしないでね」

「……問題ない、まだ余裕だ」


 九。


「そう。じゃあ、もう少し本気出そうかな」

「ちょっ」


 八。


 彼女の言葉と同時、ドッと空気が重くなったように周囲の圧力が高まった。

 そう感じた刹那、クライドは自分の身体感覚を一瞬見失う。これが、クオリアへの干渉……。


 七。


 そして、それが切っ掛けとなった。揺らぎ始めた意識の軸は、次第に大きく振れ始める。


「やべっ」


 抑えようとした。が、振り切れた。


 六。


 ぐらぐらと自分の体表が煮え立つような感覚。普段は当たり前過ぎて気にも留めない自己の輪郭、それが明確に歪み始める。


 五。


 言い様の無い恐怖。抗おうとも収まらない自身の変容に、クライドは焦りの表情を滲ませる。この極限状態で脳裏をよぎったのは、入学試験の後、エリアスから掛けられた言葉だった。


『先ほど見た君の力だが、あまり見せびらかさない方が良い。あれは異質過ぎる。きっと訳を聞かれるだろう。そうなれば、君が〈ルーツ〉へ行って無事生還したことも知られてしまう。それが切っ掛けで〈ルーツ〉に憧れる者も出るかもしれない。それは非常に不都合だ。我々は危険な〈ルーツ〉への無闇なエントリーを推奨していないのだから。つまり、だ。分かっているね、クライド君。くれぐれも注意するように』


 二。


 カウントの声で意識が現実に戻る。やばい。これが続けばいずれ、あれを抑えきれない。

 そんな危機感に追い立てられるように、事態が動く。

 ドクン、と。一瞬、クライドの右腕が骨格を無視して大きく脈動した。いや、してしまった。

 それを見たルイーズは目を見開き、驚愕を露にして。


 一。


 限界だ。


「……ギ……ブアッ」


 プとクライドが言いきる、その直前だった。

 ぐらりと、視界が揺れた気がした。

 バキリと、ガラスの砕ける音が聞こえた気がした。

 いや違う。そうじゃない。

 揺れたのは、砕けたのは、世界の方だ!



「「「「……!!!」」」」



 キィィィーーンと、鋭い残響が耳を聾する。

 誰もが騒然としていて、何が起きたのか正確に理解できた者は一人もいない。

 周囲を見渡すが、何か壊れたりなどの目立った変化はない。来た時と同様、薄暗い体育館。だが妙だ。まるで褪せたみたいに色彩を失った、いっそ非現実的なこの光景は――。

 いや、この雰囲気をクライドは知っている。


「まさかそんな……嘘だろ?」


 これはあの時と、半年前と、全く同じ状況だ。


「ここは、〈ルーツ〉なのか!」


 平穏の殻が崩れ、芽吹いたのは新たな世界。今、波乱の学園生活が幕を開ける。

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