5 ―〈相乗の剣(シナジースペード)〉―
ステージ上で次に話し始めたのは、室内なのに黒いサングラスを着けたままの青年だった。
彼の頭は明らかに染めてある赤髪で、額が見えるくらい前髪がかきあげられている。応冠の色は紫紺。その放射状に並ぶ突起はサークレットの上下へと長く伸び、まるで二つの王冠の底同士をくっつけたような奇妙な形だ。
「私はアスレイス・ブラン。『
新入生一人一人に語りかけるように、アスレイスがフィールドを見渡す。ふとクライドは、そのサングラス越しの視線と目が合った気がした。まさか、あいつ――。
「〈シード〉を通じて私は世界が見えるようになった。いや、理解できるようになったと言う方が正確かな。なにせ視覚は使えないままなんだから。それでも君たちより『よく見えている』んだ。本当に素晴らしい技術だね、応冠もクオリアーツも。今この場に立つまでに私は多くの人に助けられた。だからこそ確信している。人は他者との繋がりの中で成長するのだと。他者を受け入れ理解することは自分自身の可能性を広げることと同義だ。私たちスペード寮が掲げるのは調和。それはクオリアーツの真髄でもある。互いに手を取って高め合える。そんな関係に少しでも魅力を感じたなら、是非スペード寮に来ると良い。応冠とクオリアーツの正しい扱い方を教えてあげよう」
「応冠で視覚の補助か。そんなこともできるんだな」
再び設けられた質問時間。挙手する新入生をアスレイス本人が当てている様子を見るに、彼の『世界が見えている』という主張は真実のようだった。
「当たり前でしょ。そもそも応冠って、そういう人たちのために開発されたんだから。上手く話せない人との円滑な交流。事故で歩けなくなった人のリハビリ。義手や義足への正確な指示の伝達。例を挙げればきりがないわ。まあ、その中でもアスレイスはかなり特別だけど」
「そういやそうだったな。最近は脳のパフォーマンス向上やクオリアーツばかり強調されてたせいで、すっかり忘れてた。おっと、それで聞きそびれたんだがミーゼの寮って」
「お、ミーゼじゃん! 戻ってたのか」
横槍が入った。クライドたちが寄りかかっていた壁の上、観客席からだ。
「朝からバッテリー切れたんだって? 相変わらず無茶しやがって。いい加減、〈ルーツ〉の入口を見つけようなんて危ない真似やめろっての……ん? 隣の奴は誰だ?」
「やっほーミーゼ。えっ、うそ、その子新入生? もう知り合ったの! 早いねー。ふーん、ミーゼってそういう子がタイプなんだ」
親しげに声をかけてきたのは一組の男女。最初に声をかけてきた青年は茶髪にベージュの応冠、隣の女子は黒髪にピンクの応冠を被っている。多少個性はあるものの、どちらも放射状に突起が伸びる一般的な形だ。
「ちょっと違うって。そんなんじゃないから。充電器を取りに戻ったら、その途中で遅刻してきたクライドと出会ったの」
「はっはー。新年度初日から遅刻とかやべーな。流石に俺でも無いわ」
「ぐっ」
「あ、ごめんクライド」
「いや……問題ない。そもそも遅刻した俺が悪いんだ」
唐突にバレた自分の失態。クライドが浮かべた愛想笑いは酷く不恰好になった。
「へー、クライド君って言うんだ。わたしはベルダ。よろしくね」
「俺はリック。俺もベルダもミーゼとは同級生なんだ。もしかしてお前も?」
「改めてクライドだ。良かった、タメだ」
流石に、登校初日から下級生に笑われていたらダサ過ぎる。まあ、遅刻してる時点で十分ダサいのだが。
「ぜーんぜん大丈夫だよ。隣で笑ってるリックだって、よく遅刻するもんねー」
「失礼だな。時々だ!」
遅刻すること自体は否定しないリックの態度は何故か堂々としていて、いっそ清々しい。
その隣で、ベルダがふんわりした笑顔をこちらに向けてくる。
「ほーら。常習犯のリックがこんな感じなんだからー、クライド君だって、一回の遅刻くらい気にしないでねー」
「はは、お気遣いどうも」
「おっ! 次はエステラさんの番か。よっしゃーベルダ、もっと近くで見ようぜ!」
「あー、待ってリック。走っちゃ危ないよー」
走り去るリックたちを見送ってステージを見る。しまった。また聞けなかった。
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